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第112話 黄色い声援

 きっとその提案をすることが、エルシャ達を部屋に呼び寄せた真の目的だったのだろう。旅の仲間が増えることは素直に喜ばしいことだが、今回は相手が相手だけにすぐに返事を出すことは躊躇われた。

 いや、相手が王女だろうとなかろうと、危険がつきものの旅に簡単に同行させるわけにはいかない。

 判断は慎重に行う必要がある。

 そういうわけでエルシャ達の返答は「いったん保留」に決まった。


「……分かった。だけど、明日の今頃までには返事を決めてほしい。その時間になったらこの部屋にまた来るから」


 そう言い残し、メルティーナは再びフードで顔を隠して去っていく。

 ちなみに今いるこの部屋は、前もってエルシャ達三人分の代金も支払われており、メルティーナ曰く「ゆっくり休んで」とのことだが、とてもそんな気分にはなれなかった。

 この相反する二つの気持ちは、部屋でじっとしているだけでは却って膨らみ上がってしまいそうだ。

 ならばどうするべきか。

 まずは外の空気を吸いに行くべきだろう。


「せっかく王都に来たことですし、いろいろなお店とかを見て回りましょう。気持ちの整理がつかない時はですね、時の流れに身を委ねてみるのも一つの手ですよ」


 相変わらずヨミは呑気だった。しかし、今はその呑気さが逆にありがたい。外の空気を吸いに行こうと提案したのもヨミが発端だった。


「確かにそうかもしれないわね。エルも一緒に来てくれる?」


「はい、ご一緒させていただきます」


 エルシャとしても微妙に重い雰囲気を変えたいと思っていたし、どちらの選択肢を選ぶか決めかねていたところだった。

 こうして三人は揃って宿屋を飛び出し、市街地へと繰り出す。

 道中、ヨミが現在の心境を尋ねてきた。


「お二人は今のところどう思ってます? ちなみに私としてはぜひともお迎えしたいと思っているところです」


「えー? ヨミさんはそっち側!?」


「おや。ということは、マリーベルさんは反対派ですか」


「どちらかと言えばね」


「えー。マリーベルさん、もしかして私が思っていたより薄情な方でしたか?」


「いやいや、慎重になって当然でしょ。だってあのまま勢いに任せて頷いてたら、きっと数日後には王都のお尋ね者よ。形がどうあれ私達は王女の誘拐犯ってことにされちゃうわ」


「なるほど。マリーベルさんの言うことにも一理ありますね」


「なるほどってあなた、このくらい当然想定してたでしょ?」


「いえ。私はただメルティーナさんとも一緒に旅がしたいな、ってだけ考えてました」


「ええ……。少しお気楽が過ぎないかしら」


「そうですよ。私はいつだってどの選択肢を選べば楽しいことになるかが最優先です」


「はぁ、そういえばあなたってそういう人間だったわね」


「はい、そういう人間です。ところでエルシャさんはどっちの味方に付きますか? 私ですか? それともやはりマリーベルさんでしょうか」


 ヨミはエルシャにも視線を向けた。

 エルシャはずっと考え事をしていたらしく、ヨミの声でびくっと背中を震わす。


「えーっと、わたしは……」


 思わず口ごもるエルシャ。どちらの意見にも共感できる部分があり、故にどちらか一つに絞るのはとても難しい。次の言葉が出ぬまましばらく歩き続けた。

 すると、何やら多くの人だかりが出来ている大通りへと差し掛かる。

 いくら人通りの多い王都の大通りと言えど、この盛況さは尋常ではない。

 気になって近づいてみると、人々の視線はある一点へと集中していた。


「うおおおっ! 本物だぁっ! 本物のベルトラン様だーーっ!」


「きゃーこっち見てー!」


「いま手振った? いま、私に手振ってくれたよね?!」


「なーに言ってるんだい、このアタシに振ってくれたのさ!」


 熱狂の渦の中心にいるのは、一人の若い男。見るからに人のよさそうな笑みをたたえるその男は、しきりに周囲の民衆へ手を振りながら笑顔を浮かべている。

 身なり格好も、一般人とはかなり違う。マントの下は恐らく礼装服なのだろう。縁の部分に金の刺繍が施されているのが見える。

 ベルトランと呼ばれたその男は、群衆を一瞥すると拳を天に掲げて応える。


「みんな、来てくれてありがとう! 明日行われる武闘会には俺も出場する! 必ずや優勝してみせるから、ぜひとも応援に駆けつけてくれ!」


「きゃーーーっ!!」


 鳴り響く黄色い声援。容姿もかなり整っており、老若男女を問わずかなり高い人気を誇っているようだ。喧騒にまぎれてヨミがぴつり呟く。


「どうやら人々の目当てはあそこで手を振っている彼のようですね。ものすごい人気を集めていらっしゃるみたいですが……もしかしてティナさんの結婚相手というのは、あの方だったりするのでしょうか」


「間違いなくそうね」


 マリーベルが答える。

 ベルトランに関しては名前しか聞いたことはないが、一応同国の公爵家の人間であるという情報は見聞きしている。

 

 そんな人物が凱旋パレードのような催しをしているということは、間違いなく何かしらの理由があってのことだろう。それこそ結婚式を挙げるため、だとか。


「それにしてもすごい人だかりですね。ちょっと気持ち悪くなっちゃいそうです」


 尋常ではない雑踏にエルシャは眩暈を覚える。


「ここはもう充分よ。もう別の場所に行きましょ?」


「そうですね」


 そんなエルシャを心配し、マリーベルが提案する。ヨミも断る理由はなかった。


「……! すみません、前言撤回です。ちょっと野暮用を思い出しました」


 が、その直後。

 ヨミは二人に背を向け、群衆の隙間を縫って走り出してしまう。

 その進行方向にあるのは、呑気に手を振り笑顔を振りまくベルトランの姿。


「え! 待ってください!」


 エルシャは手を伸ばすが、すでにヨミの姿は雑踏に紛れて見えなくなってしまった。


「ど、どうしましょう。なんだかすごく嫌な予感がするのですが……」


「だ、大丈夫よ。さすがにいきなり人に斬りかかるなんて真似はしないだろうから……」


 とマリーベルは言うものの、不安は果てしない。

 なにせヨミは「どうすれば楽しいことになるか」が最優先な人間だ。

 しかも駆けだした時にはすでに、刀の鍔に親指が掛けられていた。

 刀を抜く準備は整っているのだ。

 

 そして次の瞬間。

 群衆から聞こえる歓声が悲鳴に変わった。

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