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第21話 魔眼

 ――今から数時間前。

 


「……なるほどなぁ。俺たちが普段目にしていたエルシャ様の石像は石像なんかじゃなく、エルシャ様が石化した姿だったってわけか」


「そんでもって動けるのは夜の間だけ。日が出ている間はこんな風に石像へ戻っちまうってわけかい」


 地下牢で発生していた異常な熱気も収まったことで、ヒューゴとクレソンもヨミ達のもとへ駆けつけてきた。だが二人は石像となったエルシャの姿を見ても大して驚くことはなく、経緯を聞いても至って冷静に状況を受け止めていた。

 

「てっきり疑ってくるかと思いましたが、やけにあっさり信じてくれるんですね。こんなおとぎ話みたいなこと、信じるはずはないと思ってました」


 二人の薄味な反応には、さすがのヨミも少し面食らっていた。

 

「まあ、俺とこいつの目は普通の奴とは違うんでな」


「確か魔眼でしたっけ」


「そうそうそれそれ。ちょっと目を凝らせば人の魂の色って奴が見えるんだ。似た色こそあれ決して同じ色になることはない。だがそこにある石像と、さっきまでいたあの嬢ちゃんの色は全く同じ。それが意味するのは、その二つが同一の存在であるということだ」


「本来なら石像の魂の色なんて見えるはずがないのさ。人間ではないし、そもそも生物ですらないんだからねぇ」


 二人が話す魔眼の説明を、ヨミは妙に納得したように聞き入れる。

 

「あんたもやけにあっさり信じるんだねぇ。魔眼なんて話、普通はガキの妄想くらいに思うはずだよ?」


 クレソンにはその聞き入れの良さが逆に不気味に思えた。


「そりゃ私だって旅を長く続けてますから。噂くらい何度か耳にしたりはしますよ」


「旅を、長くねぇ……」


 クレソンはヨミの姿を片方しかない目でまじまじと見つめた。ヨミの見た目はかなり若く見える。だが、その見た目とは裏腹に数多くの経験を積んでいることは言葉を介さずとも感じ取ることはできる。

 相反する事象。

 考えれば考えるほど頭が痛くなってしまいそうだ。

 

「それはそうと」


 と、思考を遮ってきたのはヒューゴの声。

 

「夜にしか動けないなんて不便極まりないな。だが《影の魔女》っていうのもあながち間違いじゃなかったってわけだな」


「おやおや、自画自賛かい?」


「自画自賛? いったいどういうことですか?」

 

「あんたも影の魔女の噂はもう聞いているだろう? その噂の発生源は、こいつ(ヒューゴ)ってわけさ」


「へぇ。経緯をうかがってもいいですか?」


 ヨミが問いかけると、ヒューゴは「いやいや、自画自賛ってのは違うと思うが」と付け加えてから話し始めた。

 

「この前の大雨が降った日の夜、町に魔物が出現したってことで出動することになったんだ。だが現場に着いても魔物の姿はなかった。ただ代わりに――」


「代わりに?」


「走り去っていく《魂の色》を見たんだ。その色は、広場にある光の魔女様の石像とまったく同じ色だった。さすがにその時は心臓が止まるほど驚いたさ。もちろん何が見えたか聞かれたが、咄嗟に俺は《影》が見えたと誤魔化した。そしたらどうだ。翌日には《影の魔女》が皆が寝静まっている間に魔物を倒してくれたっていう噂が広がっていたんだ」


「なるほど。あなたが噂の発生源だということは理解できましたが、他にもう一人噂を曲解して広めた人物がいるはずですよね?」


「……鋭いな、あんた。それはきっと俺の先輩だろう。何を見たかって話は先輩にしかしてないし、先輩は見た目がいかつい割に口は軽いんだ。たぶん食堂のおばちゃんにでも漏らしたんだろう」


「なるほどなるほど。事情はだいたいつかめました。ところで――」

 

