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鶫の計画

たまにはゆっくりと。

「ねぇ、本当に大丈夫?」

「……大丈夫じゃない」

「だよねー」

 あれから俺は、江永との会話を終えてすぐにホテルを出た。

 どうやら『八咫烏』という組織は、ホテルの20階以上を拠点として、活動を行っているらしい。

 エントランスを出て数歩歩いてから、振り向き見上げる。どう見ても何の変哲もない、巷に溢れる高級ホテルだ。実際に19階以下は一般客も利用しているようだし、良い隠れ蓑だ。

「どうする?」

「ああ、ほんと……マジでどうしよ……」

 正面を向いて歩きながら、苦笑いを溢すしかない。

 決してノープランではないが、隣を歩く美少女が何か蜘蛛の糸を垂らしてくれるかもしれない。そんな一縷の希望を込めて、歯に噛んでみる。

「近日中、強いていうならば今日がいいよ」

 どうやら、彼女は俺がやると信じて、疑わないようだ。

「どうして?」

「間違いなく、警察が最高に混乱しているのが今日だから」

 昨夜、大量の血痕が残されているにも関わらず、人の体がない。それに、深夜に外出している中学3年生が一人失踪している。恐らく、警察はDNA鑑定で一致していることで、その血痕を描いた主が木地であること突き止めているが、犯人の行方どころか彼の所在も掴めていない状態にあるはずだ。

「確かに今なら警察は人手が足りてない。けど、問題はそこじゃない。それは——」

「今日が臨時休校であるということ」

「その通りだ」

 今の俺にはアリバイがない。昨夜の時点でもう既にないんだが。だけど、今回の話の問題はどうアリバイを作るかじゃない。

 俺は頭の中でいくつも考えたプランの中で、一番可能性が高いものを実行することを決めた。これなら江永を満足させ、アリバイも作る必要がない。

「何か策があるみたいだね」

「分かるか?」

「うん!」

「まぁ、楽しみにしとけ。今晩も面白いものを見せてやる」

 大胆に笑ってみせる。きっと、さぞ邪悪な顔をしていたことだろう。昨日からの衝撃の出来事の連続に、俺自身のテンションもおかしくなっているのだろうか。それとも、悪に染まったことにして、自分の精神状態を守ろうとしているのだろうか。

 もう既に俺の心はぐちゃぐちゃだ。だが、それと同時に心地良くもある。在りたい自分でいるとは、まさにこういう状態を指すのだろう。

「鶫くん、良い顔だね」

「そういうお前も、相変わらず美人だよ」

 軽口に軽口で返す。俺という人間は、こう言う時はスッと言葉が出てくる奴だということを再認識する。間違いない。今の自分は自分自身に酔っている。脳皮質から溢れる全能感が、視界の両端をスパークさせる。

 俺がジョーカーだとしたら、隣の凰花はハーレイクイーンだ。この街の悪を統べる王にでもなったかのような高揚感が体を駆ける。

「付いてきてくれるか?」

「いいよ、どこ行く?」

 その後、俺は凰花を連れてファミレスに行き、だいぶ遅めの昼食を取った。その後に、隣接してるカラオケに入った。二人で気持ち良く三時間ほど、カラオケで過ごした後に凰花が口を開く。

「もう諦めたの?」

「お前に点数で勝つのは無理だよ。よくもそんな高得点をバンバン叩き出せるな」

 照明が弱い暗がりの部屋の中、煌々と輝くモニターが映し出すリザルト画面には、99点という数字と『えwちょ、おまw w w、ガチプロ?w w w w』という採点AIからのコメント。無論、このスコアは凰花が出したものだ。それにしても、やけに最近の採点AIはフランクだな。

