第27話 別れの前の賑やかな晩餐
「さあ、遠慮せずに食べてくださいね?」
大盤振る舞いと言わんばかりにヨミはテーブルの上いっぱいに様々な料理を並べていく。
場所は町の一角にある酒場。
天井に吊るされた大型ランプが、階下の広間をギラギラと照らしつける。酒場は町の住人や冒険者で賑わっていて、あちこちから陽気な笑い声が上がっていた。
別れの前の晩餐にしては少し賑やかすぎる気もするが、今ばかりはこの喧騒が却って心地よくも感じる。
「こ、こんなにたくさん……さすがに食べきれませんよ」
明らかに二人分どころではない料理が盛られた皿の数々に、エルシャは圧倒されてしまう。
しかし、ヨミは慣れた手つきで肉を切り分けていく。
いつもと変わらない笑顔でエルシャをテーブルに促すと、ナイフとフォークを差し出してきた。
エルシャは若干戸惑いつつも、慣れない手つきで食事を始める。
(……美味しい)
肉汁滴る極厚のステーキに舌鼓を打ちながら、エルシャはふと疑問を投げかける。
「それにしても、こんなに料理を注文してお金は大丈夫なんですか?」
「エルシャさん。この世で最も美味しいものって何だと思いますか?」
「え? な、なんですか急に」
質問を投げかけたはずが、なぜか逆に質問が返ってきてしまった。
困惑しかないが質問を受けたからには答えねばなるまい。
エルシャは変なところで真面目なのだ。
「えー、じゃあ……今食べているこのお肉、とかですかね?」
「惜しいですが残念ながら不正解ですね。ちなみに正解はタダ飯です。タダより高いものはないって言いますしね」
「それはちょっと意味が違う気がしますけど……」
「いえいえ、ちゃんと合ってますよ。だってほら」
ヨミに視線で促された方を見ると、そこにはどこかで見覚えのある青年が新たな料理皿を持って立っていた。
「しっかり食っとけよー。食える時に食っとかなきゃ損だからなぁ」
「あれ? あなたは確か……地下牢のところにいた人!」
「覚えててくれるとは嬉しいねー。けど俺の名前は地下牢のところにいた人じゃなくて、ヒューゴっていうんだ」
「す、すみません……」
「いいよいいよ。この前は俺も名乗るの忘れてたし」
ヒューゴはわずかに空いているスペースに皿をねじ込みながら、軽い調子で笑う。ただでさえ食べきれない量の料理が、さらに一品追加されてしまうとはこれ如何に。
「ちょ、ちょっとヒューゴさん、何やってるんですか!?」
エルシャは目を丸くしながら尋ねる。
「実はさぁ。送別会をするってんで先輩が酒場を予約したんだけど、調子に乗って大量に料理を注文しちまったんだよ。残すのもアレだから、お二人さんにも食べるのを手伝ってもらうために呼んだってわけよ」
「ああ、なるほど……ヨミさんの言うタダ飯ってそういうことでしたか」
「そうそう。ま、盗賊団の確保に貢献してくれたお礼とでも思ってくれ」
それにしたって料理を頼み過ぎではないだろうか。胃袋よりも彼の先輩の財布の方が心配になってくる。きっと今頃、彼の先輩は胃がキリキリと痛んでいるに違いない。
「そういえばさっき、送別会をするとも言ってましたよね。いったい誰の送別会なんですか?」
「そりゃもちろん、俺のだよ」
「へぇー、ヒューゴさんの送別会……ええっ!? ヒューゴさん、衛兵やめちゃうんですか!?」
「いや、やめねーよ。転属だよ転属。今度から俺、王都の衛兵やることになったんだ」
「王都の衛兵……」
「それはよかったですね。王都の衛兵といったら精鋭ぞろいですし、実力が認められたのでしょう」
王都のことがよく分かっていないエルシャに代わり、ヨミがヒューゴを褒めたたえる。
だがヒューゴはどこか浮かない様子の反応をした。
「全然よかねーよ……俺は故郷の町を守るために衛兵を志願したってのに、なんで縁もゆかりもない遠くの都会を守らにゃならんのかねぇ」
「ヒューゴさんは郷土愛が強いですね。けど王都を守るということは、間接的に故郷を守ることにも繋がると思いますよ?」
ヨミがフォローを入れるも、ヒューゴの表情は浮かないままである。
「まったく、やれやれって奴だ。せっかく俺にも後輩が出来たと思ったらこれだよ。王都に行ったらまた一番下の後輩からやり直しじゃねーか」
「そういえばヒューゴさん、いつもセンパイという名前の先輩の方にしごかれてましたね」
「うわ、見られてたのかよ! 最悪だぜ」
「ふふ、後輩想いのいい先輩じゃないですか。ところであなたの後輩という方はどちらにいらっしゃるのですか?」
「それがまだ来てねーんだ。ちゃんと場所と時間は伝えたはずなんだがなぁ」
「……もしかしてヒューゴさん、嫌われてます?」
