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第125話 鋼鉄の鱗を持つ魔獣

 厄介なことに魔獣の体表は鋼鉄の鱗で覆われている。生半可な物理攻撃は通用しないことは明らかだ。


「……となると私は支援に回った方がよさそうですね。攻撃はエルシャさんとマリーベルさんにお任せします」


「でも、わたしの魔法もあまり効いてる感じはありませんでした。やはりあの鱗をどうにかしない限りは攻撃は通らないと思います」


「うーむ。上手いこと鱗をはがすことが出来ればいいんですけどね」


 ヨミは考え込む。鋼鉄の鱗がある限りは攻撃が通らない。しかし、攻撃を与えなければ鱗をはがすことは出来ない。中々に難しい問題だが、そこでマリーベルが閃く。


「私にいい考えがあるわ。あの怪鳥がやってたことから着想したんだけど……」


 話はとても単純だった。相手が鋼鉄の鱗に覆われているなら、こちらはそれ以上の強い衝撃を与えてやればいい。問題はどうやって衝撃を与えるかだが、そこで先ほどの怪鳥の件が役に立ってくる。

 怪鳥が私兵を上空から振り落としたのと同じように、魔獣を上空から落として背中から地面に激突させれば、魔獣自身の重さも加わって相当な衝撃となるはずだ。


「でも、どうやって魔獣を上空から落とすんですか?」


 エルシャから当然の疑問が投げかけられる。いくら話が単純だろうと、実現できなければ妄言に等しい。だがその問題もマリーベルは想定していたようで、涼しい笑みを二人に投げかけて見せる。


「転移魔法陣で上空に転移させれば行けるはずよ」


「本当に行けますか? あの魔獣、相当な重量がありそうですけど」


「…………」


 都合が悪そうに視線を外すマリーベル。転移魔法陣は人や物を自由自在に転移させられるわけではなく、転移させる対象の重量が増せば増すほど、消費する魔力も大きくなってしまう。ゆえに杖を入手するまでは多人数の転移は小距離のみの移動に限られたし、杖を入手した今でも魔獣ほどの巨体を転移できるかはマリーベル自身も未知の領域である。


「確かにあの巨体を転移させるのは相当骨が折れそうね。だから……気合を入れて頑張る」


「き、気合……ですか」


 エルシャは素っ頓狂な声を上げる。まさか真剣な面持ちから繰り出される言葉が精神論とは思いもしていなかった。


「そうよ、気合よ。だってここまで来たらもう出来るか出来ないかっていう次元じゃないもの。……“やる”か“やらない”かなのよ!」


「やるか……やらないか……」


 あまりの気迫にエルシャは思わず納得してしまう。確かに寸分たがわぬ精神論ではあるが、かといってマリーベルが間違ったことを言っているわけでもない。今の状況において必要なのは思考ではなく行動。“やる”か“やらない”かで言えば間違いなく“やる”べきなのだ。


「エルシャさん、マリーベルさん。もう時間の猶予はなさそうですよ」


 ヨミが魔獣を指差す。“女神の加護”との衝突で怯んでいた魔獣は、すでに体勢を持ち直しつつあった。あれだけの巨体故に起き上がるまでの時間はかなりあったが、さすがにそろそろ限界のようだ。


「そうね。今、この瞬間が最初で最初のチャンス。ティナちゃんの頑張りも無駄には出来ないわ!」


 マリーベルは杖を掲げ、魔獣が横たわる地面に魔法陣を展開する。そして可能な限りの魔力を注ぎ込み、転移魔法陣の起動を試みた――


「転移……魔ほ……うっ!」


 が、起動の途中でマリーベルは崩れ落ちてしまう。さすがに重量オーバーなようだ。展開された魔法陣に描かれた紋様の光も、徐々に消え始めている。


「マリーベルさん!」


「大丈夫よエル、こんな程度じゃ私は……!」


 気丈にふるまうマリーベルだったが、実のところ魔力のほとんどを使い果たしている。この状態で転移魔法陣を再起動することは不可能だろう。

 エルシャは歯噛みする。このままでは魔獣に返り討ちに遭うことは目に見えているし、何よりメルティーナの努力を無駄にしてしまうことになる。

 何か、何か方法はないのか――

 手当たり次第に辺りを見回す。


「我々の魔力もお使いください!」


 するとその時、マリーベルの周りには私兵達が集結していた。人数にして十数人。ベルトランが用意した私兵、その総戦力である。別に彼らは一人も欠けずにここまで来れたことに対する感謝を述べに来たわけではない。先頭に立つ彼の言葉通り、マリーベルに力を貸しにやって来たのだ。


