4.破天荒令嬢の推理
翌日──
「昨日はあれからどうなったんだ?」
急に散歩などできない立場なので、公園に行けなかったアルフォンスは、執務室に出勤してきたノアルスイユに勢い込んで訊ねた。
「いやはやいやはや、もう大変でしたよ。
レディ・カタリナ、あの人はほんとなんなんですか!?」
「ええと??」
戸惑うアルフォンスに、ノアルスイユは昨日の出来事をかいつまんで説明した。
結局、公園に行ったのは、カタリナ、サン・フォン夫妻、ジュリエット、ノアルスイユの5人。
公園の一角、花壇に縁取られた噴水を取り囲む広場には、今日も黒や紺の地味なお仕着せを着たナニー達が、乳児をあやしながらたむろしていた。
カタリナはぐるっと半周すると、輪から少し離れた木陰に佇んでいるナニーと従僕のところへ向かった。
ナニーはボンネットを深くかぶっていたが、ジュリエットが言っていた通り、頬に目立つほくろがある。
「ごきげんよう、ブラジュロンヌ夫人。
サン・ラザール公爵家のカタリナよ」
「え!? あ、ああああ、カタリナ様!?」
目の下にくっきりと隈のあるナニーは、真っ青になって固まった。
その顔を見て、あ!とノアルスイユも固まった。
だいぶやつれているし、ほくろなんてなかったはずだが、よく見れば確かに早逝したピエール・ブラジュロンヌの妻、ガブリエラだ。
なんでこんなところで、ナニーの格好をしているんだ。
ガブリエラをかばうように、二十歳ばかりのまだ少年ぽさが残っている従僕が一歩前に出る。
ガブリエラと面差しが似ている。
弟か従兄弟か、そんなところか。
従僕のふりをした弟?に構わず、カタリナは続けた。
「ピエール卿のこと、お悔やみ申し上げます。
ところで今日、貴族学院の同窓会で集まっていたのだけれど、あなた達の隣に住んでいるレディ・ジュリエットの話を聞いて、子爵家に赤ちゃんを奪われて、取り返そうとしてるんじゃないかって気がついたの。
これも亡きご主人の引き合わせ、この際、わたくしにまかせてちょうだい。
ほら、巧い具合に騎士団長の息子の脳筋と、王太子秘書官の眼鏡もいるから、このまま乗り込んでしまえばなんとかなると思うのよ」
一体何の話だと驚愕しているところに、めちゃくちゃ雑な紹介をされたサン・フォンとノアルスイユは軽くのけぞった。
というか、見物に来たつもりが、なんでか戦力扱いになっている。
「私のラウルを取り戻してくださるんですか!?」
ガブリエラは、カタリナに取りすがった。
「ええ。もちろんよ。
ピエール卿には、急に先生に当てられて困った時に助けてもらったこともあるもの。
恩は少なくとも三倍にして返すのが、サン・ラザールの流儀ですのよ」
カタリナは不敵に笑い、どうだ自分が正しかっただろうと言わんばかりにノアルスイユ達を流し目で見た。
というわけで、なにがなんだかわからないまま、一同、公園から歩いて7、8分のところにある子爵家へ、乳母車を押しながらぞろぞろと向かうことになった。
道すがら、ガブリエラは経緯を説明した。
ピエールが突然亡くなったとき、ガブリエラは臨月に入った頃だった。
愛する夫の死の衝撃で体調を崩したガブリエラは、子爵家のかかりつけの病院に入院してそのまま出産。
難産ではあったが、健康な男児を産み、赤ん坊はラウルと名付けられた。
だが、ラウルは先に退院したものの、ガブリエラは経過観察が必要と言われて入院は長引いた。
とにかく眠く、なにも考えられない。
父男爵と弟達が見舞いに来てくれたが、まともに話もできないほどだった。
そして、娘同然にかわいがってくれていた子爵夫人も含めて、子爵家からの見舞いはない。
ようやく意識がはっきりした時に、早くラウルがいる子爵家に帰りたいと主張すると、あなたは精神的におかしくなっていると頭ごなしに言われ、無理やり鎮静剤を打たれてしまった。
ガブリエラは、子爵家は自分をこのまま薬漬けにして精神病院の閉鎖病棟に放り込み、息子を取り上げるつもりだと気づき、フラフラな状態でなんとか病院を脱出。
寝巻にガウンをひっかけた姿で辻馬車に転がり込み、親切な御者のおかげで実家に助けを求めることができた。
男爵は驚倒し、子爵に抗議したものの、ラウルを取り戻すだけの力はない。
色々色々あった末、ラウルは諦めてそのうち他家に嫁げとガブリエラは父に言われてしまった。
そんなことを言われても、愛する人の忘れ形見でもある我が子を諦めることなどできない。
姉に同情した大学生の弟、ジャン・ルイが密かに子爵家を監視し、ナニーがラウルを連れて公園に行っているのに気がついた。
もしかしたら、公園で乳母車をすり替えるか、ラウルを抱き取って逃げるか、とにかくラウルを取り戻せるチャンスがあるかもしれない。
もう父はあてにしないと男爵家を出奔した姉弟は、子爵家にも公園にも近い、ジュリエットが住むアパルトマンの隣室に潜伏。
乳母車をすり替えやすいよう、子爵家のものにそっくりな乳母車も用意した。
実は、物件を借りた主人夫婦は、舞台用の頬髭をつけたジャン・ルイとガブリエラ。
そして、ガブリエラはナニーの服を着るときには、ボンネットを深くかぶり、大きなつけぼくろを頬に貼るようにした。
つまり、主人夫婦とナニーと従僕の二役をして、姉弟はじっと子爵家の隙をうかがっていたのだ。