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12/12

最初話 夫は愛妻家と評される

最終話です。

文字数の暴力です、よろしくお願いします!


十三年前の事件の記憶を魔術によりサルベージする事になったリゼット。


記憶を引き上げる術の使用は医療魔術師しか認められていない為、

魔法省に所属する()療魔術()がそれに当たる事となった。


しかしその場に立ち会っていた特務課の職員、

レガルド=リーがその医師が偽者であると待ったを掛けた。


「ありゃ、やっぱり関係者に紛れ込んでお内儀を始末しに来やしたか。んで?若、そいつが犯人で間違いねぇんですね?」


レガルドが医療魔術師の手首を掴んだまま言った。


「ああ。間違いねぇな。そんな禍々しい魔力を振り撒いてバレねぇと思ってる辺りが笑える」


「まんまと罠に引っかかってくれた訳ですな。……ていうか若、なんで出しゃ張るんですか。これじゃ俺の見せ場がねぇですよ」


「うるせぇ。お前…どうせ手柄を立てて(ちゅぼみ)(レガルドの長女三歳)に褒めて貰おう♡とか考えてんだろ」


「お褒めの言葉だけじゃなくご褒美のデコちゅーも頂く所存でした」


「殺すぞてめぇ」



手首を掴んだまま啀み合いを始めた男二人に対して、

それまで固まっていた医師の男が狼狽えながら言った。


「な、なんだキミはっ!?何故施術の邪魔をするんだっ……なんの目的があってこんな事をっ!?」


「ああ?何の目的だぁ?お前が目の前の()()()に殺意を持って触れようとしたから止めたに決まってんだろが」


「なっ……」「げっ!?」


レガルドの言葉を聞き顔色を変えたのは医師の男だけでなく、()()()と呼ばれたリゼットもだ。

慌ててソファーから立ち上がって医師の男から距離を取る。


「わぁぁっ!?やっぱりっ!?

