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月明かりに照らされて

鶫の適応力、半端ないって!

 4組での話し合いを終えた後、俺たちは移動して3組に来ていた。

 眼下で丸くなっている木地を見て、腰に手を当てて尋ねた。

「で、どうすんの、これ?」

「どうするも何も、処理しなくちゃだよね」

 凰花が発した処理するの意味が、イマイチよく分からないが、どうやら考えがあるようだ。

「鶫くん、これおんぶして?」

 木地を指差して、笑いかけてくる。

 よくもまぁ、クラスメイトを昏倒させておいて、こんなに無邪気に笑えるもんだ。

「嫌だよ、こいつガタイ良いじゃん。俺、箸より重い物持ちたくないんだけど?」

「昭和のアイドルじゃないんだから、お願い」

「お前、顔が良いからって、何でもやってくれると思うなよ……」

 悪態を吐きつつも、木地の腕を肩に回しておぶる。

 木地は最近までバリバリでサッカーをやっていたこともあり、背中に俺の体重以上の重力がのし掛かる。先ほどまでの心地良い質量じゃない、ただの男子中学生一人分の重み。

「行こうか」

 凰花は潰れる手前で、苦しそうに顔を歪める俺を尻目に教室から出ていく。

 人の苦労も知らないで。

 改めて、全身に力を入れ、彼女に付いていく。

 教室を出た凰花は、コツコツと軽やかに、ヒールで音を立てながら、階段を登る。濡羽色の揺れる黒髪に、俺は見失わないように付いていく。

 彼女は4階まで上った後に、『これより先、生徒立ち入り禁止』と書かれた張り紙が吊るされた黄色のロープの下をくぐり、さらに階上を目指す。

 屋上か?

 彼女は、屋上に繋がるドアの前に立った時に初めてこちらを振り返り、俺が付いてきていることを確認した。

「開くのか?」

「もちろん」

 よく色々な学園物のドラマやアニメで、屋上が開放されているシーンを目にすることが少なくないが、残念ながら実情はそうではない。

 学校側は飛び降り自殺やカツアゲ、その他様々なトラブルの温床となる屋上の立ち入りを強く禁じているケースが多い。俺が通っているこの中学校も、例外ではない。

 確認したことなど、遊びの延長で数回しかないが、いつもは確実に施錠されているはずだ。

 それなのになぜ?

 その答えは、凰花の人を食ったような笑顔を見れば、明らかだ。

 今日、この日、この時間に俺と来ることを考えて、最初から根回ししていたのだろう。

 自然と笑みが溢れる。

「重たいよね?」

「ああ、めっちゃ重たい。代わってくれ」

「だよね〜」

 凰花は俺の言うことなど話半分にノブを回し、外に出ることを促す。

 素直に従い、屋上に足を踏み入れる。

「どこまで?」

「真っ直ぐ進んだフェンスのとこまで」

 真夜中だが、外は教室に比べて明るい。

 月を隠していた雲は晴れ、月明かりが屋上を余すことなく照らす。

 フェンスまで進んだ俺は、衝撃を与えないように注意しつつ、主将を下ろした。

 振り返り、歩み寄ってくる凰花を見据えた。

「今晩は割と明るいね」

「そうだな。月明かりが眩しいほどに」

「何それ、新手の“愛してる”?」

「どう受け取るかは、お前自身の国語力次第ってところかな」

 風はそこまで強くない。だけど、いつもより少しだけ高い位置にいるからか、気温は低いように感じる。先ほどまでかいていた嫌な汗は、もうすっかり乾いていた。

 いつまでも夜の屋上にいられるわけではない。

「どうしてここまで彼を運んできたのか、聞かないの?」

 屋内と違い、声が反響しない外だが、彼女の声は俺に真っ直ぐに届く。

「聞いた方が良かったか?」

 人をおぶらせ、屋上まで運ばせる、ということはつまりそういうことなのだろう。

 月明かりが差す夜の空気にあてられて、何かを考えることが怖くなっていた。

 凰花はゆっくりと首を振る。

 彼女は月を見つめてもう一度、口を開いた。

「後悔はない?」

「きっとないと思う」

「今ならまだ引き返せるよ?」

「お前と進む未来なら、その必要はない」

「そう……」

 凰花は月から俺の足元に目を移し、呟いた。

 俺はもう一度、木地をおぶり、彼女にアイコンタクトを取った。

 アイコンタクトを確かに受け取った彼女は屋上のフェンスで唯一外に出ることができるレバーを引き、開放する。

 フェンスの外の景色が霞む。

 数秒で俺の視界が晴れ、フェンスの外に子どものような影が見えた。

 アレは小学生の時の俺? 背丈的に6年生くらいか?

