第23話 石化を解くカギ
「はっ! わ、私、なんでこんなこと言っちゃったんだろう。ごめんねエル、今のは……忘れて頂戴」
だが、マリーベルはすぐに視線を落としてしまう。言っている途中でさすがに無理があると感じ、言った後で申し訳なさと恥ずかしさが押し寄せてきたらしい。長い髪の隙間から見える紅潮した耳がその心境を雄弁に語っている。
「ふふっ、いいじゃないですか」そんな姿を見てヨミは笑みをこぼす。「旅は一人よりも二人、二人よりも三人の方が楽しいですからね。エルシャさんもそれでいいですよね?」
唐突な問いかけにビクッと肩を震わせながらも、エルシャには断る道理など存在しなかった。返答は考えるまでもなく決まっている。
「はい、もちろんです。マリーベルさんと一緒なら心強いですし、それに、その……わたしもマリーベルさんと一緒に旅がしたいです!」
「エル……ありがとう。うん、これからもよろしくね!」
マリーベルはエルシャの手を握り返す。掌を通じて伝わってくる柔らかなぬくもりに、思わず目頭が熱くなってしまう。
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
しかし、すぐに気を取り直すと今度は満面の笑みを浮かべた。もう迷いはない。マリーベルは改めてヨミの方に向き直る。
「それで、出発するのはいつ? 明日? 明後日? なんなら今からだっていいわ!」
溢れんばかりのやる気がマリーベルの目を輝かせる。その迸る輝きは窓の外に見える満月にもきっと負けてはいない。いや、この時ばかりはマリーベルの輝きが満月にも勝っていたかもしれない。
ただ、たっただけ一つ問題点を上げるとすれば、ご覧の通り今宵は満月の昇る夜。「今宵」などと言っている時点で問題は浮彫りに違いないが、敢えて明言するとしよう。
今の時間帯は真っ暗闇な夜。たとえ満月が照らしていようと旅をするにはいささか明るさが足りない。不慣れな夜道ほど危険なものは存在しないことは、旅をしたことがない素人にすら分かることだ。
「やる気があるのは結構ですが、空回りしては意味がありませんよ。夜が明けて明るくなったら出発することにしましょう」
「え、でも……」
当然ヨミがいさめるが、マリーベルにも思惑があるようで。
「エルは夜の間しか自由に動けないのよ? そりゃまあ、明るい昼間に行動するのが最善だとは思うけど」
「うぅ、すみません……わたしが石化してしまったばかりに……」
「ああいやいや、別にエルのことを責めてるつもりはないってば! ただちょっと疑問に思っただけ。まさか石像状態のエルを馬車か何かに載せて行こうってわけ?」
部屋の隅で縮こまってしまったエルシャをなだめながら、マリーベルはヨミに問う。
「ふふ、まさか。それでは旅というより輸送という感じになってしまいますよ~」
「じゃあ、どうするわけ?」
「よくぞ聞いてくれました。私の見立てが正しければ、この町の北西部にある洞窟の中に答えが眠っているはずです」
「洞窟? そんなもの、あったかしら」
「おや、マリーベルさんでさえ知りえないことでしたか。と言ってもまあ、あの辺りはめったなことでは立ち寄らないでしょうし、知らなくても不思議ではありませんね」
ひとえに町と言っても景色は様々だ。ここのように建物が立ち並ぶ場所もあれば、手つかずの自然が残されたままの場所もある。ヨミの言う北西部は後者で、確かにあの辺は森林や山々が広がるエリアなのでマリーベルはほとんど立ち入ったことがなかった。むしろ周囲の大人からは近づかないようにさえ言われていた。
「この町にはずっと住んでるのに知らなかったわ。でも、そこにエルの石化を解くための何かがあるのよね?」
「そういうことです。今日はもう夜遅いので向かうのは明日、明るくなってからにしましょう」
「明日、明るくなってから……」
エルシャは思わず反芻する。その言葉が意味するのは、自分は同行できないということだ。
「すみませんエルシャさん。本当ならあなたにも付いてきてもらうべきなのでしょうけど、明日の日暮れを待っていては出発が遅れてしまいます。なのでここは私とマリーベルさんに任せてはもらえませんか?」
「は、はい、わたしは全然かまいません。お二人とも、どうかご無事で帰ってきてくださいね」
同行できないので若干申し訳なさげにエールを贈るエルシャに対し、マリーベルは極々自然な流れで「で、本音は?」と尋ねてみた。
「危なそうな洞窟に行かずに済みそうで安心――って、ちちち違います! これはわたしの意志ではなく、その……く、口が勝手に動いて、その……」
まぎれもない本音がポロっと出てしまい、エルシャは慌てて取り消そうとするも時すでに遅し。二人の耳にはバッチリと届いてしまっていた。なんとなくその必死な姿が可笑しくて、マリーベルは思わず笑みが漏れてしまう。
「あははっ。エルなら多分そう言うと思ってた!」
「すみません……なんだかわたしばかり楽するような感じになっちゃって」
「別に気にする必要はないわよ。というかエルは最近ずっと大変なこと続きだったんだから、明日ぐらいはゆっくり休んでおいたほうがいいんじゃない?」
そう言われてみれば確かに。今日にいたるまでの日々を回想してみれば、休まる暇がないほどにいろいろな災難の連続だった。最初は巨大なスライムに襲われ、その次は二人組の盗賊。さらにその次はもっと危険な二人組。思い出すだけでも胃もたれしそうなほど濃くて刺激の強い出来事ばかりだった。今後の旅路に備えて心も体もゆっくり休ませてもらう方がよさそうだ。
「そう、ですね。お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えてわたしはここで待たせてもらいますね」
「ええ、それがいいでしょう。私たちも明日に備えて休むことにしましょうか」
「おやすみなさい、二人とも」
ヨミたちは書物庫を後にする。
さて自分も明日に備えて睡眠を……と言いたいところだが、エルシャにとっての睡眠は石化している間がそれに代わる。だが何かをして体力を消費するわけにもいかないので、今日は大人しく椅子にじっと座って朝を待つことにした。
「…………」
それにしても静かだ。こうも静かだと周りの音が鮮明に聞こえてきてしまう。
風の音。虫の鳴き声。精密に刻まれる時計の針。そして、
(うう……うぅ……)
誰かの呻き声。
決して気のせいではない。確かに聞こえる。
「だ、誰の声だろう。とても苦しそう……」
時刻は深夜で、おそらく他には誰も気づいていない。少し怖いが、心配になったエルシャは立ち上がって声の元を探しに行くことにした。