俺、下手したら()()()()()()()()()()()殺されるところだったっ!?」


そう言いながら姿がゆらりと歪み変身が解かれる。


「何っ?」


そして医師の男が瞠目して見つめる先に姿を現したのはトミー=コーディであった。

彼がリゼットに変身して記憶を引き上げる術を受けるフリをしていたのである。


「狙いがリゼット=クロウだと分かっていて、犯人(お前)と接触させる訳がねぇだろこの脳無しが」


「くっ……こうなったら……」


男は口惜しそうに顔を歪ませ術式を詠唱した。

逃げるために何やら魔術を用いるつもりなのだろう

が、何も起こらない。


「……っ?」


医師の男が再度何やら仕掛けるも、何の変化も反応も起こらなかった。


「な、なんだっ?どういう事だっ?」


「無駄だやめとけ。お前の術なんざ俺には効かん。発動前に相殺されてるのがわからんのか?」


レガルドがそう言って医師…に変身をした、魔力奪取の犯人と見られる男の腕を後ろ手に捻り上げた。


()っ…い、痛だだだっ……!」


「諦めて大人しく(ばく)につくんだな。俺はこれ以上は何もしない。だがお前が狙った女性の旦那はそうはいかないだろうなぁ」


「なに?」


レガルドのその言葉に男が訝しむ。

次の瞬間、レガルドは男をレイナルドの方へと向き直らさせた。


男と対峙する形となったレイナルドが冷たい眼差しで拘束される男を睨みつけながら言う。


「貴様がリゼや多くの子どもたちから魔力を奪った犯人か……」


「ち、違うっ!何かの間違いだっ!私はこの魔法省に属する医療魔術師でっ……」


「に、化けた十三年前から国際指名手配されてる犯人(クズ)だよな」


と、レガルドが合いの手の様に告げる。


「そんな奴は知らないっ!冤罪だっ!私は無実…

パリンッ

ヒィッ!!」


尚も言い逃れをしようとする男のすぐ側にあった照明の一部を、レイナルドが瞬時に凍らせて破壊した。

男は飛び散る破片と冷たい冷気に慄く。


「どれだけ否認しようと無駄だ。お前が犯人であると、お前自身が証明してくれるのだからな」


鋭い視線を向けられただけで凍りつきそうなレイナルドの怒気に男は恐怖を感じ、歯の根が合わないほどガタガタと震え出す。


レイナルドは男を拘束しているレガルドに言った。


「このまま魔力をサルベージする。犯人を椅子に座らせてほしい」


「了解」


レガルドはそう返事をし、男を無理やり椅子に座らせた(のち)魔力で出来た鎖で雁字搦めにした。

そして男に耳打ちをする。


「愛する妻を害された男の怒りは怖ぇぞー……魔力をすっからかんに抜かれてもおかしくはねぇな」


「ヒッ?」


レイナルドが開発したばかりの新術の術式を詠唱する。

男の足下に魔法陣が広がった。


「何をする気だ……いやだ……許してくれっ……」


男は狼狽え、怯え、ブツくさと許しを請う。


円陣の(ふち)が男の体を辿るように上昇してゆく。


そして………






◇◇◇◇◇




「心配?」


「え?」


特務課所属のミーガン=アダムスにそう訊かれ、それまで所在なさげに黙っていたリゼット(本物)は少し考えてから頷いた。


「特務課の皆さんの協力を得て、大丈夫なのは分かってるんですが……」


「旦那さんにもしもの事がと思うと不安になるのね」


「はい……」


ミーガンは少し眉根を寄せながらリゼットに言った。


「まぁ男なんて信用出来ないから絶対大丈夫なんて無責任な事は言えないけど、それでも特務課(ウチ)の野郎どもは多少マシな連中だから大丈夫よ。何か起きても何とかするでしょ」


