驚きの事実
「あれ?フィリミナちゃん?今日休み取ってなかったっけ?」
廊下で行き交った同室の女性職員に声をかけられ、変身魔法でフィリミナに扮していたリゼットは曖昧な笑みを浮かべて返事をした。
「あー……大事な忘れ物をしちゃって……」
「あらぁ可哀想に。せっかくのお休みなのにね。すぐに取って、休みをエンジョイしなさい」
「はい、ありがとうございます」
そう言って女性職員と別れるとフィリミナはジョシュア=ハリスが任意の捜査協力と称した取り調べを受けているはずの部屋へと向かう。
「………結局我慢出来ずに来ちゃった……」
夫レイナルドに言われて大人しく待っている約束だったのだが、どうしても気になって……というより胸騒ぎがして来てしまったのだ。
もちろん取り調べに参加するつもりはない。
ただ終わったらすぐに結果を聞けるように近くで待機しておこうと思ったのだ。
ーーどうしてこんなにも胸騒ぎがするんだろう。
このところ感じているモヤモヤが収まらない。
覆い隠してしまった記憶がそう感じさせるのか。
わからない。
わからない。
フィリミナは取り調べ室の近くにある休憩スペースで皆が出て来るのを待っていた。
ここからなら誰か出て来たら直ぐにわかる。
するとややあって取り調べ室のドアが開いた。
出て来たのは……ジョシュア=ハリスだった。
ーージョシュア=ハリス!………ん?アレ……?
フィリミナは彼の姿を見て直ぐに違和感に気付いた。
ジョシュア=ハリスの姿を見たのは最初に会って恐怖を感じた時以来、これで二度目である。
ジョシュア=ハリスに続いて特務課のトミー=コーディが出て来てジョシュアに言った。
「ご協力ありがとうございました」
「いえ。よくわかりませんが捜査のお役に立てたのなら良かったです」
「……ええ。必ず捜査に活かします」
トミー=コーディがそう言うと、ジョシュアは人の良さそうな笑みで返して取り調べ室を後にした。
フィリミナはその様子を唖然として見ていた。
休憩スペースに一人立ち尽くすフィリミナを見つけたレイナルドが慌てて彼女の元へと歩み寄る。
「リゼっ?どうしてここにっ、大人しく待ってると約束しただろう」
「……違う………」
「え?」
「違う……別人だ……私が恐怖を感じた、あの時会ったジョシュア=ハリスとは別人だ……」
訳が分からず茫然とするフィリミナを見て、
その様子がおかしいと直ぐに判断したレイナルドが彼女の肩を抱き取り調べ室の中へと連れて行った。
取り調べ室には桐生主水之介とトミー=コーディが残っていた。
「おや、お内儀?今日は参加しないんじゃなかったんでしたっけ?」
リゼットがフィリミナ=ハリスに扮して魔法省に勤めている事を知っている主水之介がそう言うと、フィリミナの代わりにレイナルドが答えた。
「落ち着かず近くで待っていたみたいだ。でもなんだか様子が変なんだ……リゼ、とりあえず座って」
レイナルドはそう言って、フィリミナを取り調べ室の椅子に座らせた。
トミー=コーディがそんなフィリミナを見て言う。
「アレ?キミ、変身魔法を使っているね?これは凄い、なかなかの腕前だ」
その言葉に主水之介が反応する。
「さすがは変身魔法のプロフェッショナル。わかるもんなんだなぁ」
特務課のトミー=コーディ。
彼は変身魔法に特化していて、その能力を活かして特殊な任務に就いている。
今日は取り調べなので彼本来の姿だが、趣味と練習を兼ねていつも何かしらに変身しているのだ。
東方の国の仏像であったり、頭だけ狼やライオンだったり。
その他有名な絵画の人物に変身したりとじつにバラエティに富んでいる。
「リゼ、ここには事情を知っている者ばかりだ。変身を解いて大丈夫だよ」
