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序章

毎日18時に連載しています。

 決めた。

 めちゃくちゃにぶっ壊す。

 学校も国も、全部——。

 もう、やるべきことはやり切った。

 だが、勘違いはしないで欲しい。

 少なくとも俺は破滅願望持ちではない。

 それでも俺は壊すと決めた——。


 全国中学校総合体育大会。

 中総体と略されるその大会は、全国の中学生におけるスポーツの祭典。

 年間を通して1番大きい大会。

 そのサッカー競技、地区大会決勝で俺は7対0というスコアで大敗した。

 お互いに肩を抱き合い、慰め合うチームメイトを尻目に俺は雲一つない青空を見上げる。

「紙一重……って所だ」

「バカ言うな。どう見てもワンサイドゲームだっただろうが」

 180cmは優にある敵ディフェンスが、片膝を立てて座り込む俺に話しかけてくる。

 出口衛鷲。

 相手チームの主将。刈り上げられた短髪に、精悍な顔立ちと中学生とは思えない鍛え抜かれた体。類稀なフィジカルと攻撃参加への積極性から中学世代最強のディフェンダーとも呼び声高い。世代別代表にも何度も呼ばれている、俺とは明らかに格が違う猛者。

 そんな出口は試合の度に俺に何故か声を掛ける。

「代表様はこんな学生サッカーにしゃしゃり出てくるなよ」

 出口は自分のスパイクを見つめ、項垂れる俺を尻目に腰に手を当て、次の目標を見据える。

「俺も同い年だが?」

「お前と同い年、同じ地域に生まれたあいつらが哀れだな」

 自嘲的に笑う俺の前髪を、一陣の風が揺らす。

 出口は俺を見下ろすが、日差しが逆光となり、表情が見えない。

「お前に俺は光を見た」

「そういうのはもう卒業しとけよ」

「どうしてそこまで俺に執着する?」

「俺が? お前の気のせいだろ」

 さっきまでの試合を脳内で反芻する。

 出口のチームはポゼッションを重視するサッカーではなかった。

 相手にわざとボールを持たせ、攻めてきたところに出口を中心とする組織的守備で刈り取り、一気にカウンターを仕掛ける、まさに堅守速攻のチーム。

 そんな奴らに俺らの攻撃は一切歯が立たず、一方的に嬲られた。

 俺の仕掛けた奇襲は何度も出口に止められ、その度に辛酸を嘗めさせられた。

 シャドウストライカーと呼ばれるポジションに就く俺は、センターフォワードの陰に隠れ、ゴールチャンスのその場面まで、フィールドから姿を消す。

 それでも出口だけは、俺から目を切ることをせず、常に補足していた。

 チャンスでラポーナに逆足、ヒールと様々なシュートを打ったが、そのどれもがまるで通用しなかった。

「俺のシュートチャンスにいつも出てくるのはお前だ。お前こそ、俺に付き纏い過ぎなんだよ」

「お前の目にはそう映るんだな……もういい。興味が失せた」

 踵を返し、俺の元を去る出口。

 輝かしい優勝を果たし、歓喜するチームメイトの輪に片手を上げ入っていく。

 優勝の立役者が合流したことで、歓喜の声がより一層大きくなる。

「……クソッ! 俺はどうしていつも……」

 不思議と涙はまるで出ない。

 中学最後の試合に悔いが残らなかった訳ではない。

 仲間に感謝の気持ちも湧かない。

 自分の至らなさを大きく感じる訳でない。