ミーガンは重度の男嫌いだ。

仕事で接するのは仕方がないが絶対に喋りたくないと、男性陣とはいつも手にしているスケッチブックに魔術で文字を書いて筆談をしている。

それでも同じ特務課の仲間の事はかなり信頼しているらしい。


今リゼットは特務課の課長室にてミーガンと共に待機中だ。

課長のウォーレン=アバウトは犯人捕縛後の対応について、今は上の人間との会議中らしい。



「上手く事件が解決するといいのですが」


リゼットはミーガンが淹れてくれた紅茶を飲みながら呟いた。


真犯人はジョシュア=ハリスではなく彼に変身した別の者だと分かった時、“変身”というワードが鍵となりリゼットの失くしていた記憶が蘇った。


そのショックで昏倒してしまうも直ぐに意識を取り戻し、

その場にいた夫レイナルドと特務課のレガルド=リーと桐生主水之介に全てを打ち明けたのだった。


リゼットが思い出したのはまず魔力を奪われる前の状況。


教会で奉仕活動をしていた時に見知らぬ青年に声をかけられた。

司祭に会いたいので取り次いで欲しいと頼まれ、司祭の場所まで連れて行く時に襲われたのだ。


そして芋蔓式にその時の記憶が蘇り、鮮明に浮かび上がるその青年の顔。


腕を掴まれ青年の方に無理やり向き直らされた時に至近距離で見たあの表情。


リゼットに触れ、目算したよりも更に魔力が高かった事を喜ぶ下卑た笑みを浮かべた。


その瞬間、魔法陣が手の甲に刻まれた男の手に力が込められたのがわかった。


刻まれた魔法陣が光り、そして……何かが体から急激に失われてゆく感覚がした。

それが魔力なのだとその時のリゼットには分からなかったが。


それからリゼットの魔力のほとんどを奪った青年がリゼットにこう言ったのだ。


「俺は魔力を奪うと同時にその相手の最も得意とする能力を奪う事も出来るんだ。……へぇ、変態能力か……これはいい」


青年はリゼットの目の前でみるみるうちに姿を変えた。

リゼットが一番得意で研鑽を重ねている変態魔法を用いて。


強い力で掴まれ勝手に魔力を奪われた。

恐怖で身を竦めるリゼットに見せつけるように青年は様々な人間や動物に変化して、リゼットを更なる恐怖へと陥れた。

リゼットはやがて意識を失った。


次に目が覚めたのは自宅ベッドの上で、その時のリゼットは記憶を全て失っていたのだった。


リゼットはレイナルドに告げた。

犯人の顔を思い出したと。

そして犯人は自分の能力を奪い、その為に変身出来るようになった事を。


そして相手が変身出来る事と、おそらくリゼットの命を狙っている事を踏まえ、一つの策を弄する事となったのだ。


それはリゼットを餌として犯人を誘き寄せるというもの。


まず省内にわざと十三年前の被害者の記憶をサルベージする事が決まったと情報を流す。

あちこちで語られるであろうことを利用して犯人の耳に届くようにする。


レイナルドや特務課の面々は犯人は魔法省の関係者だと睨んでいた。


リゼットがフィリミナとして本省で勤め出した事やジョシュア=ハリスに変身してリゼットと接触するなど、省内の内情をよく知っている者にしか出来ない。


同じ魔法省の職員が犯人などと、情けなさと同時に怒りが込み上げてくる。

しかしだからそこ、この魔法省内で決着をつけねばならない。


よって故意に情報を流した。

リゼットの記憶が蘇ると困るであろう犯人が必ず接触してくると罠を仕掛けたのだ。


リゼットは記憶引き上げの施術を受けるまで徹底的に特務課により隠された。

犯人が記憶が引き出される前にリゼットと接触を試みようとするならば当日しかチャンスは無いと思わせるために。

それともちろん保護の為でもあるが。


ちなみに当日どの医師が担当するのかの情報も調べれば簡単にわかるようにしておいたらしい。

その医師が襲われても害が無いように魔法生物に医師のダミーとして変化させているそうだ。


あと何パターンか犯人を嵌める罠を用意してあるのだと主水之介は言っていた。

そのどれかを犯人は利用してリゼットの前に現れるはずだとも。


しかしリゼット本人が犯人と対峙する必要はないとレイナルドが反対し、トミー=コーディがリゼットに扮して餌となってくれたのだが……。



取り調べ室に入ったっきり、それからなんの音沙汰もない。

時間はそこまで経過していないとは思うが待っている間はとても長く感じられた。


作戦は上手くいったのだろうか。

犯人を捕える事が出来たのだろうか。

証拠は?術式が上手く発動して犯人の体内からリゼットの魔力を検出できたのだろうか。

夫は…レイナルドは無事なのだろうか。


全てが上手くいくように……リゼットは祈る事しか出来なかった。


それからどれくらい時が経ったのだろう。


課長室に入ってきたレイナルドに名を呼ばれた。


「リゼ」


「……レイ…レイナルド……!」


リゼットはガタンッと大きな音を立てて椅子から立ち上がり、レイナルドの元へと急いだ。


「お待たせリゼ。待ちくたびれただろう」


「私は平気。それよりもレイは無事?何か酷いことはされなかった?」


心配で顔色を悪くしているリゼットをレイナルドは落ち着かせるために一度抱きしめた。

そして直ぐに身を離し、リゼットの顔を見ながら言う。


「俺も誰も怪我なんかしてないよ。犯人は奪った魔力を用いる相当な術者だったらしいけど、特務課のエースの前では何も出来ない赤ん坊の様だったよ。おかげで奴から魔力も自供も引き出せた」


「ど、どうだったのっ?」


「やはり犯人の体内からリゼの魔力を始め、被害者たちの魔力が検出されたよ。そして魔力量の差からリゼの魔力が一番多く検出された。その証拠を突きつけ、漸く観念した犯人が全て吐いた」


「そう……なのね……良かった……」


緊張と不安から一気に解放され、リゼットは足に力が入らなくなった。

頽れそうになるのをレイナルドが支えてくれる。


「供述も証拠も揃ったけれど、念の為リゼに犯人の顔を確認して欲しいんだ。犯人()の変身は既に解かれているから、面通しをしてもらえるかな?リゼの証言と三つ揃えて犯人を送検するらしい。リゼ、頑張れる?」