レイナルドがそう言うのを聞いて、フィリミナは術を解除してリゼットに戻った。
そして夫レイナルドに告げる。
「レイ、さっき取り調べを受けたのは確かにジョシュア=ハリスで間違いはないの?」
「ああ。魔力認証が入省時に登録する魔力の型と一致している。本人に間違いはないよ」
「……彼から私の魔力は検出出来たの……?」
リゼットのその問いかけにレイナルドは表情を曇らせた。
「いや……開発した新術で調べたけれども、彼からはリゼはおろか他者の魔力は検出されなかった」
「上手くサルベージ出来なかった、という事ではねぇんだな?」
主水之介がそう訊くとレイナルドは頷いた。
「ああ。彼の体内を隈なく調べたけど、本人の魔力しか存在しなかった」
「じゃあ……ジョシュア=ハリスはシロか……」
コーディがそう言った。
皆一様に何かを考えるように黙り込んだ。
そしてリゼットが声を押し出すように告げる。
「別人だったの」
「え?」
レイナルドが聞き返す。リゼットは自分自身も信じられない気持ちでいっぱいながらも皆に説明した。
「私が恐怖を感じて犯人だと確信したあの時のジョシュア=ハリスと、さっき取り調べ室から出て来たジョシュア=ハリスは別人だったの……!容姿は勿論一緒よ、でもなんていうの…魔力の性質が、あのザラリとした嫌な感じがなかったの」
「そんな、そんな事って……あるのか?」
レイナルドがそう言うと、コーディが腕を組んで答えた。
「今日取り調べを受けたのは正真正銘、間違いなくジョシュア=ハリスだった。魔法省の魔力認証システムは絶対の精度だ。たとえ変身魔法を用いても、そして複数名の魔力を保有していたとしても個人本来が持つ魔力を見誤る事はない」
「と、なると、」
主水之介が合いの手のように言うとコーディが続けた。
「最初にリゼットさんが会ったジョシュア=ハリスの方が偽物だったという事になる」
「………!」
リゼットが思わず息を呑む。
そんな……何の為に……?
わざわざジョシュア=ハリスに変身してまで魔法省の管内に入り込み、犯人は一体何がしたかったのか。
「まさか……」
レイナルドが表情を翳らせてリゼットを見た。
「リゼが狙いか……?」
「え……」
レイナルドの言葉にリゼットは目を見開いた。
主水之介がレイナルドの発言に頷いた。
「ジョシュア=ハリスに変身してまで本省に来た理由が他に見当たらなければ、ご内儀に会いに来たとしか思えませんな。しかしなんのために?」
“変身してまで”という言葉を聞いたその時、リゼットの記憶に何かが微かに触れた。
「っ……?」
「リゼ?」
頭を押さえるリゼットにレイナルドが屈んで顔を覗き込む。
リゼットは只々頭を小さく振り続けるのみであった。
その間も様々な記憶がリゼットの中で走馬灯のように現れては消えてゆく。
うんと幼い頃の記憶。
懐かしい母親の笑顔、どこまでも続く牧草地を走る自分の足元。
レイナルドや従兄弟達と食べた木の実の味。
そして………
「奪…われた……」
リゼットの口から言葉が溢れ出た、その瞬間、
「リゼっ!?」
「お内儀!!」
「リゼットさんっ!?」
リゼットの目の前が突然、ブラックアウトした。
◇◇◇◇◇
「聞いた?なんかある事件の被害者から記憶をサルベージするらしいわよ」
「ん?なんか以前にも記憶を引き上げる案件があったよな?」
「殺された証人の証人の記憶だったかしら…それと同じ事を捜査の為に行うんだって」
談話室で休憩中の職員数名がそんな話をしていた。
すると側で備え付けのコーヒー魔道具で淹れたコーヒーを飲んでいた職員も会話に入ってきた。
「ねぇ、今の話ってホント?」
「本当らしいわよ。なんでも魔法科捜研の職員の家族の記憶をサルベージするとか……」
「へぇ……」
