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第130話 旅に出る目的

「旅に出る、目的……」


 メルティーナはヨミの言葉を繰り返すが、ただ繰り返すばかりで次の言葉は出てこなかった。

 旅の目的。

 確かにこの場で明らかにしておかなければなるまい。

 おそらくエルシャ達三人とメルティーナでは目的は異なってくるだろう。

 だからこそお互いの目的をはっきり明示し、意思の疎通と合意を図る必要がある。


「おっとこれは失礼。まずは私達が旅をしている目的を話さなければ不公平というものですよね」


 そう言うとヨミは、改めてメルティーナに向き直る。


「私達の旅の目的はズバリ、エルシャさんの記憶を取り戻すためです」


「えっ!? あんた、記憶がないの?!」


 メルティーナはヨミの話を聞いて目を丸くして驚く。そして何度も視線をエルシャに送った。本当に、本当に記憶を失くしてしまっているのか。エルシャは首を縦に振る。


「どうやら、そうらしいです」


「そ、そうらしいって……どうしてそんな平然としてられるの? 今の今まで全くそんな素振りも見せなかったし……」


「目覚めてからだいぶ時間が経ってますからね。さすがにもう記憶がない状態に慣れてしまいました」


「目覚めてからって、あんた今までどうしてたの? まさか何かの病気でずっと寝たきりとか?」


 メルティーナは動揺を隠すことができない。

 今まで平然としていたエルシャが、実は記憶喪失だとは考えもしなかったのだろう。そして失くした記憶を取り戻したいと願い、旅をしていたなんて誰が予想できようか。


「ええと、その……」


 エルシャも言葉を詰まらせる。記憶喪失になっている事実も俄かには信じられないことではあるが、エルシャにはそれ以上にもっと信じられない事実が控えているのだ。それを口に出して素直に信じてくれるはずがない。

 そんな風に言い淀んでいると、代わりにヨミが割って入ってくる。


「エルシャさんは少し前まで石像になってたんです。だから寝たきりだったと言うのも、あながち間違ってないかもしれません」


「えっ? せ、石像……?」


 記憶喪失の次は石像化。理解できる許容の範疇が大幅にオーバーし、メルティーナは困惑を浮かべた表情のまま固まってしまう。


「ちょっとヨミさん、それ言っちゃって大丈夫なの?!」


 マリーベルが慌てて止めに入る。エルシャが石化していたという事実は、本当にごく一部の、信用できる人にしか打ち明けていない。そもそも信じてもらえるはずがないからではあるが、それ以上に無用な混乱を避けるためでもある。


「何か問題があるんですか? エルシャさんが石化していた件は、我々が旅をしている目的にも直結しています。それを隠したままでは不誠実そのものでしょう」


「でも、こういうのはもっとこう、段階を刻んでからじゃないと……」


「マリーベルさん。こういうのは言える時に言っておかないと駄目なんです。後で言おう、決心がついてから言おう、では永遠に言える時は来ませんよ」


「う、うぅ。どのみちもう言っちゃってるわけだし、あれこれ考えても仕方なさそうね……」


 舌戦に敗れ、おとなしく引き下がるマリーベル。口の達者さにおいてはヨミに敵うはずがなかった。それに、エルシャの秘密は共に旅をしていればいずれ知る時がおのずと訪れる。だったら今のうちに明かしておく方が後々困ることにはならないだろう、そうマリーベルは結論付けておくことにした。


「記憶がないとか、石像になってたとか……あんたいったい何者なの?」


 一方、メルティーナは未だ状況が飲み込めておらず、半ば放心状態でエルシャに問いかける。だがこの問いに答えたのは、またしてもヨミだった。


「ティナさんもこの国の王女様だったならば、光の魔女の伝説を聞いたことがあるのではないしょうか」


「ま、まあ……。コンフィルの町に石像もあるよね。今よりずっと小さい頃だけど、お母様とお父様に連れてってもらったこともあるよ」


「なるほど。ではエルシャさんとティナさんは今回が初対面ではなかったというわけですね」


「え、どういうこと?」


「コンフィルの町にあった石像は、エルシャさんが石化していた姿だったのですよ。お二人が初対面ではないと言ったのは、要するにそういうことです。数年前にお二人は……まあ片方は石像ですが対面していたのですから」


