第106話 王都到着
「んじゃあ、俺はここまでだな。また何かあったらいつでも詰所にでも顔を出してくれ。……まあ、そこに俺がいるかどうかは分からないけどさ」
「こちらこそありがとうございました、ヒューゴさん」
王都は国内最大級の規模と人口を誇る誇る都市だ。城壁で囲まれた円形状の都市の内側は、いくつかの街区に分かれている。エルシャ達三人とヒューゴが馬車を降りたのは、外周区の一番外側に位置する区域だった。そこには街区を囲む壁と一体化した巨大な城門と、外に向けて突き出た狭間胸壁がある。
狭間胸壁とは壁と隙間が交互に続く通路のことだ。これが王都の外周をぐるりと一周しており、この凹凸がまるで王冠のような形状を呈している。
有事の際には城壁上の弓兵や魔術師がここから隙間を縫って攻撃を加えるという仕組みである。
街の規模や人口はもちろんのこと、防衛力も今まで訪れた町とは比べものにならないほど堅牢だ。
国内最大級の都市を守るためには、やはり最大級の防衛力が必要なのだろう。
「ええと……これからどうしましょうか」
ぽつり、エルシャが呟く。
自分達三人に対して王都はあまりに大きく、あまりに広い。
探索しようにもどこから手を付ければいいか分からなかった。
「とりあえず、適当にぶらついてみましょう」
エルシャが頭を悩ませているところに、ヨミからのありがたいアドバイスが齎される。
「そんな適当でいいの? 目的もなく彷徨うだけ?」
マリーベルは少し訝しんだが、ヨミはこくりと頷く。
「別に無理して目標を定める必要はありませんよ。とりあえず最初は適当にぶらついてみるのもアリです」
「まあ……確かに今はそうするのが最善というか、そうするしかないみたいね」
三人の心積もりは決まった。この日は王都の散策に費やし、明日から本格的に行動を始めることにしよう。
ただぶらぶらと歩き続けるというのもアレなので、三人は適当な雑談に花を咲かせることにした……矢先のこと。
「「ぎゃっ!」」
曲がり角を曲がろうとした瞬間、エルシャは向こうから走ってきた少女とぶつかってしまう。その衝撃により二人は尻もちをついて倒れた。相手の顔は深くかぶったフードにより見えないものの、背丈はエルシャとほぼ変わらない。年もほとんど同じだろう。
「す、すみません、大丈夫ですか……?」
先に立ち上がったエルシャが、心配そうに手を差し伸べる。
しかし相手の少女は手を取ることはなく、自力で立ち上がるや否や妙なことを言ってきた。
「ねえ、お願いがあるの!」
「お、お願い……ですか?」
少女はコクリコクリと、深々と二度頷く。
「大図書館に行って、“千路八界旅行記”という本の第17集を探して来てほしいの!」
「本を探してほしいのですか? だったらわたし達と一緒に……」
「それはダメ!」
少女は声を荒げる。
「な、なぜですか?」
「とにかく、あたしには行けない理由があるの。報酬はちゃんと出すから!」
「報酬……」
なんとなく怪しさを感じるエルシャだったが、少女の必死さはひしひしと伝わってくる。決して報酬が気になったわけではない。決して。
「マリーベルさん、ヨミさん。とても困っているようですし、わたし達で取ってきてあげたいのですが……よろしいでしょうか」
エルシャは少し悩んだ末、二人の仲間に確認を取ることにした。自分としては少女の助けになってあげたいが、さすがに独断での行動という訳にはいかない。そもそも大図書館とやらの場所が分からないので、誰かの協力が必須だった。
「目的が出来るわけだし、私は構わないわ」
「そうですね。王都に来たのであれば大図書館は是非とも見てみたいですし」
マリーベルもヨミもその提案に同意する。二人ともエルシャと同じように、困っている人間を見捨てることなど出来ないタイプだ。少女の顔がフードの奥でパッと明るくなる。
「じゃあ決まりね。あたしは向こうにある酒場の中で待ってるから、二時間……いえ、一時間半以内に戻ってきて」
「え、時間制限があるんですか?」
「あたしには時間がないの! それまでに戻ってこなかったら当然報酬はナシよ!」
少女は傲慢に言い放つ。
どう見ても頼む側の態度には見えないが、本当に彼女は時間がないのだろう。なぜそんなにも急いでいるのかすら教えてくれる雰囲気ではない。
「じゃ、じゃあわたし達は行きますね」
「ああ待って。あなた達、大図書館への入館許可証は持ってるの?」
「入館……許可証……?」
「その様子じゃあ持ってなさそうね」
「もしかして、それがないと入れないんですか?」
「当然よ。中に入れないのにどうやって本を持ち出そうって言うのかしら」
「うぅ、どうしましょう」
「……仕方ない。特別にあたしのを貸してあげる。ただし、絶対に失くしたり、借りたことを口外したりはしないでよね」
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます……!」
「それあれば付き添いの人も入れるから」
「はい、分かりました」
エルシャは少女から入館許可証を受け取る。王都の紋章が刻まれた手帳のようなものだった。中のページを読んでいる余裕はなさそうなので、受け取ってそのまま懐へと仕舞いこんだ。
「じゃあ、頼んだからね!」
そう言うと少女はさらに深くフードを被りなおし、足早に去っていった。
「では私達も行きましょうか」
そしてヨミも、少女が去っていった方とは逆の方向に視線を向ける。
「大図書館の場所、分かるんですか?」
「ふふっ、当然です」
ヨミの不敵な笑みがいつになく頼もしい。
やっぱり旅に慣れている人は違うな、とエルシャとマリーベルはヨミの背中を追って王都の街を往く。
残念ながら街並みを眺めているような余裕はなく、それどころかヨミは近道だと称して積極的に路地裏を通っていく。
「ねえ、本当にこの道で合ってるの?」
不安になったマリーベルが思わず尋ねる。
「大丈夫です。ほら、もうすぐ見えますよ」
しかし、そんな不安は目の前に飛び込んだ光景と共に一気に吹き飛んだ。
三人の目の前に現れたのは、荘厳な雰囲気の巨大な建物。
もはや外観だけでここがどういう施設であるのか理解できる。
「ここが……大図書館……」
エルシャは天を仰ぎながら呟いた。
そう、ここが世界の知識が一堂に会すると言われる、世界最大級の図書館。
大図書館というのは通称であり、正式名称は王立フェイルガルド魔法図書館という。
中には世界中から集められた数えきれないほどの書物が、それこそ何百万冊という規模で貯蔵されているらしい。
三人は無意識に息を整え、気持ちを新たに入口へと向かった。