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第102話 ――がない部屋

 エルシャ達は宿屋を即座に抜け出した。マリーベルも認めた通り、この村の雰囲気は明らかに異様だ。もう今すぐにでも村から抜け出したい。二人は示し合わせるまでもなく門へと向かう。ヨミと合流し、村から出るために。もしそうなれば結局野営することになるが、事情を話せばきっと納得してもらえるだろう。とにかくこの村は異常だ。


「そういえば門番さんとの話し合い、もう終わってますかね」


「関係ないでしょ。どのみちこの村からはもういなくなるんだから」


「た、確かにそうですね」


 エルシャは頷く。


「さ、急いで急いで! 誰にも見つからないうちに!」


 マリーベルの村から出たい欲は口調からも見て取れる。さすがの彼女も宿屋での一件は精神に来るものがあったらしい。二人の歩調は自然に早まっていく。意識は完全に前方向に向いており、そのせいで横から接近してくる何者かの存在に気づくのが完全に遅れた。


「ちょいとそこのお二人さん」


「ふぇっ!?」


 唐突に聞こえてきた声に振り向くと、そこには一人の女が立っていた。見た目は若くも見えるし、あるいはもっと年上のようにも見える。とても曖昧で不思議な雰囲気を纏う女だ。

 

「な、何か用ですか……?」


「先ほど宿屋さんから出てくるあなた達の姿を見かけまして。宿屋さん、やっていませんでしたよね?」


「確かにまあ、やってないと言えばやってないんですけど……」


「お二人は旅人さんですよね? 泊まる場所がなくて困っているんじゃありません?」


「確かにまあ、困ってるとも言えなくもないですね」


 困惑しながら適宜質問に答えるエルシャとマリーベル。だが勘違いしてほしくないのは困っている対象だ。宿屋が営業していないことに困惑しているのではなく、村全体の異様な雰囲気に対してである。もちろんそんなことは口が裂けても言える雰囲気ではない、が。

 一方で謎の女はそんな二人の困惑など気に留める雰囲気すらなく、さらにこんな提案まで出してきた。


「でしたら私の屋敷に来てください。幸い、部屋は空いておりますので」


「え……」


 反応に困ってしまう二人。正直、有難みより怪しさの方が圧倒的に上回っていた。


「ああ、すみません。名前も明かさないのにいきなりこんなことを言っても仕方ないですよね。私はロングと申します。この村の村長をしております」


「あ、村長さんでしたか……。それはどうもご丁寧に……」


 自己紹介などしてもらったところでエルシャ達の警戒心が解けるはずがない。

 だが、村長のロングは二人の心中などお構いなしに、勝手に話を進め始めた。


「さあさあ、紹介も済んだことですし、私の屋敷に来てくださいますよね?」


「いや、でもヨミさんがまだ……」


「おや。もうお一方いらっしゃったのですか」


「はい。まだ門番さんと話の最中だと思います」


「そう、門番と……。…………。まあ大丈夫でしょう」


 ロングは微笑んだ。謎の間があったことには触れていいのかどうか。もはや笑顔すらも不気味に映ってしまう。


「だ、大丈夫って何がですか?


「大丈夫です、後でちゃんと話は付けておきますから。ささ、行きましょうお二人さん」


「ヨミさんも後でちゃんと来るんですよね?!」


「……。ええ、もちろんです」


「だからその謎の間は何なのーっ!?」


 マリーベルの叫びが夕闇に残響する。

 だが宿屋に泊まれなくなった以上、ロングの厚意を甘んじて受け入れるほかなく、二人は半ば強制的に屋敷へと連行されるのだった。



 ◇

 


 屋敷は村の一番奥にあり、建物自体はそこまで大きくはない代わりに敷地はかなり広かった。だだっ広いとでも言うべきか。屋敷手前に広がる庭園は程よく手入れが為されている。