「その家族が犯人の顔を見ているはずなんだって。だから今回その記憶を引き上げて犯人の正体を明らかにするらしいの。十三年前の未解決事件がようやく解決するかもしれないって聞いたわ」
「そうなんだ」
「犯人、捕まるといいなぁ」
「本当だね。それで、その記憶の引き上げの日って決まってるの?」
「うん?確か……明日とか聞いてるわ。それでその日予定されていた会議が中止になったと聞いたから」
「なるほどね」
話をしていた職員達がその後も様々な話をしていると、一人の職員が言った。
「あれ?さっき突然会話に入ってきた来た人は?」
「そういえばいつの間にいなくなってるわね」
「あんな人、ここにいたかしら?」
「他所から赴任して来た職員なんじゃない?」
「あーなるほどね」
そう言って職員たちはすぐに興味を失くし、他の会話を始めた。
その職員たちが話していた通り、
やはりリゼットの記憶が犯人逮捕には欠かせないとして以前レイナルドが話していた魔法により記憶を引き上げる事となった。
もちろんリゼットはそれを受け入れ、自らも望んだ事である。
万が一の事を考え、サルベージ作業は特務課専用の取り調べ室で行う事になった。
緊張で固くなっているリゼットを労るようにしてレイナルドが付き添う。
リゼットの為に大柄な特務課の職員が課長室から応接用の一人がけソファーを運んでくれた。
リゼットがそのソファーに座り、レイナルドがすぐ後ろに控える。
主水之介が
「お内儀、リラックスリラックス」
と言った丁度その時、職員に伴われて記憶操作の術を専門とする医療魔術師が入室してきた。
記憶を操作する術の使用は魔法律により医療魔術師にのみ許可されている。
その為、本省の医務室に勤める医療魔術師がその任に当たる事となったのだ。
医療魔術師の姿を見て、リゼットの緊張がレベルマックスにまて引き上がる。
思わず小さく震えるリゼットの肩を、レイナルドが優しく包んでくれた。
二人、顔を見合わせて頷き合う。
「それでは、始めましょうか。宜しいかな?」
その医療魔術師が告げると、リゼットはこくりと頷いた。
しかし医療魔術師は何か思い出したようだ。
「……ああそう、最初に言っておきますが、記憶を取り出すと被術者は意識を失います。痙攣も伴うかもしれませんが、一過性のものなので彼女が倒れても動揺しないように」
医療魔術師は室内にいる全員にそう告げると皆が一様に黙って頷いた。
「では………」
そう言って医療魔術師は手の甲に魔法陣が描かれた手袋をした手をリゼットに伸ばす。
どうやら直接リゼットの頭に触れるようだ。
リゼットは自分に近づくその手をただ見つめていた。
緊張でこくんと唾を飲み込む。
そして、医療魔術師の手がリゼットの頭に触れようとしたその時、
「待て」
とそう言って医療魔術師の手首を掴む者がいた。
「っ!?」
手首を掴まれた医療魔術師がその者の方を仰ぎ見る。
自分に向けられた相手の青い双眸を見て、医療魔術師は何故か体が硬直したように動けなくなった。
その様子を側で見ていた主水之介が言う。
「ありゃ、やっぱり関係者に紛れ込んでお内儀を始末しに来やしたか。んで?若、そいつが犯人で間違いねぇんですね?」
主水之介が若と言った相手が医療魔術師の手首を掴んだまま言った。
「ああ。間違いねぇな。そんな禍々しい魔力を振り撒いてバレねぇと思ってる辺りが笑える」
特務課のエースと謳われる、
レガルド=リーが医療魔術師を睨め付けながらそう言った。
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って結局お前も出るんかーい!
次回、最終話です。
最後までよろしくお願いします!




