第100話 世界一安全な村
第3.5章『世界一安全な村』
結果として予定から一日遅れたものの、決して無駄な一日ではなかった。エルシャ達一行は改めて身支度を整えると、タスマハールの町を後にした。
次なる目的地はいよいよ王都だ。
王都には国の内外から様々な人・モノ・情報が集まっている。
エルシャの記憶につながる何かがあってもおかしくない。
いや……間違いなくあるはずだ。
そんな希望を胸に、エルシャは地平線へと伸びる一本道を往く。
「結構歩きましたよね。そろそろ王都に着く頃ですか?」
一本道ということで、歩けど歩けど見える景色はずっと変わらない。目に優しそうな薄緑色の平原が続くばかりで、前に進んでいるという感覚が湧かない。いつも以上に疲れている気がするのもきっとそのせいだ。
「いえ、まだまだ王都は先ですね」
「そうですか……」
冷静なヨミからの返答に、エルシャは肩を落とす。地平線の先に建物の影すら映らないので薄々分かってはいたが、実際に言葉にされてしまうと実感というか落胆がすごい。
歩き疲れるのも旅の醍醐味とヨミはフォローしてくれるが、そろそろ体力の限界が近いのもまた事実。
エルシャだけでなく、マリーベルもぼちぼち疲れを訴え始めていた。
「日が落ちるにはまだ早いけど、今日はもう野営の準備をしとかない? 私、そろそろ限界かも」
「確かに無理をするのはよくありませんね。でも――」
ヨミは休息の提案に賛成はしたが、野営することには反対した。曰く、野営では十分な回復効果は得られないからとのこと。王都への道のりは長い分、しっかりとした休息が必要だ。どこかの町に寄って、宿屋に泊まれたらベスト!
「確かにそれはそうなんだけど、町はおろか村さえ近くにはないわよ?」
「いえ、私の記憶が合っていれば近くに村があったはずです。ちょっと付いてきてください」
そう言うとヨミは、一本道から外れて草原の中を歩き始めた。拒否権はないらしい。エルシャ達はヨミの謎の自信を信じ、というか信じるしかないので背中を追いかける。
しばらく歩き続けること十数分。
小高い丘を越えて目に飛び込んできたのは、村の入口と思われる門だった。
辺境にある村とは思えないほど立派で頑丈そうな門だ。
手前にはしっかりと二人の門番まで立っている。
「ほら、言った通りでしょう?」
腕を組んでドヤ顔を決めるヨミ。心なしか鼻もいつもより高く見える。
「驚いたわ。本当に村があるだなんて」
「すごく厳重そうな村ですね。わたし達、そもそも入れてくれるんでしょうか……」
門の厳つさに負けないほど、二人の門番もかなり厳つい目をしている。ネズミどころか虫一匹すら通すまいと言わんばかりだ。余所者の旅人なら尚のこと。
「まあ、大丈夫なんじゃないですか? 堂々としていれば怪しくは見えないでしょう」
「堂々と……」
エルシャは思わずつぶやく。堂々と。ヨミはずいぶん簡単に言ってくれるが、エルシャにとってそれは困難なことこの上ない。とはいえ、挙動不審さのせいで二人に迷惑をかけたくないので、せめてもの気持ちで背筋だけは伸ばしておくことにした。
「止まれい。見ない顔だが旅の者か?」
案の定、門番に止められた。
先頭を行くヨミがさらに一歩前進し、門番に応対する。
「はい。タスマハールから来ました」
「そうか、長旅ご苦労。この村には何用だ?」
「泊まれそうな場所を探しています」
「ふむ、宿泊か。この村には旅人がめったに来ないもんで、立派な宿屋はないがそれでもよいか?」
「はい、構いません」
ヨミの受け答えに一切の淀みはない。
門番も特に怪しんでいる様子はなさそうだ。
これにて一件落着、ようやくベッドの上で休むことが出来る……かと思いきや。