「そ、そんなことが出来るんですか……?」


「ええ。我々の主な武器は剣ですが、魔力譲渡に関する技術も持ち合わせております。専門ではないので一人一人の魔力量は大したことはないかもしれませんが、それでもこの人数。多少の力にはなるでしょう」


 魔力譲渡。自身の魔力を分け与える、魔力操作技術の一種だ。この技術を用いれば、枯渇した魔術師の魔力を――マリーベルの魔力を、実質的に回復させることが出来る。


「ありがとう、助かります……!」


「よーし総員、魔力譲渡開始ィー!」


 私兵達はマリーベルに魔力を注ぎ込む。その甲斐あって魔法陣には光が戻り始めるが、やはりまだ全体的な魔力量は不足しているせいか、魔獣の転移には未だ至っていない。

 

「くっ、あと少しなのに……!」


「わたしの魔力も使ってください!」


 そこへエルシャも加勢にやってくる。


「エル! ……でもあなた、魔力譲渡なんてやったことあるの? やり方は分かるの?!」


「ありません! やり方も分かりません! けど、今は“やる”しかないんです! 見よう見まねでやってみます!」


 エルシャはマリーベルの後ろに立ち、背中に振れている手のひらへ魔力を集中させる。上手く行っている実感はあった。あとはこの一点に集中させた魔力を、如何にしてマリーベルへ送り込むかだが……。


「グウウウ……フウウゥゥ……」


 時間が来てしまう。魔獣がおぼつかない足取りながらも四つの足で立ち上がり、熱気の籠った吐息を噴出する。そして今度はさらに大きく息を吸い込むと、がばりと大きく開けた口から灼熱のブレスを吐き出してきた。


「あいつ、炎も吐けるの……!?」


「マリーベルさん!」


「だめ、避けられない……!」


 物理的な距離もそうだが、それ以上に回避行動を取るのは魔法陣の展開を破棄することにもなってしまう。私兵やエルシャの協力を無駄にさせないためにも、マリーベルはここを動くわけにはいかなかった。

 しかし炎ブレスを受ければ、そのダメージによりどのみち魔法陣は破棄することになってしまう。

 選択肢は二つに一つすらない。

 あるいは思考すらも破棄してしまったとでも言うべきか。

 マリーベルは、ただ目を閉じる。


「魔法陣の展開を続けてください。ブレスは私が対処します」


 だが次の瞬間、マリーベルと魔獣の間にヨミが割って入ってきた。彼女は腰の鞘に収めた刀の柄に手を添えると、ごく自然な手つきで、しかし目にも留まらぬ手捌きで静かに刀を引き抜く。


「――“風薙(かぜな)ぎ”」


 ただ一閃。ヨミは刀を薙ぐ。刀の軌道に沿って風が巻き起こり、炎ブレスを瞬く間に吹き散らしてしまった。


「隙が出来ました。そちらの用意は出来ましたか?」


「はい。なんとか行けそうです」


 見よう見まねだが、なんとなく感触はつかめてきた。前にハイネの理力という技術に触れていてよかった。おそらく魔力譲渡も理力も、根本的な理論はそう変わらない。二つとも魔力を如何にして魔力を操作するかが肝要なのだ。


「マリーベルさん、行きますよ!」


「うん、来てエル!」


 宣言通りエルシャは魔力の譲渡を開始する。魔力は目には見えないが、流れは感じることが出来る。その感覚に従うならば、間違いなく魔力はマリーベルの元へ注ぎ込まれていた。


(こ……これが、エルの中に流れてる魔力……。気を抜くと意識を持ってかれそう……!)


 もちろんその流れはマリーベル自身も感じ取っている。背中に触れたエルシャの手から、得体の知れない何かが流れ込んでくる感覚が確かにあった。魔力の濃淡で言えば間違いなく濃い。それ故に今度こそ転移魔法陣が成功する確証があった。


「はああああーーーっ!」


 そしてマリーベルは杖を天高く掲げ、叫ぶ。


「――“転移魔法陣ッ”!」


 魔獣の足元に展開された魔法陣の文様が妖しく輝く。瞬間、魔獣は消え去った。空中へ転移させられていたのだ。


「やりましたね、マリーベルさん!」


「うん、ほんとに上手くいって良かっ……いやいや良くないから! 衝撃が来るわ、みんな伏せて!」


 空中へ転移させられた魔獣はこの後どうなるのか。答えは難しくはない。重力に従って落下する。ただそれだけである。魔獣ほどの巨体を持つものが地面に激突したならば、衝撃も相当凄まじいことになるのも想像に難くない。


「「「うわあああーーーっ!」」」


 なのでエルシャや私兵達は、悲鳴を上げながら地面にしがみつくのだった。

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