「さ、上がってください」


「お邪魔しま~す……」


 言われるがまま屋敷に上がり込むエルシャとマリーベル。

 ロングに案内された先はどうやら客室らしく、先んじて一人の年老いた男がソファに腰を下ろしていた。


「キミ達が、我が娘の言っていた旅人さんだね? わざわざこんな辺境の村へようこそおいでくださった。まあ、ゆっくりして行ってくれ」


「は、はい、どうも……って娘?!」


 エルシャは二人の顔を交互に見比べる。

 こう思うのは失礼極まりないが、二人が親子のようにはとても見えなかった。


「こらこらエル、あんまりジロジロ見たら失礼よ」


「す、すみません……」


 マリーベルに小声で叱られ、エルシャは頭を下げる。


「ははは、気にはしとらんよ。ワシはハルピン。一応この村の先代村長をしておった」


「ああなるほど、それで今は娘のロングさんが村長ということですか」


「そういうことだね」


 ハルピンは頷いた。

 ロングに促され、エルシャ達もそれぞれソファに腰を下ろす。


「ところで我が村はいかがだったかな? いろいろ驚くことが多かったでしょう?」


 ハルピンからの問いにエルシャは即答する。


「はい、そりゃもう! この村の人ってあんな風にして食事するんですか?」


「こらこらエル、あんな風(・・・・)って言ったら失礼でしょ」


 またしてもマリーベルには叱られてしまったが、彼女自身もあんなドロドロ(・・・・・・・)のことについては正直なところ気になっていた。


「はっはっは、村の外から来た人はみんな信じられない顔をして驚いていくよ。しかしね、ワシらからしてみればあんな固形物(・・・・・・)を食す人々の方が俄かには信じられんのだ」


「なぜですか?」


「だって、固形物は喉に詰まらせる可能性があるだろう? せっかくの楽しい食事なのに、窒息して命を落とす目には会いたくないだろう」


「だ、だから……あんなドロドロにするのですか?」


「その通り。食事はやはり安全さが一番大事だからな」


「安全に楽しく、が食事の醍醐味ですもんね」


「…………」


 ハルピンの言葉にロングは同意するが、一方でエルシャとマリーベルの二人は揃って言葉を失っていた。

 やはりこの村は……この村の住人は、常軌を逸している。

 十中八九の疑念がついに確信に至ってしまった。

 早く話を終わらせて、いや早々に話を打ち切ってでも屋敷から、そして村から逃げ出してしまいたい。

 エルシャ達は儚い願いを抱く。

 当然、そんな願いが叶えられるはずもなく。

 それどころかエルシャが切り出したドロドロの話題をきっかけに、村長親子の熱意はさらに過熱してしまう。


「だいたい、村の外の人達は危険に対しての警戒心が薄すぎる。我々に対して気にしすぎだの常軌を逸しているだの言っている暇があるなら、自分の足元に潜む危険に目を向けてみるべきなんだ。旅人さん方もそう思うだろう?」


「いや、まあ……同意出来るところと出来ないところが半々というか……」


「駄目ですよお父さん、自分の価値観を他所の人に押し付けるのは。この方々は私達と違って、情操教育を受けていないんですから」


「じょ、情操教育……?」


「はい。私は幼少期のころからずっと、世の中は危険で満たされていると周りの大人から教わり続けてきました。それが情操教育です」


「は、はぁ……」


 自分が知っている情操教育とは大きなズレを感じ、マリーベルはため息を漏らすしか出来なかった。果たして本当にそれは情操教育と呼べるのだろうか。偏った価値観あるいは偏った常識の植え付けの方が近い気がしないでもないが、もちろん口に出せるはずもなく。

 

「ところでお二人は旅人さんなんですよね。色々と危険が多くて大変なのではありませんか?」


 今度はロングの方から尋ねてくる。


「確かに色々と危険は多いですけど、それ以上に楽しいことだってたくさんありますよ」


 エルシャが胸を張って答えると、マリーベルも同じように頷いた。

 そんな反応にロングは「あり得ない」といった表情をするのかと思いきや、意外なことに二人に向けてきたのは羨望の眼差しだった。


「やっぱり、お二人も楽しいと……外の世界を歩き回るのは楽しいと、そう申されるのですね」


「えっ? どういうことですか?」


 思わずエルシャは聞き返す。


「訳あってお父様は外には出られないんです。お父様が屋敷の外に出た姿は、私が物心ついた頃から見たことがなくて……でも、旅人さんの体験談を聞く時のお父様はすっごく楽しそうでして……」


「そうだったんですか? どこか身体が不自由だったり……」


「こら、ロング。ワシのことをあまりペラペラ喋るんじゃない」


「も、申し訳ありません」


「娘が失礼した。ワシはこの通り、ピンピンしているから安心しとくれ」


 ハルピンは立ち上がり、屈伸を何度か行った。どうやら足腰はしっかりしているようだ。身体の衰えを感じさせない、素晴らしい屈伸だ。


「とまあ、そんなわけでだ。ここらで一つ、キミ達の体験談を聞かせてはくれないか?」


「別に構わないんですけど……わたしからも一つ、聞きたいことがあるんです」


 エルシャはそう返すと、「ほう、なんだね」と興味津々のロングに向き直って尋ねた。


「どうしてこの部屋には……“(かど)”がないんですか?」

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