「ちーがーうでーしょっ!」

 AIにプロと勘違いさせる隣の歌姫がマイクの音が割れるくらいの声量を発して、地団駄を踏む。脳を揺さぶられるような、その音の大きさに意識が飛びそうになる。

 これ以上からかうのは、頭と心臓に悪い。

「……俺がいつ諦めるって言った?」

「だって、普通にご飯食べて、普通にカラオケしてるだけじゃない!」

「そうだな。楽しかったよ、ありがとう」

 凰花が音を立てて勢い良く座り、怒気を孕んだ表情で睨んでくる。

 俺は両手を前に揃えて出し、落ち着かせる。

「わるい、冗談だよ。ちゃんと話す」

「もう! カラオケに入るって言ったときは、防音の密室だから全部話してくれるって思ったのに、普通に曲入れ始めた時はびっくりしたよ」

 お前もその後に、ガンガン自分で予約入れてたじゃねぇか。

 やめておこう。ここは密室だ。火に油を注ぐのは良くない。

「話すよ。まず前提として、今は動かないことにした」

「なんで? 警察もきっと混乱してるから、絶好のチャンスだと思うのに」

「そうだな。確かに今の警察は、本来の捜査能力よりも幾分は劣ると俺も思うよ。それでも、安易に動けば足が付くことは違いない」

「それはそうだけど……」

「だが、今回江永とした話の中に、俺は警察を介入させる必要は多くないと考えた」

「え?」

 グラスの氷がカランと音を立てた。下の氷が溶けたことで、バランスが崩れたのだろう

 俺は左手でグラスを優しく握り、左右に傾ける。三分目あたりまで、残る緑色の液体が、形を変え続ける。

「今回の件で、警察は出る幕がないんだよ」

「それってどういうこと?」

「順を追って、話をしていく。まず、江永の言葉を思い出して欲しい」

「どのタイミング?」

「俺が猫被るのを諦めた時だ」

 クスっと凰花が笑う。それもそうだ。今の俺とあの場で座した直後の俺とでは、ギャップがあまりにも有りすぎる。それは笑いたくはなるわな。

 話を続けよう。

「あの場で、江永は俺に二つのことを求めた。覚えているな?」

「もちろん。鶫くんが鶫くんで有り続けること。それと、南椋哉くんを殺すこと」

「それは違う」

「え?」

 凰花は人差し指を唇に当てて、首を捻る。世間一般の女性が、その仕草をするとあざといと感じるが、彼女からは、全くそんなことは感じない。大きい黒目が、斜め上に移っている。本気で記憶を辿っているのだろう。

 困り顔の彼女を眺めるのも良いが、あまりにも勿体ぶっていると、先ほどの怒気を再燃させてしまうことにも繋がりかねない。

 早々に答えを出そう。

「彼はこう言ったんだ」

 深く息を吸い、少しでも江永の声音に近づける努力をして、口を開いた。

「——南椋哉を消せ」

「あ!」

 漫画的な表現をするならば、頭の上に電球が光ったかのように、清々しい顔をする凰花。一気に表情が晴れて、口を大きく開ける。

「江永さんは“殺せ”なんて、ただの一回も言ってない!」

「その通りだ」

 この事実が、今回のポイントだ。

 あの場での俺は、自分で作った話の流れから、クラスメイト及びチームメイトを手に掛けるということしか選択肢がなかったが、記憶をよくよく反芻してみると、違う選択肢が浮かび上がった。

 消す、という言葉の意味。それは必ずしも、殺すとイコールの関係ではない。そこが盲点だった。

 気づいてからの俺は、せっかくの今日を楽しんで、過ごすことを決めた。

 携帯を見る。時刻は夜の8時を回っていた。

「丁度いい時間だな。凰花、一応聞いておくが、今日は何時まで?」

「そうだなぁ……悪い同級生が開放してくれるまで?」

 俺は顔を逸らして、ほくそ笑む。良かった。予定調和だ。

「動くぞ」

 カラオケ屋を出て、ムクの家に向かう。

 夜道だが街頭が多く、足元は悪くない。できるだけ人通りの少ない細道を通る。

「ねぇ、結局、これから彼の家に行ってどうするの?」

「まぁ、見てろ」

 カラオケ屋からムクの家は徒歩圏内。彼の家に近づく度に、街頭の数が徐々に減っていく。

 ムクの家周辺は、閑静な住宅街と言えば、聞こえは良いが、いつもあまりにも静かだ。

 そうこうしているうちに、彼の家の前に着いた。

 さあ、ここからが勝負だ。

 やり方を間違えれば、本当にあのムクを殺すという選択肢が生まれてくる。

 俺は同心円の装飾が多数施された玄関を見つめた。

本当に中学生同士の会話?

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