「我々の村の掟で、危険物やそれに類する物の持ち込みは一切禁止している。荷物をチェックさせてもらうぞ」
門番はおもむろに近づき、マリーベルの背中に収めている杖を取り上げた。
「ああ、ちょっと! それは別に危なくなんかないわよ!」
「だが見たところ普通の杖でなく、魔術用の杖だろう? 村の中で火の玉でも放たれたら敵わんからな」
「そんなことしないってば!」
「さて、どうだかな」
「返して!」
「村から出るときに返してやろう。それまでは我々が預からせてもらう。当然、責任を持って管理するから安心するといい」
マリーベルは門番に突っかかるが、一度取り上げた杖を返すつもりはないらしい。それにしても荷物検査があるなんて、ただの村にしては相当に警戒が厳重だ。確かに危険物を持ち込ませたくないのは分かるが、いささか厳しすぎな気もする。
「次はお前だ」
「……ひっ!」
間髪入れず、門番はエルシャにぎろりと目を向ける。
「わ、わたしは武器になりそうなものなんて持ってませんよ……?」
「いや、この帽子は怪しいな。特に先端部分から危険な匂いがする」
門番は帽子のとんがりを指さす。
「いやいや、確かに尖ってますけど人に刺さったりはしませんよ……」
半ば呆れ気味に答えるエルシャ。確かに形だけは鋭利ではあるが、素材は柔らかいので危険な訳がない。
だが門番達はエルシャの正論でしかない言い分も聞かず、被っていた帽子をそのまま取り上げてしまった。
もはやいささか厳しいというより、厳しさの度合いが常識と共にぶっ飛んでいる。
「最後はお前だな」
そして、ヨミの番がようやく回ってくる。
ヨミは明らかに武器になりそうなものを腰に携えているので、門番の目も当然そこへ向かう。
「それは何だ?」
「刀です」
「か、刀ぁ!? 刀というとアレか。異国の剣みたいなアレだよなぁ。当然没収だ没収!」
「いやです」
「な、何を言ってるのだお前は! これは掟なんだぞ!?」
「そうですよヨミさん! 納得いかないかもしれませんけど、預けないと村には入れてくれないんですよ!?」
エルシャは思わず叫んでしまう。
最初に大丈夫だと言ったのは何を隠そうヨミなのだ。
その言葉を信じて門の前までやってきたと言うのに、張本人がこの有様では一言や二言叫びたくなるのも人の情ああ無常。
「たとえ掟だろうと、村の中に入れなかろうと……この刀は命より大事な物なんです。一秒たりとも手放したりなんて出来ません」
「なっ……!」
またしても声を上げるエルシャ。
ヨミの言葉は確かに正論だ。
たとえ不利益を被ることになろうとも、譲れない思いは誰しも一つくらいは持っている……はず。
はずではあるが、果たしてヨミに先ほどの台詞を吐く資格はあるのかどうか。
少なくともエルシャはヨミが刀を失くしたり盗られたりした場面を三回は目撃している。
命よりも大事なものだと主張するには、少し抜けているところが多すぎやしないだろうか。
「うーむ、そっちの二人は通してやってもいい。だが眼鏡のお前は通さない!」
「それで構いません」
「でも!」
「エルシャさん達は先に村へ行っててください。私は必ずやこの方々を説得して、後から追いつきますので」
「そういうことらしいが、お前達もそれでいいか?」
門番が尋ねてくる。
もう片方の門番とヨミの話し合いは未だ終わる気配がなく、ここは首を縦に振るしかなかった。
「はぁ、仕方ないわね」
「ヨミさん、必ず来てくださいね!」
「もちろん分かってます」
こうしてヨミとはいったん別行動となった。
エルシャとマリーベルは門をくぐり抜け、村の中へと足を踏み入れる。
「何はともあれようこそ。ここは――“世界一安全な村”――だよ」