第131話 冒険者ギルド
「それにしても意外でしたね」
改めてメルティーナが旅に出る旨を彼女の両親、つまり国王夫妻へと報告を済ませた四人は、揃って王城を後にする。そんな折、エルシャはふと空を見上げ、何気ない呟きを浮かべた。
「意外って、何が?」
メルティーナが聞き返してくる。
「すんなり旅立ちの許可を出してくれたことですよ。わたしの予想ではもっと長引くか、最悪断られると思ってましたから」
再三繰り返すが、メルティーナはこれでも一応王族の生まれだ。そんな人物が突如として旅立ちたい、などと言い出したのだから、反対されても不思議は無いと思っていた。結局同行が認められなかった場合を想定して、念のための心積もりまでしたというのに。
「あたしも意外だったんだけどね。実はお母様もお父様も、若い頃はあちこちを回って旅してたみたいで。だから特に反対とか、そういう気も無かったみたい。むしろいい経験になるから行ってきなさい、だってさ」
なるほどと頷くエルシャ。確かに親の自分達が自由気ままに旅をしておいて、子供に同じことを認めないというのは理不尽極まりないことではある。むしろメルティーナの推察通り、自分達に旅の経験があるからこそ、こんなにもあっさりと娘の旅立ちを認めてくれたのだろう。
「それで、これからどうするの?」
マリーベルがヨミに尋ねる。
「そうですね~。ティナさんが新しく加わったことですし、さっそく次の町へ……と言いたいところですが、その前にやることがあります」
「やることって?」
「端的に言うと、旅の資金集めですね」
「うわー、すっごい端的。そして予想以上に世知辛い話だったわ」
「もしかしてあたしが増えたせい……?」
申し訳なさそうに言うメルティーナ。もちろん理由は人数が増えたせいではないが、彼女なりの責任を感じてしまっているようだ。
「いえ、元から資金集めはこの王都でしていくつもりでした。ここならば仕事の量も質も困ることはなさそうですからね」
「ふぅーん……でもそんなことしなくたって、あたしがお母様とお父様に掛け合えば少しくらいは資金の用立てはしてもらえると思うよ」
「それはダメです。資金調達は私達個人の問題ですから。自分達の手で解決せねばなりません」
ヨミはきっぱりと言い切った。確かに資金繰りについては、メルティーナが王族だという立場を存分に活用すれば、どうとでもなる問題だろう。だがそれをしては意味がない。これは仲間内での旅だ。であるならば、自分達の力で資金を工面しなければならないのだ。
「た……確かにそうだね。あたし、考えが甘かった」
「おっと、落ち込むことはないですよ。そのお心遣いだけでもありがたいことなので」
「でも、実際問題どうやって資金集めをするの?」
メルティーナの問いかけ。ヨミは視線を以て答える。それが指し示す先にあるのは、一軒の立派な建物だった。
「あれは……酒場? まさかそこでアルバイトでもするの?」
「残念、不正解です。確かにあの建物は酒場ですが、冒険者ギルドも兼ねた酒場なのです。むしろメインはギルドの方で、酒場はおまけとでも言いましょうか」
ギルドには酒場が併設されていることが多い。それは冒険者たちが情報交換の場として、あるいは依頼主とのコミュニケーションの場として使うため、そして報酬で得た金を酒場に落としてもらうためだ。冒険で疲れた身体を酒と料理で癒し、上手いこと金も循環させる。中々に上手くできているシステムであると、ヨミは冒険者ギルドの傍を通るたびに考えていた。
……話がそれてしまった。
要するにこの冒険者ギルドの掲示板に張り出された依頼をこなし、手っ取り早く報酬を頂こうという魂胆である。
「おお~~……なんだか旅人って感じがする」
さっそく漂ってきた冒険の匂いに、目を輝かせるメルティーナ。四人はさっそく冒険者ギルドの扉を開ける。中は広い空間で、いくつものテーブルと椅子が並んでいた。まだ日も高い時間ということもあってか、酒場側の客の入りはまだ少ないようだ。
エルシャ達は入ってすぐのところにある掲示板の前に立ち、舐めるように視線を右へ左へ動かしていく。仕事の内容は実に様々だった。薬草採取、魔物討伐、商人の護衛や探し物、はてには道場破りの挑戦者求ム! などという変わり種もある。
四人が探しているのは、少ない労力で多くの報酬が得られる効率のいい依頼だ。
しかし、そんな都合のいい依頼が易々と見つかるはずが――。
「これなんてどうでしょうか」
見つかるはずがなく、とエルシャ達が思った矢先。ヨミは掲示板から一枚の依頼書を剥がし取る。それは、とある魔物の討伐依頼。より正確に言えば、魔獣の討伐依頼書だった。
「え、また魔獣ですか……」
エルシャが思わずこぼす。
「最近、王都周辺での目撃情報が多発しているらしいですからね。国が抱える騎士団や衛兵だけでは手が回らず、こうして民間の所まで依頼が降りてきているのでしょう」
ヨミが言う通り、依頼者は個人ではなく、冒険者ギルドが騎士団に依頼されて直々に出しているようだった。そしてもちろん公的機関からの依頼ということもあり、報酬も中々の額だった。
「確かに報酬はすごくいいけど、相手は魔獣だよ? さすがに危ないよ……」メルティーナは冷静に言う。
「大丈夫ですよ。私達はつい最近も魔獣を退けてみたではないですか。私達の力を合わせれば、魔獣を再び退けることも容易だと思います」
「ほ、本当に出来るかな……」
「出来ますよ」言ったのはエルシャだった。エルシャはさらに言葉を重ねる。
「ティナさんも、先日の魔獣退治で大いに活躍したじゃないですか」
「そうね。他にいい依頼があるとも思えないし、私もこの依頼を受けてみるべきだと思うわ」
マリーベルも魔獣退治の依頼を受けることに異論はないようだ。
「……分かった。王都の人たちも最近の魔獣騒ぎには困ってるみたいだし、あたし頑張るよ」
メルティーナも覚悟の決まった顔で頷いた。先日のベルトランの件もそうだが、どうやら彼女の根底には王都の人達の役に立ちたいという思いがあるようだ。
「じゃあ、決まりですね」
全会一致。
依頼書を手にし、四人は受付へと向かった。