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第118話 控室での密談

「いやぁ、本当に良くやってくれた。やはりあなたに頼んで正解だったよ」


 特別控室。そこで待機していたベルトランは、無事に二回戦を勝ち抜いたヨミを歓迎した。これで残すは決勝戦を残すのみ。その戦いに勝利すれば、晴れてベルトランからの依頼は達成される。


「実を言うと私自身が一番驚いてます。まさか決勝戦まで勝ち進められるとは思ってませんでしたから」


「いやいやそんなご謙遜を。あなたの実力を以てすれば決勝進出はおろか優勝だって目じゃないはずだ」


(……ちょっとちょっとヨミさんヨミさん!)


 さっそく祝勝ムードの二人にマリーベルが割って入る。腹の奥底に溜まった本音は一回戦終了時の比ではない。どうして無事に二回戦を勝ち抜いてしまったのか。烈火のごとく問いただしたい所だが、傍にはベルトランがいる。マリーベルは仕方なく小声で問い詰めた。


(どうして普通に勝ち抜いちゃってるのよ!? ティナちゃんとの約束はどうしたのよ約束は!?)


(さっき言ったではないですか。私自身も驚いているって。なにしろ気づいたら対戦相手の方が降参していたんですから)


(何がどうなったら無意識のうちに勝てるのよ……と言いたいところだけど、ヨミさんだったら少しあり得そう。やっぱりさっきの発言は撤回するわ)


「キミ達。いったい何をこそこそ話しているんだ?」


 ベルトランが不審そうに二人を見つめてくる。これ以上の密談はただ怪しまれるだけだ。ヨミはさっと密談を切り上げ、ベルトランに向き直る。


「いえ、どうかお気になさらず」


「そ、そうか。まあ俺がとやかく言える立場にないのは分かっているが、出来れば内緒話は遠慮してもらいたい」


「善処します」


「ところで決勝戦の相手は分かっているか?」


「さあ。いったいどなたです?」


「ハイネという者だそうだ。一回戦、二回戦、ともに圧倒的な実力差を見せつけて勝ち上がったらしい。まあ、あなたほどではないだろうが、油断はせずに挑んでもらいたい」


「そうですか。情報提供感謝です」


 なんとなくそうなる予感はしていた。ヨミは特に驚くそぶりを見せることなく、エルシャ達に視線を送る。二人はヨミとは対照的に、やたらと興奮気味にヨミへ詰め寄ってきた。


「対戦相手のハイネさんって、私達の知っているあのハイネさんでしょうか!?」


「間違いないでしょう。開会式の時にお姿を拝見しましたから断言できます」


「やっぱり……でもヨミさん、分かってますよね?」


「分かってます。次の試合が最後のチャンスですから、しっかりと負けてきますよ」


「ん? 今、負けてくると聞こえたが俺の聞き間違いか?」


 やたらと耳のいいベルトランが首を突っ込んできた。ヨミはしっかりとした面持ちで冷静に、というより白々しく答える。


「ええ、聞き間違いでしょう。せっかく決勝戦まで進めたのにわざと負ける人間がいると思いますか?」


「ま、まあ確かにいないだろうな。すまない、少し気が立っていたようだ」


 そう言ってベルトランは引っ込んでいく。どうやら彼は耳がよくとも察しは悪いらしい。これ以上の追及をされなかったのも、彼の察しが悪いおかげなので悪いことは言えないが。


「さて、試合が終わっているなら行かねばなりませんね」


「頑張ってくださいね、ヨミさん」


「はい、行ってきます」


 いざ往かん決戦の地へ。エルシャからの応援を受けたヨミは、気持ちを新たに控室を後にする。


(……あれ? 頑張ってくださいって言っていい状況でしたっけ。なんだか、取り返しのつかないことを言ってしまった気が……)



 ◇



 一方その頃ハイネの控室。

 こちらの控室でもやはり、ペトラとハイネの二人が秘密裏の会談を行っていた。


「さすがですハイネさん。決勝戦もこの調子で頼みますよ」


「もちろんじゃ。ところでおぬし、そろそろ教えてくれんかのう」


「何をですか?」


「なぜ坊ちゃんとやらを優勝させたくないのじゃ? やはり王女様との結婚はさせたくないからか?」


「そんなまさか。私がいったい何時(いつ)優勝させたくないと言いました?」


「む? 優勝させたくないからわしを送り込んだのではないのか?」


「とんでもない! 私はいつだって坊ちゃんの幸福を願っております!」


「だったら尚更じゃろうて。わしがいなければ坊ちゃんとやらはもっと楽に優勝出来たはずじゃろう」


「そうかもしれませんが、そんな形での優勝では坊ちゃんの強さを認めてくれる人は少ないでしょう」


「そ、そうかの。王都の武闘会での優勝じゃぞ? これ以上ないほど立派だと思うが……」


「確かに立派ではあります。きっと多くの観客が坊ちゃんの優勝を祝福してくれるでしょう。ですが、その中にはごく少数とはいえ“あんな有象無象を倒したごときで~”などと言って認めない方もいるはずです」


「そ……それはさすがに逆張りじゃろう。そんな奴のことまで気にしてたらキリがないぞ?」


「いえ、気にする必要があるんです。坊ちゃんは常に完璧で無敵でなければなりませんから」


「完璧で無敵……壮大じゃのう」


「いいですかハイネさん。どんなに美味な料理でも、人が千いれば一人は不味いと言う者が出てきます。どんなに優れた王が治める国家でも、人が万もいれば一人か二人は反乱分子が出てくるものです。この世に人がいる限り、人が人である限り、100パーセントの支持を得られることなど不可能なのです」


「ああ、確かにそうかもしれんのう。わしも同意見じゃが、今関係ある話か――」


「ハイネさん」


 ペトラは食い気味でハイネの言葉を遮る。


「あなたは本を出されていましたよね。中でも千路八界旅行記には数多くのファンがいますが、その一方であなたの本を好ましく思わない方もいらっしゃるはずです。そういった方の意見を、あなたは進んで見聞きしたいですか?」


「まあ、あまり気乗りはせんのう。じゃが、わしの本をどう思うかは自由じゃ。つまらないと思ったらそこで本を閉じてもらって構わん。というか、万人に好まれる本を書くのはわしとて不可能じゃ」

 

「確かに100パーセントの支持を得ることは不可能でしょう。しかし、限りなく100パーセントへ近づけることは可能です。私の使命は……坊ちゃんという名の原石を磨いて、一人でも多くの人に坊ちゃんという存在を認めてもらうことにあるんです。そして、出来る限り完璧で無敵な状態に仕上げた上で王女様との婚約を果たしてもらう……ああ、なんと素晴らしきことでしょう」


「お、おう……」


 ペトラはそれを言い切ると、実に恍惚な表情を浮かべ悦に入っていた。きっと決勝戦を勝ち上がり、多くの観客達に祝福されるベルトランの姿でも想像しているのだろう。

 ハイネはそんなペトラの口から漏れ出るよだれを拭き取ってあげると、気持ちを切り替えて決勝戦の舞台へと向かうのだった。


(所詮わしは踏み台か。じゃが踏み台は踏み台でも、わしは天まで届く高さの踏み台じゃぞ……!)

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