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5.淑女たるもの、時には腹黒く

 しかし、何度か子爵家のナニーと遭遇したものの、思ったようにはいかなかった。

 子爵家は、ナニーだけではなく必ず従僕も付き添わせていた。

 二人の大人の注意をそらして、大きな乳母車をすり替えるのは容易ではない。

 ジャン・ルイが突進してラウルを攫うというのも考えたが、大事な甥を抱えた状態ではまともに走れない。

 すぐ従僕に捕まってしまうだろう。

 なによりこの広場、ナニーが集まるということは人目も多く、そして家によっては付添に護衛をつけている。

 騒ぎになったらその場で取り押さえられかねない。

 といって、子爵家への帰り道を乳母車を押しながら後をつけ、道端でどうこうというのもやはりやりづらい。

 ラウルがすぐそこにいても触れることもできず、ガブリエラは日に日に憔悴し、ジャン・ルイは焦るばかりで途方に暮れていたとのことだった。


「そうだったんですね……

 そんな事情なら、打ち明けてくださったらよかったのに」


 ジュリエットは、うるうるっとなってガブリエラの両手をとった。

 ガブリエラが涙ぐむ。


「ところでカタリナ様は、どうしてお気づきになったんですの?」


 レティシアがカタリナに訊ねた。


「どうしてって、もう見たまんまじゃない。

 頬のほくろなんて、いかにも変装くさいし、ボンネットをいつも目深にかぶってるんだから、自分の顔を人に知られたくないか、それとも顔見知りに自分だとバレたくないってこと。

 で、朝に出て夕方帰ってくるのだから、日中はどこかでなにかしなければならないのだけれど、夜にはする必要がないってことよね。

 近くに、赤ん坊を連れたナニーが集まる公園があるっていうんだから、まずそこでなにかしているのかなってことになる。

 じゃあ、日中、ずーっと公園でなにをしているのか。

 公園に現れる誰か、しかも来るか来ないかわからない相手をずっと待っているんじゃないかってなるでしょう?

 特定のナニーを探しているだけなら、乳母車まで用意しなくても、普通の格好で見回っても別に問題ない。

 なのに、わざわざナニーの格好をして乳母車を押していっている。

 てことは、二人が待っているのは赤ちゃん。

 公園にいつ来るかわからない赤ちゃんを、連れ帰ろうとしてるんじゃないかって思ったのよ」


「「「なる、ほど……??」」」


「赤ん坊を攫って身代金をということも考えられるけれど、半月も毎日乳母車を出してもたもたしているっていうのは変だわ。

 営利誘拐なら、帰り道を襲って馬車で攫うとか、もっと手っ取り早く事を運ぶはず。

 そこで思い出したのがピエール卿の件。

 さっき殿下がおっしゃったように、地道な努力家で、目立つことはしなかった彼が、社交界で一番目立つ王宮の舞踏会でガブリエラ様に跪いて、ご結婚された。

 あのプロポーズ、わたくしもびっくりしたし、子爵家が家の都合の良い別の方との婚約に動いていたから、強行突破のためにああしたのかしら?と思っていたのよね。

 もしピエール卿が亡くなった前後に赤ちゃんが生まれていたら、子爵家は跡取りを取り上げてガブリエラ様を追い出し、ガブリエラ様は赤ちゃんを取り戻そうとされる……そんなこともありえるんじゃないかってひらめいて。

 ま、もちろん全然違う事情でジュリエットが言っていたような状況になった可能性がないとは言わないけれど、それなりに蓋然性は高いのじゃなくて?」


「「「ああああああ……」」」


「それにしてもガブリエラ様、ラウル君を取り戻したら、その先はどうするつもりだったの?」


「え。その……どこかに隠れて、しばらく経ってから父に相談しようかと」


「いやいやいやいや……

 それはちょっと考えが足りなかったのではなくて?

 赤ちゃんを連れて隠れて暮らすなんて大変じゃない。

 泥縄式じゃ、すぐに見つかって奪い返されてしまうわ。

 淑女たるもの、時には腹黒く立ち回らないと」


「は、はあ……」


 素直なジュリエットは「淑女には腹黒さも大事なんですね!」と感心し、「いえ、あれはカタリナ様だけのことだから」とレティシアに小声で諭された。




 とか言っているうちに、一同は子爵邸についた。


 突然の訪問だ。

 誰なら入れてもらえるかとお互い顔を見合わせたところで、カタリナがノアルスイユに目配せをした。

 やっぱり自分かと思いつつ、ノアルスイユは皆が隠れるのを待ってノッカーを叩き「王太子秘書官のグザヴィエ・ノアルスイユだが、至急内密に子爵夫妻にお知らせしたいことがある」と執事に重々しく告げた。


 ややあって、お入りくださいと扉が開かれる。

 やたら増えている客に驚く執事を押しのけるようにカタリナが先陣を切り、一同、子爵夫妻が待つ応接間になだれこんだ。


 交渉自体はさっくりと終わった。


 銀色の髪をふんわりと結った、優しげな子爵夫人を見た瞬間、「お願いします、お義母かあ様、どうかラウルを返してください」と取りすがるガブリエラ。

 子爵夫人は「え!? あなたは病院でおかしくなって、自分は子供なんて産んでないって言い出したんじゃないの!?」と驚愕する。

 ガブリエラが子爵夫人に何度も出した手紙、子爵夫人がガブリエラに出した手紙も握りつぶされていたことが秒で判明した。


 誰が握りつぶしたかといえば、ガブリエラを嫌っていた太鼓腹の子爵しかいない。

 ブチギレた子爵夫人は、なんでこんな馬鹿なことをしたのと泣きわめきながら、子爵の禿頭を扇でバシバシと叩き始めた。

 子爵は防戦一方。

 バシバシ打たれながら、「1年足らずで死に別れた嫁を家に置いておいたら、そのうち男を引き込んでロクでもないことをするに決まってる」とか、どっからツッコんでいいのかわからない言い訳を重ねている。

 言い訳を聞けば聞くほど、子爵夫人は怒り狂い、一同、止めるに止められず、おろおろあわあわするしかなかった。


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