第132話 討伐依頼
討伐対象になっている魔獣の情報は、依頼書にも詳細に記されていた。出現場所は王都から西方向にある小さな村。厄介なことに魔獣は村の中をずっと徘徊しているらしく、村民は王都への避難を余儀なくされているそうだ。
「ん? あんたら、魔獣の討伐依頼を受けたのか?」
ギルドから出ようとした矢先、四人は後ろから呼び止められた。
振り返ると、そこには一人の戦士然とした男が立っていた。背中に背負った大斧に鍛え上げられた肉体。一目見ただけで相当な実力者だと分かるほどの男がそこにいた。
しかし、どこかバツの悪そうな顔をしているようにも見える。
ヨミが男に尋ねる。
この魔獣討伐依頼について何か知っているのか、と。すると男はさらにバツの悪そうな顔になって言った。
「どうも今回現れた魔獣は普通の魔獣とは少し性質が違うらしいんだ。自分の腕に少しでも不安があるなら、今からでも依頼をキャンセルしてくることだな」
「ご忠告ありがとうございます。ですが私達は大丈夫ですよ。こう見えても腕には自信がありますので」
ヨミがはっきりそう言うと、男はハッとして目を丸くした。どうやらヨミの姿に見覚えがあるらしい。
「なんか見たことがあるなと思ったら、そう言えばあんた闘技場に出た魔獣と戦ってたな。武闘会の出場者でもないのに乱入してきたから滅茶苦茶印象に残ってるよ」
「覚えていただけるとは光栄です。しかし情報に少し誤りがありますね。ちゃんと私は本戦にも出ましたし、何なら優勝まで行ったんですけどね」
「え? 優勝? 今回の優勝者は一応ベルトランだった気がするが……」
ヨミのうっかりがまたしても発動した。彼女の頭の中からは替え玉作戦のことなどすでに抜け落ちている。だが彼女ほどのうっかり屋ともなるとリカバリーも早い。一瞬だけ斜め上に視線を送ったのち、この状況下における最適な出任せがその口から発せられる。
「私は何も今回の、とは言ってませんよ」
「じゃ、じゃあ、過去の武闘会の優勝者ってことか?」
「そういうことです。今回は文字通り高みの見物と洒落こませていただきました」
「なるほど、そうかそうか! へぇー、こんな所でそんな凄いやつに会えるなんて夢にも思ってなかったぜ! ……あ、記念に一つ握手をさせてはくれないかなぁー!」
「ええ、もちろんいいですよ」
「うおー感激だー! 実はオレも武闘会には出てみたいと思ってて、優勝するのが小さい頃からの目標なんス! 今日のことは一生忘れやせんぜ!」
「ふふふ。私は“頂点”で待っていますよ」
「うす! あなたに認められるくらいの立派な戦士になってやるぜ!」
二人は熱い握手を交わす。
きっと彼にとっては忘れられない一日になることだろう。
「そういえば先ほど、今回現れた魔獣は少し性質が違うと仰ってましたよね。具体的にはどう違うのですか?」
「ああ、そのことなんだが……自分で言っといて済まないが、オレも噂で耳にした程度なんだ」
「でも、その噂にも出処があるはずですよね。何か心当たりはありませんか?」
「うーん、心当たり……そういえばここの近くに村民の避難所になってる建物があったはずだな。彼らは当事者だから、何かしらの情報は持ってると思うぜ。現場に行く前に立ち寄ってみるのもいいんじゃないかな」
「ほう。ちなみにその建物というのは?」
「確か、聖竜教団の教会だったな。あそこに村民達が匿われてるって話だぜ」
「聖竜……教団……?!」
男の言葉をエルシャが繰り返す。
聖竜教団。
その名はエルシャにとって、忘れたくても忘れられない名だった。
それと同時に嫌な記憶も次々にフラッシュバックしていき、エルシャの顔はどんどん青ざめていく。
「おい、どうした。体調でも悪いのか?」
戦士の男が心配そうにエルシャを見つめる。
聖竜教団の名は一般的にはいいイメージで知れ渡っている。実際、今回のように難民を匿ったりするケースもあるので、多くの人が聖竜教団を正義の集団だと認識している。
だから彼のこの反応は仕方の無いことでもあった。
「い、いえ、大丈夫です……」
「そうか? くれぐれも無理はするなよ。それじゃあな!」
男はそう言うと、ギルド奥のテーブルに着き、日が高く昇っている真昼間から景気よく酒を飲み始める。そんな能天気な男の様子とは裏腹に、エルシャの顔は青ざめ、体も小刻みに震えていた。
「本当に大丈夫ですかエルシャさん。あの方の言うように、無理は決してしてはいけませんよ」
ヨミが心配して声をかける。
「ご心配をおかけしてすみません。まさかここで聖竜教団の名を聞くとは思ってなかったので。少し動揺してしまいましたが、これはきっとチャンスなんです。聖竜教団のこと、少しでも知れるいいチャンスなんだと……お、思うのですがどうでしょうか」
エルシャの決意がその口から流れ出る。体の震えもいつの間にか治まっていた。
「はは、せっかくカッコいいこと言ってるのに締まらないわねー。まあ、そこがエルらしいっちゃらしいんだけどね」
「か、からかわないでくださいよ。そう言うマリーベルさんはどう思ってるんですか?」
「……もちろん、エルと同じ。私の町を滅茶苦茶にしてくれた奴らの顔を拝めるいい機会だなって思ってたとこ」
あっけらかんとした様子で答える一方、その瞳の奥には炎が揺らめいていた。マリーベルとてあの日のことは一度足りとも忘れたことはない。一夜にして町の景色を一変させ、結果的に妹の命を奪った教団の所業を決して許せはしない。
その決意の炎は、彼女の瞳の奥に確かに燃えていた。
「マリーベルさん。あなたの心中はお察ししますが、あまり気負いすぎないようにしてくださいね」
「うん、分かってる。どうせ教団のボスはいないだろうしね」
気が立っていたマリーベルだが、ヨミの言葉で落ち着きを取り戻す。別に教団の為すことすべてを否定する気はなかった。魔獣の被害を受けた村民の受け入れをしてくれたことは素直に賞賛に値する。いや、だからこそと言うべきか。完全な悪ではないからこそ、どちらかといえば善意が大部分を占めているからこそ、感情のぶつけどころを見失っていたのかもしれない。
「さ、行きましょ!」
そんなマリーベルの吹っ切れたような一声を皮切りに、一行は戦士の男から教わった教会へと足を運ぶのだった。