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第29話 交差する刃

「しかしマウラ君。君のおかげで町は、いや、世界は平穏を取り戻すことでしょう。本当によく頑張ってくれました」


「……身に余るお言葉、恐悦至極です」


「ふっふっふ、やはり君を選んだのは正解でした。これからもいい働きを期待していますよ?」


「お任せください。身も心も、すべて聖竜教団のために捧げる所存です」


「はい。そこまでですよー」


 唐突に倉庫内に響き渡った妙に気の抜ける声に、マウラとイドラは振り向かざるを得なかった。視線の先に映る人物に、特にマウラは驚いてしまう。それは、今頃酒場で眠っているはずの二人だったからだ。

 

「おい、マウラ……いったいどういうことか説明してもらうぞ」


 ヨミとヒューゴ。

 確かに二人とも睡眠薬入りの料理を口にしたはずだ。それなのに、どういうわけか倉庫の扉に立っているではないか。まさか薬が効かなかったとでもいうのか?

 いや、確かに効いているはずだ。少なくともヒューゴの方は気合と根性でギリギリ起きているように見える。

 

「とにかく、エルシャさんは返してもらいますよ」


 しかし、ヨミの方は明らかに平然としていた。いったいどういうことなのか、マウラには思考を巡らせる余裕はなかった。今、目の前に邪魔者が現れたのは明らかに自分の失態。イドラに失望されたくない。信用を取り戻したい。その一心で、剣を携える。

 

「返して……ほしい? 何もわかってない奴が口をはさむなァーーー!」


 そしてヨミに向かって一心不乱に剣を振りかざす。

 だが刃が首筋を捕らえようとしたその寸前で、剣は弾き返された。

 

「おい、ソイツを抜いちまったらもう引き返せねえぞ」


 マウラの斬撃を止めたのはヒューゴの剣だった。同型の剣と剣がぶつかり合った残響は、しばらく倉庫内に残り続ける。いったいなぜ衛兵同士で刃を交えなければならないのか。ヒューゴは怒りと悲哀の入り混じった視線で訴えかける。

 

「なぜ止めるのですか、ヒューゴ先輩」


「無粋なこと訊くなよ後輩。それを一番分かってるのはお前自身のはずだ」


「ぐっ……僕の邪魔をするなら先輩でも容赦しませんよ」


「上等だ。やってみろよ後輩!」


「あーもう後輩後輩うるさいんですよ!」


 二人の剣が再び交わりあう。もはや引き返すという選択肢は消滅してしまった。ならばせめてもの情けとして、全力で相手して引導を渡す。それが、先輩から後輩へ送る最後の教えである。

 

 

 

「そちらはマウラ君に任せましたよ。さて、こちらもそろそろいきましょうか」


 一方、イドラはヨミに目を向ける。ヒューゴと違い、彼女の表情には一切変化が見られない。見た目とは裏腹に相当な場数を踏んできたかのような落ち着きだ。

 

「ええ、そうですね。我々も決着をつけましょう」


「おや。その腰に下げている刀とやらは抜かなくてよいのですか?」


 決着をつける。そういった割には直立不動のままのヨミに、イドラは不審感を持った。

 

「お気になさらず。これが私の戦い方(スタイル)ですので」


「そうですか。では遠慮なく……」


 するとイドラは手のひらを天井に向け、そこから大量の魔力の塊――魔弾を放出する。

 魔弾とは魔法使いが用いるもっとも初歩的な攻撃手段であり、炎や氷などの属性を付与した魔法に比べて威力は落ちるが、これほどの数の魔弾を繰り出したのならば威力も相当なものになる。

 まさに数の暴力。

 当然、使い手の魔力量も相当でなれば繰り出すことはできない力業だ。

 

「ほう。これは壮観ですね」


「占めて38発の大花火です。その余裕もいつまで持ちますかね?」


「……」

 

 ヨミは笑みを浮かべる。

 次の瞬間、空中に浮かんだ魔弾から一斉に光線が発射された。もはや逃げ場などない。光線と光線が幾重にも重なり合い、ヨミの姿すらも見えなくしてしまう。

 倉庫内に響き渡る爆音。

 砂埃が舞い上がり、視界は完全に遮られた。

 だが、この攻撃を受けて無事で済むはずはないだろう。


「ふっふっふ、跡形もなく消し飛びましたかね?」


 イドラは勝利を確信して笑い声を上げるが、即座にその笑みは消え失せた。舞い上がる砂埃が晴れた次の瞬間、そこにはヨミが全くの無傷で平然と立っていたからだ。


「おやおや、あなたはまったくもって運がいい。これほどの数の光線がすべて外れてしまうとは」


 想定外の事態ではあるが、イドラは特に焦ったりはしなかった。確率的には恐ろしく低い事象ではあるが、ヨミが立っていた位置が偶然にも光線の軌道を外れていた。網目の位置だった。決してあり得ないことではない。