レイナルドの言葉にリゼットは頷いた。

自分はこれまで何もしていない。

全てレイナルドに任せっきりにしてしまったのに、疲れただの頑張れないだと言ってられない。


正直、犯人の顔なんて二度と見たくはない。


でもだからこそ、そんな憎い犯人をこの目で確かめて自分の口から犯人に引導を渡したいのだ。


「大丈夫。私、犯人に会うわ」


「直接会わなくても大丈夫だよ。取り調べ室の隣の部屋から姿を見る事が出来るから」


それを聞きホッとしたリゼットの手をレイナルドは優しく握ってくれた。

そしてレイナルドに伴われ取り調べ室の隣室で犯人の顔を確認した。


力なく椅子に座る犯人の顔を見て、リゼットは告げる。


「十三年前より歳を取っているけれど、あの男に間違いありません」


その言を側で聞いていた特務課の面々は大きく頷いた。


そしてレガルド=リーがリゼットとレイナルドに言う。


「お疲れさん。後の事は特務課(こちら)に任せてくれ。今日はもう帰って、二人でゆっくりしたらどうだ?」


レガルドのその言葉に主水之介が大いに賛成した。


「それがいい!ご両人、今日は旨いもんでも食って祝杯でもあげればいいんじゃないっすかね。何なら俺も付き合いますよ」


「お前はまだ仕事が残ってるだろが」


調子のいい主水之介の襟首を掴んでレガルドがそう言った。


「えー俺はもう帰りてぇんですが」


「みんな帰りてぇわ」


「お(ひぃ)様が待ってるのに」


「待ってねぇ、それは俺の家だ、お前どこに帰るつもりだコラ」


「菫様(レガルドの妻)の手料理。久々に食いたいなぁなんて」


「お前は一生我が家には出禁だからな」


「なんでですかっ!」


わちゃわちゃと啀み合いながら、レガルドも主水之介もリゼット達に笑みを見せながら手振りで軽く挨拶をして再び隣室へと入って行った。

これから犯人を魔法犯罪者を収容する監獄へと移送するそうだ。


その様子を見送りながら、

肩を竦めてレイナルドが言った。


「あいつら、相変わらずだな」


「楽しくて、とても頼りになる人たちね」


「ああ。同期として誇らしいよ。さあリゼ、それじゃあとりあえず帰ろうか」


「……うん」


疲れた。

早くシャワーでも浴びてゆっくりしたい。

でも女子寮で一人になるのは寂しかった。

レイナルドに側にいてもらいたい、そう思った。


するとそれを見越してかレイナルドがリゼットに言った。


「帰ると言っても、寮でリゼを一人にしたくない。かといって男子寮にリゼを泊めるわけにもいかないから、今日はホテルに部屋を取ってあるんだ」


「え、いつの間に」


「今日解決しなくてもリゼを一人にするわけにはいかないから予め予約しておいたんだ。犯人の供述など、ホテルでゆっくり話すよ」


「うん。レイ、ありがとう」


リゼットは優しくて自分にはどこまでも甘い夫に感謝を込めて微笑んだ。





そうしてリゼットはレイナルドと魔法省を後にして、

彼が取っておいてくれたホテルの部屋で羽を伸ばしていた。


広めのゆったりとしたバスタブに足を伸ばしてゆっくり浸かり、身も心もリラックスできたのだ。


さっぱりとしてバスルームを出ると、レイナルドがルームサービスを利用して食事を用意してくれていた。


「美味しそう……何から何までありがとうレイ」


リゼットが礼を言うとレイナルドは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「喜んで貰えてなによりだ。たまにはこういうのもいいだろ?」