「んなまさか! そんなことは……ないと、お、思うがなぁ」
ヒューゴの声色は後半に行くにしたがってトーンダウンしていく。これだけ盛大な送別会が開かれているならば心配をする必要はなさそうな気がするが、やはり心配なものは心配なんだろう。
「遅れてすみません! ただいま到着いたしました!」
と、その時だった。酒場の扉が勢いよく開けられ、一人の若い衛兵がヒューゴの前に姿を現した。
「おっ! 噂をすれば何とやらだな」
さっきまでの不安はどこへやら。ヒューゴは弾んだ声を上げ、来たばかりの衛兵の肩を叩く。
「この方がヒューゴさんの後輩さんですか?」
「ああ、そうだ」
ヨミが尋ねると、ヒューゴは嬉しそうに頷く。
「初めまして。僕はマウラです。ヒューゴ先輩にはいつも迷惑ばかりかけています……」
マウラと名乗った少年は、三人に向かって深々と頭を下げた。
背丈はヒューゴとさほど変わらないが、体格は細く華奢な印象を受ける。顔つきは中性的であり、一見すると女性のようにも見えるが、声を聴く限り男性であるのは間違いないようだ。
「気にするなよ。どうせお前のことだから人助けでもしてたんだろ?」
「は、はい! 今日も僕は人の役に立てました!」
「ご苦労! お前がいるならこの町も安心だな」
「そんな、大袈裟ですよ……」
マウラは謙遜しつつも、どこか誇らしそうに顔をほころばせる。きっと褒められたことが嬉しいのだろう。二人の信頼関係が伝わってくる、微笑ましいやり取りだった。
「……あれ?」
その時、エルシャはマウラの足元に何かが落ちたのを目撃する。
よく見るとそれは手帳だった。ふとした衝撃で落としてしまったのだろう。
エルシャは親切心から拾い上げ、持ち主に返そうとする。
「――触るなッ!」
マウラは血相を変え、エルシャの手にある手帳を強奪した。
いや、持ち主の元に戻ったのだから強奪したというのは間違いかもしれない。
だが、さっきまでの物腰柔らかな雰囲気とは真逆の行動に、エルシャは面食らってしまう。
頭の中も真っ白になってしまい、ただ謝るしか出来なかった。
「あ、ご、ごめんなさい……」
「あっ……こちらこそすみませんでした。拾っていただいたのにあんな態度を取ってしまって」
マウラはハッと我に返った様子で謝罪する。
気のせいだったのだろうか、エルシャの目にはマウラが尋常ではないほど焦っているように見えたのだが。
とはいえ、手帳の中身を他人に見られたくないと思うのは当然のことだろう。
エルシャにもその気持ちは痛いほどよく分かる。
「なんて失態だ……。この僕が他人から親切を受けてしまうだなんて……」
「あ、あの」
改めてエルシャが謝ろうとするも、マウラは自分の世界に入ってしまっている。ぶつぶつと何かを呟くばかりで、周りの音は何一つ聞こえていない様子だ。
「代わりにリストから一個消さなきゃいけなくなったじゃないか。どれにしよう……ああ、これでいっか。道で倒れていたおばあちゃんを助けてあげたってやつで……」
「あの、マウラさん」
「うわっ!」「ひいっ!」
唐突な声に、お互いがお互いに驚いてしまう。
「あっ……またしても本当にすみません」
「いえ、わたしもいきなり声を掛けてしまいましたから」
「気にしないでください。どうせもう時間ですから」
「じ、時間……?」
意味が分からず尋ねようとしたが、それ以上の違和感がエルシャに襲った。
周りがあまりにも静かなのだ。耳にこびりついて離れないほどの喧騒が、いつの間にかピタリと止んでいる。それどころかさっきまで大騒ぎで飲み食いをしていた客、果ては店員までもが床に倒れたりテーブルに突っ伏したまま動かなくなっている。
さっきまでと打って変わった雰囲気に、エルシャの額には冷や汗が伝う。
異様なまでの静寂に包まれた酒場の中で、マウラだけが淡々と話し続けていた。
「おや、意外ですね。まさかあなたが最後だとは」
「マウラさん、これは、い、いったい……」
「見れば分かりませんか? 酒場で出される料理やお酒に前もって睡眠薬を仕込んでおいたのですよ」
「なぜ、そんな、こ……と」
意識は次第に遠ざかっていく。視界がぼやけ、呂律も回らなくなる。エルシャは必死に意識にしがみつこうと抗ったが、程なくしてぷつりと糸が途切れたかのように倒れこんでしまった。
「……そんなの決まってるじゃないですか。親切リストを埋めるためですよ」
マウラは再び手帳を開く。
「君の正体は分かってます。何が光の魔女だ。何が影の魔女だ。何が光を取り戻した英雄だ。……この穢らわしい邪竜の子がッ!」
そして余白に『邪竜の子を捕らえた』と乱暴に書き込むと、エルシャを担ぎ上げて酒場を後にするのだった。




