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第135話 憧れの背中、いつかは追い越したい背中

 その後、村の中を一通り探してみたが、やはり他には誰も見つからず。四人は村から引き上げ、王都への帰路に就くことにした。その道中、エルシャは恐る恐るヨミに尋ねる。


「あの……ヨミさん。あの家にいたのは、本当に魔獣だったのでしょうか……」


「どうしてそんなことを聞くんですか? あれは確かに魔獣でしたよ」


 ヨミは目を逸らしながら答えた。

 

「でも、姿が普通の魔獣からはかけ離れてましたよね。獣というより、人の姿に近かったと言うか……」


「エルシャさん。人は、あんな風に消えたりはしませんよ」


 ヨミはエルシャから顔を背けつつ答えた。確かに、人は霧となって消えることはない。エルシャだってそれは分かっている。分かっては、いるのだが……。


「それに、人の姿になる魔獣なら以前遭遇したことがあるじゃないですか」


 ヨミが言うのは、とある小さな村で遭遇した魔獣のことだろう。確かにあの魔獣は人間の姿に化け、トージョという名を持って人間社会に溶け込んでいた。しかし、エルシャには今回の魔獣がトージョの時と同じパターンであるとは到底思えなかった。その最大の根拠は、最後に聞いたあの言葉だ。


「で、でも、最後に何か言ってませんでしたか? たぶん“助けて”と言ってた気がするんですけど……」


「きっと気のせいでしょう」


「ヨミさんも聞こえていたのではないですか?」


「……エルシャさん。仮に聞こえてたとしても、それは意味をなさない言葉の羅列にすぎませんよ。犬や猫の鳴き声と同じです。ただ偶然“助けて”と聞こえただけなんですよ」


 ヨミは、皆に背を向けつつ答えた。エルシャはヨミにそれ以上何も言うことができず、黙ったまま歩き続けた。その翌日、一行は王都へと帰りついた。



 ◇



「討伐お疲れさまでした。こちらの報酬をお受け取りください」


 ギルドに戻って早々、エルシャは度肝を抜かされた。依頼の結果をどう報告すればいいか悩んでいたところに、ギルド職員が自ら出向いてきたからだ。

 エルシャの心積もりとしては、今回の依頼は失敗したものとばかり。

 だがそれはそれとして、どうしてこのギルド職員は今回の依頼を成功したと決定づけたのか。

 尋ねてみると、セティスから報告を受けたという答えが返ってきた。


「ところで、行方不明になっていた方は見つかりましたか?」


「そ、それは……」


「村の中を探し回りましたが、残念ながら見つかりませんでした」


「そうですか……いつか見つかることを願いましょう」


 言いよどむエルシャに代わり、ヨミが答えた。あまりに単刀直入な返答に、後ろに立ってたマリーベルは少しギョッとしてしまったが、行方不明になった人を発見できなかったのは事実だ。言い方を穏やかにしたところで結果は変わらない。それを言い終えると、ヨミは受け取った報酬を粛々と仕舞いこむ。


「では行きましょうか」


「む? 懐かしい顔ぶれじゃのう。おぬしらも王都に来とったのか」


 ギルドを出ようとする四人の背後に、誰かが近づいてくる。聞き覚えのある声と口調だった。振り向くと、そこにはハイネが立っていた。


「ハイネさん……」


「なんじゃ、元気がないのう。疲れとるなら無理は禁物じゃぞ」


 顔色が優れないエルシャをハイネは心配した。傍から見ても四人の雰囲気は重く暗い……かと思うのも束の間、目を輝かせたメルティーナがハイネの前に立った。

 そこでエルシャ達は思い出す。以前、メルティーナがハイネに強い憧れを抱いていると言っていたのを。いつかは自分もハイネのように本を出してみたいと言っていたのを。そして、その強い憧れがメルティーナが旅に出る理由にも直結している。そんな憧れの人物が目の前に現れた。そんな状況を前に興奮を隠せるはずがなかった。

 

「あ、あの……ハイネ先生ですよね!? あたし、千路八界旅行記の大ファンなんです。もしよければ握手していただけませんか!?」


「おお、なんとなんと。若いのにわしの本を読んでおるとは大したものじゃ。握手なら好きなだけしてやるぞい!」


 ハイネは快く握手に応じた。メルティーナは興奮のあまり言葉が詰まってしまい、なかなか次に繋げることができない。その様子を見てハイネは微笑むと、今度はヨミに顔を向けた。


「おぬしと会うのはあまり久々とは思わんのう」


「そうですね、私も同感です。かの決勝戦での打ち合いは、今でも鮮明に瞼の裏に焼き付いています」


「ん? 決勝戦? もしや武闘会のことを言っとるのか?」


「ええ、そうですよ」


「それはおかしいのう。わしの対戦相手はおぬしではなくベルトランじゃったはずじゃ。そもそもおぬしは武闘会自体に参加しとらんではないか」


「……あっ」


 ヨミはハッとした。そういえばそうだった。決勝戦の舞台にヨミは立ったが、それはベルトランに扮してのことだった。かの舞踏会から数日が経過し、替え玉作戦のことなどすでに忘却の彼方であったのだ。


「謀りましたねハイネさん。まさかあなたがそんなお人だとは思いませんでしたよ」


「はっはっは、やはりおぬしは面白いのう。さて、おぬしらに会って早々で済まぬがわしも暇ではないのでな。そろそろオサラバさせてもらうぞい」


「はい。またどこかでお会いしましょう」


「うむ。おぬしらも元気でな」


 そう言うと、ハイネは四人に背を向けギルドを後にしようとする。

 

「ハイネ先生!」


 扉を開けようとした次の瞬間だった。背後からの声に、ハイネは思わず振り向く。そこにはメルティーナが立っていた。深々と被っていたフードも取っ払い、ありのままの素顔を見せるメルティーナの姿が。

 

「あたし……ハイネ先生のような本を出すのが夢なんです! まだスタートラインにすら立ててないのかもしれないけど……きっと、絶対、先生の背中に追いつい……追い越して見せます!」


 その力強い言葉にハイネは目を丸くし、やがて笑顔を浮かべた。


「そうか。ならばわしとおぬしはいつかライバルになるのじゃな。じゃがわしの背中は……そう易々とは越させぬぞ」


「はい、望むところです!」


「おお、いい返事じゃ。こりゃわしもうかうかしていられぬな」


 メルティーナとハイネは、それぞれニカリと笑みを浮かべる。二人の間にはもうそれ以上の言葉は必要なかった。そしてハイネが去っていくのを見計らったかのように、ギルドの中はざわざわと人の声が目立ち始めた。各々の視線はメルティーナの顔に一点集中していた。


「……あれ? あの顔、どこかで……」


「なんかメルティーナ王女に似ているような……」


「いや、こんなギルドに王女様がいらっしゃるわけないだろう」


「うーん、やっぱり別人なのかな……」


 素顔を見せてしまったせいか、ギルドにたむろっている冒険者連中がメルティーナの存在に気づき始めてしまう。こうなってはもうギルドに滞在することは出来ない。貰うものも貰っているので、エルシャ達はそそくさとギルドを後にするのだった。

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