「贅沢すぎる気もするけど、今日くらいはいいわよ……ね?」


「いいんだよ今日くらい。新術の完成で臨時ボーナスも出たし、今日は事件解決のお祝いだからね」


「そうね」


そうして二人で食事をし、その後お茶を飲みながらレイナルドが色々と話をしてくれた。


犯人の自供を基にレイナルドなりに内容を纏めてくれたものだ。


犯人の名はヘイリー=デイソン。

二七歳の時に中途採用試験に合格し魔法省に入省した。

魔法省は基本、魔術学園や上級学園などの新卒採用だが、魔力量や能力により中途採用も認めている。


ヘイリーはその魔力の高さで中途採用を勝ち取ったのだ。

それはそうだろう。リゼットや他の子ども達の魔力を奪い取り、自身の魔力量を底上げしたのだから。


十三年前、地方都市へ向かう途中に立ち寄ったクロウ子爵領の教会で偶然リゼットを見つけた。

何故ヘイリーが教会にいたのか。教会は旅の者に一夜の宿を提供してくれる。

そうして宿泊した教会にたまたま奉仕活動の為にやって来たリゼットに目を付けたのだった。

ヘイリー曰く、リゼットの魔力量は当時も凄かったらしい。

そして何より変態する魔術に適した魔力の持ち主だと気付いた時、笑いが止まらなかったという。


これで自分も変身魔法が使えるようになる。

おかげでそこそこの魔力量を得る事が出来たので魔力を奪う為に向かう筈だった地方都市には行かず、このまま鳴りを潜めよう…そう思ったそうだ。


リゼットの事件以降、犯人が姿を眩ませたのはその為であった。


そして中途で魔法省の職員となり、エリート達の仲間入りをした十三年目で、再び転機が訪れた。


部下として仕えていたレザム=ハリスの娘が入院する事になり、替え玉として本省にやって来るという事を知ったのだ。


ヘイリーは生き残った子どもの供述には注視し、その身元も特定していた。

魔法省の職員となり、それが可能となったからだ。


ほとんどの子どもがヘイリーの顔を覚えておらず、リゼットに至っては記憶喪失になっている事を知った時はどれほど安堵した事か。


自分に繋がる新たな手掛かりも見つかっておらず、これで大人しくしておけば事件は迷宮入りで逃げ遂せると思ったのだ。

そして実際に十三年間、ヘイリーは捕まらず無事であった。


それが何の因果かかつて襲った子どもの一人、リゼット=クロウが本省に来る。

もし、何かのきっかけで彼女の記憶が蘇り、自分の顔をハッキリと見た彼女が記憶から魔力念写でも出されたら……。

本省に勤める人間に直ぐに自分だとバレてしまう。


それを恐れたヘイリーはレザムを通して何度か面識のある彼の弟ジョシュア=ハリスに変身して、叔父を装って同じく姪を装っているリゼットに接触した。


リゼットは変わらず記憶を失ったままのようだが、やはりヘイリーが近付くと何か感じるものがあるのか顔を引き攣らせていた。


姿を変えても側に寄れば勘付かれる可能性があるなんて厄介だと思ったヘイリーは何とかせねばと考えた。

しかしよい解決策が思いつく前にジョシュア=ハリスが任意で捜査協力させられたと、これもレザム=ハリスの下で働いているために知ったのだった。


何故突然ジョシュア=ハリスが?

