プロローグ
第一章から二カ月後、桐原の街で何かが動き始める
生温かくご覧ください。
人々が寝静まる時間に賑わう一角がある。
夜の闇を照らすネオンは、点滅を繰り返し欲望を駆り立てていた。
虚空を見つめる女達は肌を露出し、目を血走らせた男達が値踏みをする。
繁華街を照らす灯りは、暗闇ではなく人々の欲望を照らし理性を砕いていく。
繁華街のメインストリートを一人の男が静かに歩いていた。
ダークグレーのスーツを着こなし、左手にはシルバーのアタッシュケースを持っている。
呼び込みを無視し、声を掛けてくる女達を蔑む様な目で追い払う。
化粧や香水、アルコールとゴミの混ざった繁華街独特の臭気が男を苛立たせた。
男の目的は取引であった。場所はこの繁華街で一番大きいクラブである。
取引には目立たない小さな店が良いのだが、『実力者』と自ら名乗る者たちは皆、メンツにこだわる。
より良い服を買い、装飾品で自らを大きく見せる。そうしないと不安に潰されるのである。
クラブの正面玄関にはゴリラのような体格の黒服が入店者をチェックしていた。
店の横にはどれも同じ様にしか見えない高級車が何台か止まっている。
男は『実力者』達の個性のなさに飽きれながら裏路地に入った。
路地にはメインストリートのような煌びやかさはない。
そこはゴミと腐敗臭だけが広がっている。男はまるで『実力者』の本来の姿の様だと思った。
薄汚れた路地を進み、店の裏口へと辿りつく。
裏口は鋼鉄製のドアに指紋認証と網膜スキャンという二重ロック式である。
左手を機械に当て、網膜スキャンのを覗きこむ。スキャニングの青白い光が視神経を刺激する。
鉄の塊が落ちるような音と共に厳重に閉じられた鍵が開く。ドアは自動で開き、中からは音楽が洪水のように溢れた。
男は中にいた黒服に案内され光と音の渦に足を踏み入れていく。
激しい音楽と照明の中、狂喜乱舞する無数の男女を横目に見ながら男は案内されるまま上階へと向かった。
何枚かのドアとそれと同じ回数のボディチェックをされた頃には、先程の喧騒は聞こえなくなっていた。
赤い絨毯が敷かれた廊下には中世ヨーロッパの模造品が並んでいた。
黒服に案内され男は突き当たりの部屋へと通される。
部屋の中はかなり広く大きいソファがテーブルを囲むように配置されていた。
ソファには何人かの男と淫らな衣装を着た女達が男達の酌をしていた。
「先生、わざわざご足労頂いて申し訳ないですなぁ」
女の胸を揉みしだきながら禿げ頭の男が言った。
ダークグレーのスーツの男は『先生』と呼ばれていた。
そのまま歩みを進め、高級酒と料理が並ぶテーブルへアタッシュケースを置く。
無言のまま留め金を外しケースを開ける。中には紅い液体が詰まったアンプルがびっしり並んでいた。
「今回の分です。次回は来月には間に合うでしょう」
先生と呼ばれた男は事務的に用件を伝えた。
「この薬はもっぱら評判がいいんですわ お陰で値段も他の奴より高くさばける」
禿げ頭の男がアンプルを手に取りしげしげと眺めた。
「もう少し入荷の量を増やせませんかね? 先生さん」
禿げ頭の隣に座る男がグラスを傾けながら問いかけた。
Yシャツの胸元は大きく開かれ、そこからは和彫りが見えている。
多分、全身に入っているのだろうと予想ができた。
刺青男の問いには答えず、男は代金を要求した。
禿げ頭の脇から大きな皮のケースが手渡される。
『先生』と呼ばれた男は手早く中身を確認し部屋を後にする。
「先生、この薬副作用はどうなんだ?」
刺青男は早くもアンプルを注射器に移し替えようとしていた。
ドアの前で立ち止まり、後ろを振り返らず男は答える。
「どんな薬にも副作用はありますよ? ですからほどほどに……」
男の口元は笑みで緩んでいた。
ドアを開け部屋を後にする。廊下を歩き正面玄関から店を出る。
街は未だに活気に溢れていた。表面上だけの賑わいを眺めながら男は歩き出す。
「こんな奴らにに価値はない……」
ネオンの卑猥な色に照らされた男の影にはに大きな羽が映し出されていた。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
よければ誤字脱字など満載の一章もお読みください。
主人公達はそのうち出てきます。