 フェンスの外の子どもが、今の俺に話しかけてくる。

「ここから先は、修羅の道だ」

「そうだな」

「また、お前は間違えるのか?」

 俺は子どもの足元を見る。

 あれは確かに俺が小学生の時に履いていた靴だ。

 あの靴を履いて、休み時間や放課後によく校庭や公園、近所を走り回ったものだ。

 当時、一緒に駆けた友人とは今はもう言葉すら交わさない。

 少し感傷的な気持ちになったが、臆せず口を開く。

「間違えたっていい。この先も俺はきっと、沢山沢山間違える。だけど、大切なのはきっと間違えないことじゃない」

 視線を上げる。当時の俺からはもう目を背けない。

「——間違えたとしても、それを正解に変えていくよ」

 目の前の少年の前髪が揺れて、表情が見えなくなる。口元だけが見える顔で口角が確かに上がった気がした。

 その瞬間に、もう一度視界が霞み、晴れた時には、もう彼はいなかった。

 俺は歩みを進め、フェンスの外に出る。木地の肩を支え、自然に立たせて凰花に振り返る。

 彼女は何も反応を示さない。笑いもしなければ、何のボディランゲージもない。

 まるで、ここから先は俺自身に委ねる、そんな意思すら感じ取れる。

 地面を見つめる。眼下の暗闇の中に、灰色に染まる無機質なコンクリートが広がっている。

 隣に立たせた木地の横顔を見る。

 15年生きてきて、最後に感じるのが、無機質なコンクリートか。

 口元だけの下卑た笑みを浮かべて、月に向かい目を閉じる。

 瞼を通して、優しい明かりを感じる。今の俺に月明かりは眩しすぎる。

「ありがとう。さよなら」

 木地を抑えていた手を離した。

 重力という、俺たちが生きる世界の普遍の法則にしたがって、彼の体は暗闇に沈んでいく。

 暗闇に溶ける彼から、目を切らずに俺は考えた。ありがとうって、何に向けて?

 意識せずに、口に出たその言葉に、理解できなかった。

 遠くにゴシャァッ!と音が広がる。音の広がりは一瞬。夜の静寂にすぐに消え去った。

 俺はフェンスの内側に入り、凰花に歩み寄る。こんなにも近くにいるはずなのに、少しでも早くに彼女を感じたかった。

「大丈夫か?」

 何が大丈夫なのだろう。

 人の命を容易く消し去り、発する一言目とすればきっとこれは間違っている。

 だけど、今の俺にはこれくらいの言葉しか出てこない。

「私は大丈夫だよ」

「それならいいんだ」

 俺と言葉を交わしている間も、凰花は終始穏やかな表情を変えない。

 数秒が経った後に彼女が俺に歩を進める。ゆっくりとだが、確実に俺に歩み寄る。

 そして、俺の胸にもう一度心地良い質量が乗る。

「よくできました」

「ああ」

 同い年のクラスメイトからの労いの言葉にしては、子ども扱い過ぎるかもしれない。だけど、今の俺にはそんなことはどうだっていい。

「君なら……鶫くんならって信じてた」

 凰花の腰に手を回し、強く抱き寄せた。

 突然のことで彼女は驚き、一瞬体が跳ねたが、すぐに落ち着きを取り戻したようだ。

「……君、意外と大胆だね?」

「お前ほどじゃないよ」

 お互いの体を抱き寄せ、月を見上げた。途中、雲で陰っていたりしたが、今日は綺麗な満月だ。

 満月は人を狂わせる、なんて都市伝説があるが、こうしてみると、あながち間違いじゃないように思えてくる。

「俺たちはこれからどうなる?」

「それは私たち自身が決めることかな」

「悪いが、俺にはこの先の考えはない」

「それでも私にはある」

 夜風に吹かれ、互いの髪が揺れる。

 きっと、誰にも見つからないこの場所で、月明かりだけが2人を照らす。

 2人の中学生は今日、この時だけは、これからの未来に目を向けずに、ただただお互いの体温を確かめ合った。

月明かりのせいにしましょう。

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