 何かが渦巻く衝動が、胸を大きく鼓動させる。

「なんだ、コレ……」

 ユニフォームの上から胸を掴む。

 大きく発達した雲が太陽を遮り、今にも雷鳴が轟そうなほどだった。


 翌日、俺はいつも通りに登校した。

 教室には4人ほどの同級生がおり、内3人は入り口近辺で固まって話して、1人は静かに読書に耽っていた。

 彼らとさして仲良くない俺は、最短距離で教室中央後方の自分の席に着く。

 鞄を机の真横のフックに掛けると、突っ伏して、昨日の試合の結果と出口から言われた言葉を頭の中で何度も反芻する。

 心中は決して穏やかではない。

 一晩寝ても、相変わらず黒く、淡く渦巻く衝動が胸の中から消えない。

 エアコンの生温い風と、開け放たれた窓からの風が運ばれて、俺のワイシャツと髪を揺らす。

 始業まではまだまだ時間がある。

 決して体に疲労が溜まっている訳ではない。

 それでも今はひと時でも自分の心を落ち着けて、切り替えるための時間にしたかった。

「これはまた随分とお疲れのようだね。その様子だとまたこっ酷くやられたのかな?」

 横から聴こえてくる声に、俺は体勢を変えないまま答える。

「……お前のことだから、結果は学校ホームページなり、人伝なりで、もう把握してるんだろ。こっ酷くなんてものじゃなかった……」

「まぁ、まずはお疲れ様。約2年間よく頑張ったね。私はあなたのこれまでの頑張りの全てを知っている訳じゃないけど、ゆっくり休んでね」

 俺は突っ伏しながらも横目で彼女を見る。

 濡羽色の長い髪を風で揺らしながら、穏やかな目で俺を見つめる。

 少し垂れ目がちの大きな黒目には着込まれる何かがあった。

 凰花。

 去年からのクラスメイトで今年は隣の席。眉目秀麗、成績優秀で生徒、教員はもちろんのこと、保護者たちからの信頼も厚い。吹奏楽部に所属しており、運動は苦手だと思われがちだが、案外そうでもないのが、少し腹が立つ。

 そんな彼女は、事あるごとにいつも俺に話しかけてくる。

 何か意図があるかのように。

「凰花、ありがとな。今はどうも気持ちが抜けていて、何も深く考えられない感じだ」

 言い終えると、少し凰花の口角が上がったように見えた。

「そう、燃え尽き症候群? みたいな感じ?」

「まぁ、そんなとこ」

 絶対違う。

 この思い、感覚はそんな生半可なものじゃない。

 ずっと昔、それこそ幼少期から燻り続けていた何か。

「……今に分かるよ」

「え?」

 彼女はとびきりの笑顔で手を振り、登校してきた違うクラスメイトの元へと去っていく。

 流れゆく黒髪から溢れる睡蓮の薫りが、鼻腔をくすぐる。

 俺の中の何かが炸裂しそうな、そんな昂りを感じた。


 帰路に着く。

 学校では中総体の報告会に部活の引退ミーティングを除いて、特段変わりない1日だった。

 そのどちらも俺は当たり障りない事を言って、場を収めた。

 同級生の中には涙ぐみ、後輩たちと熱い抱擁を交わす者もいたが、俺はどこか冷めていた。

 まるで俯瞰している第三者から、俺という人間を見ているような、そんな感覚。

 春から夏に変わりゆく外の景色を横目に見ながら、自宅へと足を進める。

「……このことは鶫くんには内緒。私たちだけの、2人の秘密」

「……分かった。また23時に教室で」

 俺の話をしている?

