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第28話 静まり返った酒場

 マウラが次に向かったのは、現在は使われていない廃倉庫だった。赤褐色に錆びた重い鉄の扉をこじ開けて中に入ると、そこには全身を白装束に包んだ一人の男が立っていた。


「待ってましたよ、マウラ君」


 やわらかくも威圧感のある重低音の声。口元には微かな笑み。マウラは全身が粟立つ感覚を覚える。

 

「お待たせして申し訳ありません、イドラ様」


 マウラはイドラという名の男の前に立つと、担ぎ上げていたエルシャを地面に下ろして跪く。エルシャは未だ目を覚ます気配はない。たとえ覚まそうとも、手足をロープで縛られているため身動きは取れない。


「お気になさらず。ところで、こちらが例の?」


「はい。邪竜の子です」


 マウラは跪いた体勢のまま声だけで答えた。イドラはその声を聞き届けると、静かにエルシャのもとへ歩み寄り、髪を鷲掴みにして無理やり顔を上げさせた。

 

「なんと忌々しい。今は人の姿に化けているようですが、本性を現せばどんな醜い姿になることか」


 イドラは嫌悪の表情でエルシャを見下す。その視線はまるで研ぎ澄まされた刃のように鋭く、そして冷たい。傍らに立つマウラですら恐怖を覚えるほどだ。

 

「しかしマウラ君。君のおかげで町は、いや、世界は平穏を取り戻すことでしょう。本当によく頑張ってくれました」


「……身に余るお言葉、恐悦至極です」


「ふっふっふ、やはり君を選んだのは正解でした。これからもいい働きを期待していますよ?」


「お任せください。身も心も、すべて聖竜教団のために捧げる所存です――」




 ◇

 

 

 

 物音一つしない、静まり返った酒場。

 おそらくマウラは相当念入りに睡眠薬を料理や酒に仕込んだのだろう。おかげで誰一人として動いている者はいない。店員までもが眠ってしまっているのは賄いにも仕込んだせいか、はたまた摘まみ食いでもしたせいか。

 おそらくどちらでもないだろう。

 その証拠に、少し時間が立った段階で店員の一人が何事もなかったようにむくりと起き上がった。

 

「ふぅ、いくら何でもやりすぎでしょうよ……ま、臨時収入が入ったからいいけど」


「ほう、それはよかったですね。私にも何か奢ってくださいよ」


「――うおおおっ!? な、なんであんた起きてんだよ!?」


 店員が驚きのあまり後ろを振り返ると、そこには黒色の髪を三つ編みに結んだ少女が、赤い(ふち)の眼鏡を光らせて立っていた。

 そう、ヨミである。

 

「さあ、なんででしょうね。あなたのように寝たふりでもしてたからじゃないですか?」


「お、俺は寝たふりなんか……!」


「そんなことよりも聞きたいことがあるのですが」


 ヨミは腰に携えた刀を少しばかり抜き身にしながら尋ねる。

 

「ひい……!」


「その『ひい』は『はい』ということでいいですね? ではさっそく一つ目の質問に入ります。この事件を起こしたのはマウラさんという方ですか?」


「そ、その通りです。恥ずかしながらお金を受け取ってしまいまして……!」


「なるほど、協力者の存在があったというわけですか。では続いて。マウラさんは現在、どこにいらっしゃいますか?」


「た、多分……西にある廃倉庫かと……」


「ああ、そういえばここに来るときに廃倉庫を見た気がしますね。では次。あなた以外に協力者は?」


「名前は分からねえけど、な、なんか白装束の奴と話してるのを見た気がぎゃひっ――!?」


 店員は話している途中だったが、ヨミに刀の鞘で頭を殴られて気を失ってしまった。必要な情報がだいたい集まったのだから仕方がない。

 

「白装束……まさか聖竜教団の者でしょうかね」


 ヨミはポツリとつぶやくと、他に動けそうな生き残りがいないか周りを見渡した。すると思ったよりも近くに、ピクピクと小動物のように動いて睡魔に抗っている一人の青年を発見した。


「ヒューゴさん、立てますか? もちろん立てますよね?」


「あ……当たり前だ!」


 その青年とはヒューゴのことだった。

 ヒューゴは生まれたての小鹿のような足取りで立ち上がると、自分で自分の頬を何発か平手打ちした。気休め程度ではあるが、少しばかりは眠気は飛んだようだ。

 

「起きていたなら先ほどの話は聞こえてましたよね?」


「ああ。マウラのやつ……なんであんなことしちまったんだよ」


「それを突き止めるためにも、私に付いてきてもらえませんか?」


「もちろんだ。確か西にある廃倉庫だったな」


「急ぎましょう。エルシャさんのことも心配です」


「そういえばアンタ、どうして普通に起きてんだ? メシも普通にバクバク食ってたし――」「ヒューゴさん」


 食い気味に発せられたヨミの声にヒューゴが振り向く。

 

「女性に対して『バクバク』という表現はないでしょう。『彼』のようになりたいですか?」


「……す、すみませんでした」


 ヒューゴは恐怖のあまり敬語で謝る。ふと床に横たわる『彼』に目をやると、頭には大きなたんこぶが出来ている。不思議と眠気が一気に吹き飛んだような気がした。

 

「ふふっ、分かればいいんですよ」


 ヨミはニヤリと笑みを浮かべると、ヒューゴとともに酒場を飛び出していった。

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