 そう言ってヨミは、石像となったエルシャの肩に手を添える。

 

「エルシャさんの魂の色って何色ですか?」


「ああ、やっぱり……そこは気になっちゃうか」


 ヒューゴは複雑な面持ちで答えた。何か言いたくない事情でもあるのか、それとも単なる思い違いなのか。ただ、ヒューゴが意図的にエルシャの石像から視線を外していたのをヨミは気づいていた。

 

「はい。どうしても気になっちゃいます」


「……赤色だよ。それも鮮やかな赤色じゃなくて、暗めの不気味な赤色だ。今までいろんな人間を見て来たが、あれほどまでにドス黒い赤色は初めてだ」


 視線に加えて、指も若干震えている。よほどの恐怖を覚えているのだろう。まるで感情を押し殺すかのように拳を握るヒューゴを見て、クレソンは馬鹿にするように鼻で笑った。

 

「おやぁ? あんたにも怖いものがあるだなんて意外だねぇ」


「お前だって見たんじゃないのか?」


「もちろん見たさ。あんなに美しい赤色の宝石、他にはないだろうねぇ」


「……俺、気づいたわ。お前と同じ感性になるくらいなら、ビビりだのなんだのと馬鹿にされる方が何倍もマシだって」


 今まで必死に恐怖を押し殺していた自分を嘲笑うかのように、あるいは単なる仕返しなのかヒューゴは鼻で笑い返した。


「ヒューゴさん、でしたっけ。ちょっとお尋ねしていいですか?」


「ん、なんだ?」


「私の魂の色は何色なんですか?」


 ヨミのあまりに率直な問いに、ヒューゴは答えるのを一瞬躊躇してしまう。だが催促するようにじっとこちらを見つめてくるため、しばらくすると観念したように口を開いた。


「あんたのことはそこの嬢ちゃん以上に分からない。どうしてあんたの魂の色は……何も見えない(・・・・・・)んだ?」


「いやぁ~魔眼持ちでもない一般人の私に聞かれても困りますよ。推測でいいならお答えしますけど、きっと私の心は清く透き通っているから透明色ってことでしょう」


「ぶっ!」


「む。笑われるとは心外ですね」


 至って真面目に言ったつもりがクレソンには噴き出されてしまい、ヨミは不服そうに頬を膨らませる。

 そんな中クレソンは笑いを堪えながら、ヒューゴに続いて自分の見解を述べ始めた。

 

「悪い悪い、悪気はないから許しておくれ。けどアタシが思うにあんたの魂の色はたぶん透明でもなければ黒でもない。いや、そもそも透明という色すら無いのかもしれないねぇ」


「……それはつまりどういうことでしょうか?」


「簡単なことさ。あんたの心は空っぽだってことだ」


 クレソンの放った一言に、ヨミは表情こそ変えなかったが一瞬固まってしまった。そしてしばらく思考すると、ようやく口を開く。ヨミの返答はこうだった。


「確かに、その通りかもしれませんね……」


「おいおいそれってどういうことだよ」


「すみません、ヒューゴさん。時間が来てしまいました。そろそろ行かないとマリーベルさんのお屋敷が大変なことになってしまいます」


「いやいやもっと意味が分からなくなったんだが?!」


「本当にすみません。台車、お借りしますね」


「あっ……」


 ヨミはエルシャの石像を台車に載せると、足早に地下牢を出て行ってしまった。そう、それはまるでこれ以上話を続ける気はないとでも言うかのように。

 

(さすがは元盗賊団のリーダーだけあって鋭いお人です。それにヒューゴさんもただの衛兵とは思えないほど肝が据わっていました。

 ですが……お二方ともまだ開眼はしていないようでしたね)

 

 早朝の人気(ひとけ)のない町に、車輪の転がる音が響き渡る。

 ヨミの予感どおり、マリーベルの屋敷が大変な騒ぎになっていたのは既知の通りである。

 

 そして時は進み、日が落ち始めたその頃――。

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