 帰り道にある公園のベンチで凰花と所属していたサッカー部の主将が隣り合って座り、話している。

 俺は2人の視界に入らないように足を止め、物陰に体を潜めた。

 何か邪な話をしている訳ではなさそうだ。

 中学生の男女が行うごく普通の当たり前の話。

 俺に聴かせたくない話のようだし、聴こえなかったことにして、別ルートで帰路に着くことを考える。

 ひとしきり笑いながら、主将の木地と凰花の2人は会話をした後に、ベンチを立つ。

 凰花は再度、内緒話であることを伝えるために、人差し指を自分の口に当て、主将の口元にも持っていく。

 木地はその指をそっと握り、払い微笑み、その場を後にした。

 大きく風が吹く。

 俺の前髪が揺れ、視界が狭まる。

 閉じてゆく視界の中で俺に向かい、口角が上がる凰花が映る。

 その笑みは果たして、誰に向けられた者なのかは、今の俺には分からない。

 もう一度、より一層強い風が吹いた。

 思わず腕で、顔を覆い隠す。

 風が止み、目を開けた次の瞬間には目の前から、凰花は消えていた。


 22時58分。

 夜の校舎は昼とは違う一面を見せる。

 昼の時間帯の喧騒も相まって、夜は非常灯の灯りを除いて、真っ暗闇が続く。

 吸い込まれそうなほどの漆黒に飛び込みたい自分と理性的な判断で歩みを止める自分とで相反した思いが生まれる。

 校舎は4階建て。そして3年生の教室は3階にある。

 俺、凰花、木地が属する3年4組の教室前の掃除ロッカーの陰に潜み、2人を待つ。

 まだ肌寒い夜に加えて、少しでも気配を隠すように、俺は半袖のワイシャツの上から、黒のパーカーを羽織ってきた。

 ここから先はスマホの光でさえ、気配を悟られる可能性があるため、腰を屈めて片手を床に付き、身を潜める。

 心を整える。

 ある有名なサッカー選手の出したメンタルについて、重きを置いて書かれた本のタイトルを頭の中で唱える。

 まさかこんな深夜の学校で使われるなんて、思いもしないだろう。

 コツコツと、ヒールで階段を昇る音が聴こえる。

 この時間に3階に向かう女性は、凰花で確定だろう。

 その後ろからはいつも昼の学校で聴く、上靴で階段を昇る音が聞こえる。

 2人はそのまま3年3組の教室に入って行く。

 なぜ4組じゃない?

「凰花さん、どうして俺たちの4組じゃなくて3組に?」

「あ、本当だ。暗くて気づかなかったけど、話せればそれでいいよ」

「それもそうか」

 てっきり4組で話をすると思っていたが、どうやらそのまま3組で話を進めるようだ。

 俺は4組に入り、音を立てずに教卓に登り、3組の様子を伺い見る。

 各教室の上方には隣のクラスを繋ぐ、小窓のようなものが複数個設置されている。

 長い中学校生活の中で、ここから隣のクラスの景色を見るのは初めてのことだ。

 思っていた以上にクリアに見える。

「君はそこに座って」

 黒いワンピースにヒールを履いた凰花は、教室中央後方の席に主将を座らせる。

 彼は何も疑問も抱かずに、ゆっくりと腰掛け、彼は問う。

「凰花さんは座らないの?」

「私はまだ座るには早いよ」

 凰花の言っていることの意図が掴めない。

 彼も同じで首を傾けている。

 俺からは彼の後頭部しか見えないが、きっと困惑した顔をしているのだろう。

 凰花は彼の前の席の椅子の背もたれに手を置いて、優しく微笑んでいる。

「昼の話の続きをしようよ。凰花さんが話したい鶫のことって?」

「その前に私から君に、彼のことを聞きたいかな。普段からどう思っているのか」

「そうだな……それはやっぱりクラスのことより、部活のことがメインになるかな。一緒にサッカーをやってきて、一言で言えば、すごく助かった。実はみんなは気づいてないけど、彼は俺の世代では、得点王なんだよ」

「エースストライカーの例の彼ではなくて?」

「そう、やっぱりどうしても10番を背負うムクの活躍が目に止められがちなんだけど、鶫の仕事量は群を抜いていたんだ」

 ムク、というのは俺のチームにいたセンターフォワード。10番というエースナンバーを背負い、ずっとチームを背中で牽引してきた。

「へぇ、彼は人畜無害そうな顔して結構やるのね」

「そうだね、決してフィジカルもテクニックも突出したものはなかったけど、それでも鶫は得点を決めることがすごく多かった」

 少し傷ついた。

 自分自身が一番理解していたことだが、他人に言われると改めて認識せざるを得ない。

「それで凰花さんが、俺に話を聞きたいことってそんなことじゃないでしょう?」

 彼は頬杖をついて食ったように、凰花に問いかける。

 問いかける彼を尻目に背中を向けて、黒板に向かって歩き出す。

 黒いワンピースに施されたフリルが揺れ、まばらに散りばめられたスパンコールが月明かりに照らされ、煌めく。

 教卓まで歩いた彼女が半身を翻し、口を開いた。

「そろそろ話そうかな」

 空気を変えるようなことが、今から始まりそうな気配を悟る。

 体感温度が少し下がり、改めて上着を持ってきて良かったと感じた。

 彼女から目が離せなくなる。

 きっと教室の彼もそうだろう。

 月明かりに照らされた教室で、妖艶な空気を纏った彼女は顔を上げて、告げる。

「この世界の真実を——」


お読みいただきありがとうございます。

作者はサッカー好きですが、サッカー全く知らなくても物語をお楽しみいただけます。

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