 

 あり得ない、ことでは……。

 

 本当のところはイドラは動揺していた。38発も撃って当たらないわけがない。本当は分かっていたのだ。これが偶然ではないことなど、とっくの最初から。

 

 しかし認めたくはなかった。

 今まで磨き上げてきた自分の魔法が、魔法が……。

 

 刀で叩き切られてしまうことなど。

 

「余興は終わりですか?」


 ヨミは腰の刀の柄に手を添えると、イドラに対して一気に距離を詰める。

 イドラは驚く暇すら与えられなかった。自分が気づかぬうちに、鞘から抜かれた刀が目前に迫っている。もはや反応などできるはずもなかった。

 

「ぐ、ぐはあああっ!」


「イドラ様、大丈夫ですか!?」


 すぐ隣から聞こえてきた叫び声に、マウラは思わず振り向いてしまう。だが忘れてはいないだろうか。今はヒューゴと戦っている最中だということを。

 

「おい、よそ見してんじゃねえ!」


 当然、ヒューゴは隙を見せたマウラに斬りかかる。

 しかし、その攻撃はいとも簡単に受け流されてしまう。

 

「だって先輩、さっきからずっとフラフラじゃないですか。手ごたえがなさすぎて、よそ見の一つくらいしたくなりますよ」


 マウラはふてぶてしく言ってのける。反論なんてものはない。実際その通りだからだ。ヒューゴは必死に睡魔に抗っているだけで、ベストコンディションには程遠い。本当は立っているのでやっとなくらいだ。

 

「ふん、誰のせいでこうなってると思ってやがる」


「そう思うなら大人しく寝ていたらどうですか?」


「舐めんなよ後輩。これくらいのハンデ、どうってことねえ」


 ヒューゴはフラフラの体でも決してマウラから視線を外さない。だが、マウラには分かっていた。彼はもはや限界だ。倒れるのは時間の問題である。

 となると向こうの狙いは短時間での決戦。未だ攻撃を繰り出してこないヒューゴは不気味だが、裏を返せばそれは力を温存しているためでもあるのだろう。

 じっと攻撃を受け続け、隙を見計らって渾身の一撃を放つ。それこそがヒューゴに残された唯一の活路だ。ならばこちらは、その作戦を逆手に取ってしまえばいい。


「はあーーーっ!」


 マウラは大ぶりの攻撃を放った。敢えて隙を作り、攻撃を誘うためだ。

 

「――!」


 乗ってきた!

 マウラはすぐさま攻撃を中断。剣を前に構え、防御態勢に切り替える。そしてヒューゴの攻撃を受け止めると同時に反撃を食らわせる……というのがマウラが立てた逆手作戦であった。


「オラァ!」


「なっ?!」


 剣と剣がぶつかりあい、火花が呼び散る。

 だが飛び散ったのは火花だけではなかった。すさまじい衝撃に耐えきれなくなったマウラの剣が真ん中から折られ、刃の破片が地面に叩きつけられる。

 驚愕のあまり、マウラは剣と共に呆然自失となってしまった。ヒューゴの放った攻撃の鋭さと重さは、はるかに想像を超えていたのだ。

 

 そこでやっとマウラは自覚する。自覚してしまう。自分とヒューゴではあまりに実力に差がありすぎるということを。睡眠薬というハンデがなければ、とっくにの昔に勝負は決していた。

 

「どうだ後輩。これが先輩の力だ」


 ヒューゴの持つ剣の刃先が、倒れたマウラの額に向けられる。

 

「参りました。完敗ですよ」


「そうか。だがこれで終わりというわけじゃない。お前は今すぐみんなのところに戻って、やってしまったことを自白するんだ」


「それで……それで、僕は許されるんですか?」


「分からん。だが責任は果たせ」


「……っ! そう、ですよね。許してもらおうとした僕が甘かったです」


 ヒューゴはその言葉を聞き届けると、剣を鞘に収め、マウラに手を差し伸べる。和解の証だ。同じ衛兵同士で斬り合うことなどお互いが望んでいるはずがない。

 

『……けど先輩も同じくらい甘いですね』


 マウラはヒューゴの手を握ると見せかけ、もう一方の手で何かを取り出す。それは拳銃だった。指はすでに引き金を引いている。すさまじい発砲音を聞く暇もなく、ヒューゴは胸を銃弾で貫かれてしまう。

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

(!? な、なんだ今のは)


 突如として脳裏に映し出された光景に、ヒューゴは戸惑いを隠せない。

 マウラに銃で撃たれて死んでしまう? これから和解しようというときに笑えない冗談だ。と思いたいところだったが次の瞬間、ヒューゴに強烈な既視感が襲い掛かる。

 マウラがもう片方の手を懐に忍ばせているのを目撃してしまったのだ。

 先ほど見た光景と状況がまったく同じだ。

 とっさにヒューゴは回避行動を取る。

 恐ろしいほど近い距離から発砲音が聞こえてきたのは、その直後のことだった。

 