それはやはり自分が変身してリゼットに近付いたからであろう。


リゼット=クロウはやはり自分の気配を覚えている。

その当時の状況や顔を忘れてしまっていても、ヘイリーの持つ本来の魔力の気配を彼女は覚えているのだ。


そう確信したヘイリーは居ても立っても居られなくなった。

リゼット=クロウを始末しなければ。

そうしなければせっかく築いたエリートとしての地位も結婚した妻も子ども達も、今の生活の全てを失ってしまう。

ヘイリーはリゼットの命を奪う事を決めた。

そしてそこに邪な欲も上乗せされた。

もう一度リゼットから魔力を奪ってから殺そうと。


そう決めてからは姿を変えて省内をうろつき情報を集めた。

そして他の職員からリゼット=クロウが記憶を引き出す術を受ける事を耳にした。


冗談じゃない、やばいぞ。急いで行動に移さねば。


そこでヘイリーは医療魔術師に変身する事を思いついた。

医療魔術師なら当然の如く術を施す為にリゼット=クロウに近づける。

記憶を引き出すフリをして、魔力を奪い、同時に命も奪う。

彼女が昏倒しても周りの人間には一過性のものだと伝えおき、その間に逃げて変身を解けばいい。


そう、すべては上手くいく。


上手くいくはずだったのだ………。



「と、ヘイリー=デイソンは自白したよ」


「そう………」


ヘイリー=デイソンの自供を聞き、リゼットは恐怖と気持ち悪さで身震いした。

ソファーの隣に座っていたレイナルドがそっとリゼットを抱きしめてくれる。


「大丈夫だ。結局はそれら全てがこちらの罠で、奴は捕まったんだから」


「そう、そうよね……やっと、終わったのよね……」


「ああ。終わった。もう犯人が捕まっていないという恐怖に怯えなくてもいいんだ」


「良かった……ありがとう、レイ」


「俺は何も…「という事はないでしょう?」


レイナルドの言葉を遮ってリゼットが言う。


「本省へ移ってまで術式の開発をしてくれたのも、犯人逮捕に向けて協力要請してくれたりレイ自らも動いてくれたりしたのに、何もしてない訳ないじゃない」


「まぁ……そうだね。でも全部俺がしたくてそうした事だ。リゼは重く捉えなくていい」


「でも……私のため、そうでしょう?」


リゼットがそう言うとレイナルドはリゼットと額を合わせてきた。


「うん。全部、愛する妻の……リゼットのためだ」


「レイ……」


重なるだけの優しい口づけを交わす。


その触れ方からも愛されていると、大切にされていると伝わってくる。


レイナルドはずっと、ずっとこうしてリゼットを一番大切にしてきてくれた。


だから本省に来てレイナルドが他の女性とオシドリ夫婦と言われていると知った時、驚きはしたが一度も不義は疑わなかった。


こんなにも愛してくれているレイナルドが離れて暮らしたからといって裏切るわけがないと。

そう心から信じられたのだ。


「レイ、好き。大好き」


「俺もリゼが大好きだ」


そして再び、唇が重なった。






結局、ジョシュア=ハリスの奇行は何だったのか?


