1.貴族学院の同窓会
うららかな早春のある日、貴族学院の同窓会が王都随一の社交場「モンド」で開催された。
この同窓会は卒業5年目を記念するもの。
金髪碧眼、すらりとした長身の上、顔も大変よろしい王太子アルフォンス、銀髪紫眼の玲瓏たる美女・王太子妃ジュスティーヌが在籍した代で、昼餐からというスケジュールにも関わらず、例年よりも集まりは良い。
会は、アルフォンスの挨拶から始まった。
定型的な挨拶はそこそこに、半年ほど前に亡くなった同窓生、真面目で篤実だったブラジュロンヌ子爵家の嫡男ピエールの思い出をアルフォンスは語り、黙祷を皆に求めた。
一同、黙祷する。
ピエールは領地の館にいた時に、嵐で増水した河を巡視しにいって亡くなってしまったのだ。
王宮の舞踏会でいきなり跪き、公開プロポーズした男爵令嬢と結婚して、一年も経っていなかった。
「こうして皆で集まる時、誰かが欠けてしまうのは、もっとずっと先の話だと私は思っていた。
改めて思ったが、やはり命というものは、どうしようもなく儚い。
皆、身体に気をつけ、命を大事にし、次の十周年、その次の十五周年、その次も次も次も、元気な顔を見せてほしい。
……では、皆の健康と幸福に」
アルフォンスはグラスを掲げ、皆で乾杯した。
少ししんみりした始まりだったが、普段からよくつきあっている者同士、しばらくぶりに会う者同士、話の輪が広がっていく。
5年といえば短いようだが、18歳だった皆は、23歳となった。
令嬢達は、大半が嫁ぎ、既婚女性らしく髪を大きくふくらませるように結った者が多い。
男子も、宮廷に出仕したり、事業を手掛けるようになっていたりで、かなり顔つきが変わっている。
アルフォンスも、ジュスティーヌと結婚してすぐに子に恵まれ、既に父親になっているのだ。
「あ! ノア君! 久しぶり〜!」
大学を出て王太子秘書官となった宰相ノアルスイユ侯爵の次男は懐かしい声に振り返った。
えへと笑っているのは、田舎育ちで貴族らしい振る舞い方に疎く、学院時代は「野生の男爵令嬢」と言われていたジュリエットだ。
昔はツインテールやおさげにしていたピンクブロンドの髪は、他の夫人達と同じく、大きくふくらませるように結っている。
ジュリエットはノアルスイユの初恋の人だったりするのだが、乗馬を通じて知り合った5歳年上の外交官に見初められ、卒業と同時に嫁いでしまったのだ。
あけっぴろげな笑顔と表情豊かな蒼い大きな瞳は、学院の生徒だった頃と少しも変わらないが。
「大丈夫? ちゃんと食べてる?」
「いやいやいや、大丈夫大丈夫。
ちゃんと食べているし」
相変わらず、誰に対しても距離感が近いジュリエットはぐいぐい来る。
銀縁眼鏡を、自分を守る盾のように押し上げながら、ノアルスイユは微妙に後ずさった。
「ほんとに? なんか前より痩せてる気がするよ?
ノア君、本を読み始めるとご飯食べるの忘れちゃうじゃない。
早くお嫁さんもらったらいいのに。
仕事、忙しいの?」
「ま、……うん。
仕事が忙しくてね」
いまだ引きずっている初恋の人に「早く嫁をもらえ」と勧められるとか。
ノアルスイユはどうにかこうにか笑ってみせた。
ジュリエットは、せめて今日はちゃんと食べようよと言い出し、ノアルスイユは技巧をこらした料理が並ぶビュッフェに連れて行かれる。
ジュリエットは、容赦なくノアルスイユの皿をてんこ盛りにし、二人は中庭に出た。
中庭には、大きなテーブルがいくつも並んでいて、既にかなりの席が埋まっている。
「お! ノアルスイユにジュリエット!」
赤毛の大男、サン・フォンが片手を挙げて招いてくれた。
隣に妻のレティシアがいるが、まだ他の席は空いている。
サン・フォンとノアルスイユはアルフォンスの「御学友」として、王宮で一緒に初等教育を受けた時以来の仲。
だが、父が騎士団長のサン・フォンは学院卒業後、すぐに騎士団に入り、会える機会は減っている。
思わず笑顔になったノアルスイユは、迷わずそちらに向かった。
「サン・フォン様、久しぶり〜!
レティシア様はこないだぶりです!」
レティシアと仲の良いジュリエットは彼女の隣に座り、ノアルスイユはサン・フォンの隣に座った。
そこに、挨拶の波状攻撃を受けて動き出すのが遅れたアルフォンスとジュスティーヌがやってくる。
昔っからジュスティーヌに懐いているジュリエットが「姫様こっちこっち!」と猛アピールして、二人もこのテーブルに座った。
思えば、学院時代はよくこの6人で昼食をとっていた。
懐かしいねと言いながら食べて飲んで笑い合って、近況を報告しあううちに、あっという間に時間が過ぎてゆく。
「あ、そうだ。ノア君、推理小説好きだったよね?
なんていうか、ちょっと妙なことがあって、ノア君だったらどういうことかわかるかなって思うんだけど」
ふと話が途切れた時、ジュリエットが言い出した。
なんだなんだと皆、前のめりになる。