「そ、そう……なんだ……。じゃああんたは光の魔女とただ同じ名前ってわけじゃなくて、本当に本物の光の魔女だったってことなの?」


「はい、そういうことです。こちらにおわします方こそ、かの邪竜をうち滅ぼした大英雄こと光の魔女エルシャ様なのです。300年ぶりに目覚めたせいか記憶が迷子状態のエルシャ様です」


「わー! やめてくださいやめてください! わたしがその……光の魔女だったかっていうのはまだ定かじゃないんですから!」


 今度はエルシャが恥ずかしそうに訂正する。記憶がないことには慣れても、“光の魔女”などという大層な二つ名にはやはりいつまで経っても慣れる気がしない。もちろん最近出始めた“影の魔女”という二つ名も同様だ。どちらにせよエルシャは自分が英雄だったという説は微塵も信じてない。


「でも、失くした記憶なんて本当に取り戻せるの?」


「手がかりはあります。私の故郷にエルシャさんが記したと思われる手帳があるんですよ。それを見ればエルシャさんが石化する前のことが分かるはずです」


「ふぅん。ちなみにあんたの故郷って? 名前からしてこの国の中じゃなさそうだけど」


「確かに私は遠い異国から来ました。でも、ちゃんと近づきつつはありますよ。一歩一歩、着々と」


「そうなんだ……あれ? その手がかりの手帳がどうしてあんたの故郷にあるわけ?」


「まあ、それについては追々」


「さっき言える時に言っておかないと駄目とか言ってなかった?」


「む。これはとんだ墓穴を掘りましたね……」


 ヨミは観念したかのように、エルシャの手帳を入手した経緯を白状した。

 20年前、この国が異常な暑さに見舞われたこと。

 その影響で作物が大不作となり、食糧難の危機に瀕していたこと。

 それを支援するという名目で、当時の新米領主エドガー(マリーベルの父親)から1億エンでエルシャの手帳を買い取ったこと。

 そして、その手帳は現在ヨミの故郷にて保管してあるということ。

 

 おそらくこれでエルシャ側から出せる情報は出し尽くしたはずだ。

 この情報の濁流とも言うべき言葉の羅列。

 当然メルティーナが飲み込めるはずもなく……。


「え、ええ……と、20年前……え、20年前!? あんたいったい何歳なの!?」


「おお、このやり取りも懐かしいですね。しかしティナさん。女性に年齢を尋ねるという行為は、たとえ同性同士であってもやってはいけないんですよ?」


「言える時に全部言ってくれるんじゃなかったの?」


「申し訳ありませんが、先ほどの発言は撤回させていただきます」


「えー! ずるい」


「ふふふ、大人とはずるい生き物なのです。成長するとは、よりずる賢くなるということなのです。ティナさんもいずれ分かるようになるはずです」


「分かるよ! そういう大人たくさん見てきたから!」


 さすがは王族生まれなだけあって、説得力が物凄い。ゆえにヨミは何も言い返せず怯んでしまう。


「えー、コホン。話を本題に戻しましょう。我々が旅する目的は話し終えました。次はティナさんの目的を教えてください」


「あたしの目的……正直言って、みんなのと比べたら全然大したことないよ」


「構いませんよ。旅の目的にスケールの大小なんてありませんから」


「じゃ、じゃあ言うね。あたしの目的は、ハイネ先生の千路八界旅行記みたいな本を執筆してみること。そして出来ることなら出版して、たくさんの人に読んでみてもらいたいなぁ……なんて。自分で言っといてなんだけど、やっぱりあたしの目的なんてみんなに比べたら大したことないよ」


「充分立派じゃないですか。旅行記を執筆したいのであれば、尚更我々に同行すべきだと思いますよ」


「そ、そうかな……」


「そうですよ。ティナさん、私達と一緒に旅をしましょう」


「……! じゃ、じゃああたし、みんなと一緒に行ってもいいの?」


「私は最初から拒んでなどいませんよ。エルシャさんとマリーベルさんはどうですか?」


 ヨミは二人に目を向ける。もちろん両者ともに異論はない。全会一致。決まりだった。


「ではティナさん。これからもよろしくお願いしますね」


「うん。よろしく……!」


 メルティーナは頬を紅潮させながら、握手を求めてくるヨミの手を握り返した。その頬に浮かんだ満開の笑みが、これからの旅路を象徴しているようだった。

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