(躱された!? いや、躱されたというより……)


 まるで最初から分かっていたかのようだ。驚愕のあまり目を見開くマウラ。その左手には拳銃が握られており、銃口からは新鮮な白煙が上がっていた。

 

「本当に出てきやがった……っていうかお前、ピストルなんてどこで拾いやがった!?」


 ヒューゴは起き上がり、マウラを問い詰める。

 

「そんなの先輩が知ってどうするんですか」


 マウラは淡々と返答する。確かにこれから死ぬ人間に話したところで何の意味もないだろう。一度銃撃を躱したからといって状況に変化はない。依然としてヒューゴには銃口が向けられている。

 もはや打つ手はなしか。

 すると次の瞬間、再び脳裏に謎の光景が流れ始める。

 

「ぐっ、またかよ……」


「さっきは外しましたが、次で本当に終わりです」


「やめろ、撃つな!」


「今さら命乞いしたって無駄ですよ」


 マウラの指が引き金を押し込んだ次の瞬間、今まで聞いたこともないような破裂音が耳をつんざいた。原因は拳銃が暴発したせいであった。

 

「ぎ……ぎゃああああっ! 痛い! 痛い痛い痛い……」


 マウラは激しい痛みに襲われ、地面に倒れ転げまわる。拳銃を持っていた手は見るも無残なほどに赤黒く染まっていた。

 

 まただ。

 またしても脳裏に映った光景と同じことが起こった。

 

 ヒューゴは凍り付くような戦慄を覚える。

 一度目はマウラが懐から拳銃を取り出し、ヒューゴを撃つ光景。そして二度目は先ほどのように、拳銃が暴発する光景だった。


「うぅ……痛い……」


「だから言っただろうが。たまには人の親切を素直に受け取れ」


 吐き捨てるかのようにヒューゴは言ってのける。一瞥すらもくれてやることはなかった。

 

「そちらも終わりましたか」


 ヨミが声を掛けてきた。口ぶりからして向こうの戦闘も決着がついたらしい。

 

「ああ。最後は自滅だったけどな」


「何はともあれお疲れさまでした。二人の処遇はどうしますか?」


「当然ひっ捕らえ……っておい、妙な動きをするな!」


 ヒューゴの視線の先では、イドラが足を引きずりながらマウラに近づこうとしていた。

 

「マ、ウラ……君。大丈夫ですか?」


「すみません、ヘマしちゃいました……」


「ここはいったんこの場から離れましょう。そして態勢を整えるのです」


「待て! 逃がすかよ!」


 ヒューゴは再び剣を抜き、二人の接触の妨害を試みる。

 

「邪魔はさせませんよ」


 しかしイドラが最後の魔力を振り絞り、一発限りの魔弾を発射。剣と魔弾がぶつかり合い、凄まじい爆発が起きる。その衝撃でヒューゴは後方へと吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐはっ……!」


「マウラ君、私から離れないようにしてください。転移魔法陣を展開します」


「ま、待て! ああくそ、体が動かねえ……!」


 ヒューゴは立ち上がろうとするが、力がうまく込められない。全身が鉛のごとくずっしりと重い。眠い。限界だ。倒れないのがやっとの状態である。

 一方、イドラは魔法陣を形成し終えると、マウラとともに転移していった。

 

「すまねえ、取り逃がしちまった」


「気にしないでください。あの転移魔法陣ではそう遠くへは逃げられないでしょう。まだこの町のどこかにいるはずです」


「だったら、今すぐ追いかけ……」


 ヒューゴは言い終える間もなく眠りについてしまった。きっと限界などとうに超えていたのだろう。むしろ睡眠薬を盛られた状態でここまで戦えたのは奇跡に近い。あるいは常人ならざる根性があったおかげか。

 

「……本当にお疲れさまでした、ヒューゴさん。あとは私に任せてゆっくりと休んでてください」


 ヨミはヒューゴの活躍にねぎらいの言葉を投げかけると、倉庫の奥に目をやった。エルシャはどうにか無事だ。立て続けに響いた爆音のせいか、薄ら目を開きかけている。

 

「エルシャさん、エルシャさん……私の声が聴こえてますか?」


「あれ? ヨミさん? どこですか、ここ。それにわたし、さっきまでお肉を食べてた気が……」


「お肉なら後日改めて。今はとにかく私に付いてきてください」


「は、はい。分かりました」


 状況が飲み込めない様子のエルシャではあったが、ヨミの言葉には素直に従って倉庫を後にする。自分がまたしても(・・・・・)誘拐されたと知らされたのは、もう少し時間が経ってからのことだった。

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