どうしても気になったレイナルドが彼に直接聞いたらしい。


すると真相はなんでもない事であった。

ジョシュアは本当は宗教画家になりたかったらしい。

十三年前にクロウ子爵領内の教会に居たのも、教会のフレスコ画を見に訪れたからだそうだ。

素晴らしい壁画や天井画があると聞けばこの目で見ようとその地へ馳せ参じた。

そのために国内外を転々としていたらしい。

図書館で児童文学書の本を借りていたのは、当時児童文学書の挿絵を描くバイトをしていた為に、自分の挿絵の載った本を借りてみただけだったのだ。


真犯人のヘイリーは人気の児童文学書の話を餌に子どもを引き寄せていたそうだが。


従ってジョシュア=ハリスは本当にシロであった。



そしてとうとう、本物のフィリミナが魔法薬剤師になる事を父親に打ち明けた。


魔法省に勤める事こそ人生の勝ち組だと妄信する父親のレザムは当然、烈火の如く反対したらしい。


しかし以前から家族の気持ちを無視し、家長であるからと我を通してきたレザムを妻も息子もフィリミナも見限った。

ある日仕事を終え帰宅したら、家族どころか家中もぬけの殻となっていたそうだ。


そこにはポツンと離婚届だけが残されていたという。


そして現在離婚協議中ですったんもんだしているらしい。

それでなし崩しにリゼットのバイトは呆気なく終わりを告げたのだった。

しかし報酬はちゃんと振り込まれ、父親の借金の借用書も送られてきた。

そこにはひと言、

「最後にフィリミナ=ハリスとしてきちんと手続きを踏んで退省してほしい」と書かれてあった。


まあリゼットもお世話になった職員には礼を言い、きちんとお別れがしたかったので別に構わないが。


そうしてリゼットは最後にフィリミナに変身し、退省届けを出し、デスクと寮の片付けを済ませて本当にフィリミナ=ハリスに成りすますというバイトを終えたのだった。


その間、ヘイリー=デイソンの裁判が始まったという。


多くの罪のない子どもを襲い、理不尽に魔力を奪い、中には命を奪われた者もいた。

加えて今回のリゼット殺害未遂の件もあり、極刑は免れないだろうとレイナルドは言っていた。

ヘイリーの家族達は彼と絶縁し、妻の生家のある隣国で暮らし始めたそうだ。

何も知らずに暮らしていた彼らの幸せは突然奪われたわけだが、それにも負けず強く生きて欲しいと願うばかりである。



そうして、リゼットがクロウ子爵領へと戻る日がやって来た。

隣には何故かレイナルドがいる。


リゼットはリゼットの分も荷物を持つ夫を見上げる。


「レイ、本当に一緒に戻れるの?」


「ああ。今回の犯人逮捕の報奨として異動願いを出したんだ。元々勤めていた地方局へと戻れるようにとね。クロウ子爵領の隣領だからまた家から通える」


「じゃあ単身赴任はもう終わり?」


「終わり。もし異動願いが受理されなかったら辞めるつもりだったし」


「え?そうなの?」


「そう。術式開発の目的は果たした。犯人も逮捕出来た。もう本省にいる意味はないし、これ以上リゼと離れて暮らすのは無理だ。じゃないと、いつまで経っても俺たちの可愛い子どもに会えないとそう思わないか?」


「う、うん……そう思う……」


夫の甘い言葉に、いつの間にかリゼットの塩気が抜かれてしおしおになってしまっている。


でもそれもまた、幸せな変化だ。


来る時はどうなる事かと不安ばかりだったが、帰りはまさかこんな幸せな気持ちに満ち溢れて帰路に就くとは思いもしなかった。


「さぁ帰ろう。クロウ子爵領(ふるさと)へ」


「うん。帰ろう、懐かしい我が家へ」


リゼットは差し出された夫の大きな手に、自分の手を重ねた。




その後、リゼットはレイナルドとの間に一男二女の子をもうけた。


子ども達が呆れるくらい夫婦仲は良く、幸せな日々の中、リゼットは魔法省の地方局でのレイナルドの評判を耳にした。



夫は愛妻家の子煩悩と評される、と。


それは紛れもない、事実である。






                終わり







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





ハイ!これにて完結です。

この後書きも入れまして10669文字。

相変わらず最終話にぎゅっと詰め込み過ぎですね、猛反省しております。


ダラダラ書くのが性分に合わず、終わらせるとなればスパッと終わらせたくなる、これはもう悪癖と呼べるのかもしれません。


次回作からはもう少しペース配分を考えます。

本当にごめんなさい。゜(゜´ω`゜)゜。


でも今作も沢山の方にお読み頂き、そして感想をお寄せくださりありがとうございました!


何度もお伝えしておりますが、書き手のエンジンは読み手だと痛感しております。


書き続けていられるのも読んでくれる方が居てくださるから。

読者様には感謝しても感謝しても感謝してもしきれません。


本当にありがとうございました。



さて次回作です。タイトルは


『泣き虫令嬢は今日も婚約者の前から姿を消す』です。 


ほんのちょっぴりポチャっとポヤっとした泣き虫なヒロインが、婚約者は本当は細っそりとしたスレンダー美人が好みだと人伝手に知り、目の前に立つ自信の無さから逃げ回るお話です。


逃げるヒロインと追うヒーロー。

ただのラブコメとなりそうです。


周りを巻き込んでの二人の追いかけっこにお付き合い頂けますと光栄です。


投稿は明日の夜から。


よろしくお願いします!





誤字脱字報告ありがとうございました!

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