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即興小説集

僕の教室はどこ

作者: 佐藤朝槻

 

 これは僕の過去の話――。


 ○


「浅野、どうした?」

「……なんでもないです」


 遅刻してきた僕は、教室でひとつだけ空いている席に着席した。

 教師は不思議そうに首をかしげたが、すぐに授業は再開された。

 ……間違って入ったかと思った。皆の目線が冷たかったから。


 長らく学校に来ていなかったので、自分の席がどこにあるのか忘れていた。

 記憶だと一番前の廊下側だと思っていたけれども、今日はその席はすでに誰かが座っていて、代わりに窓側の一番後ろの席だけぽつねんと空いていた。


 授業は上の空で聞いていた。聞く意味なんてなかった。


 ――このまま授業にでないなら留年になる。

 昨日そんな電話が掛かってきたと突然親から告げられ、その言葉が頭にこびりついて、寝たくても眠れず、動悸がしたからここにきた。


 僕は世間でいうところの不登校生だ。

 だからって何か悩みがあるわけじゃない。

 

 体もいたって健康で不調はないし、いじめを受けた覚えもない。なんとなく学校に行くのが面倒になって家にいるだけ。

 家にいたってやることはない。親からの視線が痛い。電話越しに聞こえる先生の声が刺さる。


 それでも、教室のこの息の詰まるような空間よりは幾分かマシだった。

 くだらないことばかり考えていると授業が終わるチャイムが鳴った。


 教室は騒がしくなるかと思ったが、そうでもなかった。移動教室のようで、各々準備をしては教室から出ていった。

 僕も急いで教室を出たが、何の教科書を持ち、どこへ向かえばいいのかわからない。


 とりあえず歩いてみる、か?

 そうだ。遅刻したんだから遅刻届を出さないと。さすがに職員室がどこなのかは覚えているはずだ。


 教室を出て、階段へ向かおうとしたところで、職員室は同じ階にあることを思い出し、廊下を歩く。

 歩くたびに多くの生徒とすれ違い、そしてチャイムが鳴った。


 ああ、休み時間が終わってしまった。このまま職員室に向かったら、何を言われるだろうか。

 そう思うと立ち止まらずにはいられない。


 教室から生徒が消えた。やばい。早く、早くどこかに入らないと先生がくる。こんなところにいたら怪しまれる。


 僕は走って角を曲がり、職員室のさらに先の保健室の扉を勢いよく開けると誰もいなかった。


 養護教諭を待っていようと、近くの長いすに座る。

 しんと静まり返った保健室で、「んっ」と女子の声が聞こえた。カーテンで仕切られているベッドのほうからだった。


 聞こえないふりをして黙っていると、やがてカーテンを開けて一人の女子生徒が顔を出した。

 なぜか見てはいけないものだと思い、視線を床に落とした。

 ドクドクドク。

 鼓動の音が速まる。何日も女子をみてなかったせいだろうか。


「……君も、体調悪いの?」


 話しかけられた。こうなったら仕方ない。

 僕は顔を上げる。


「悪くはないけど……。そっちは教室に戻るの?」

「うん」


 そういう彼女の顔色は蒼白く、陶器のような光沢もない。おまけに無表情で死人みたいだった。人が死んだらこんな顔になるのかな。

 そんな無礼な考えはいけないよ、と僕の心の声が聞こえた。


「僕、教室がわからないんだ」

「わからない?」

「次の授業を知らないし、それがどこの教室でやるかも知らないんだ。僕が知ってて、安全なのはここだけで……」

「ふぅん」


 長い黒髪の毛先をいじりながら、興味なさそうな相槌を打つ彼女。

 少しだけムカついた。話を振ってきたのはそっちじゃないか。


 だが僕が腹立てた途端、彼女の口が笑った。肌も徐々に赤く染まってきて、興奮しているみたいだった。


「教えてあげる。どうして君が何もわからないのか」

「わかるの?」

「うん。だって、ここ、間違ってるから」

「間違ってる?」

「そ。間違ってる。君が教室に入るなんて場違い」


「どうしてそんなことが言えるの」

「だってもう君は大人でしょ? 高校も卒業した。なのにまだどうしてここにいようとするの?」

「なんでって……」


 答えることができなかった。


 ○


 気が付けばベッドから落ち、背中に痛みが走っていた。


 現在、20歳。留年を恐れた僕は通信制高校に転校し、卒業後の現在、大学に通っている。

 底辺の底辺みたいな大学に進学したけど、一人でも浮かない大学は気楽で、高校の時と比べて面倒な気持ちも薄まった。


 なのにときおりこんな夢を見る。

 入る資格はなく、入ったところで間違っていると言われるだけと知っておきながら、あの頃入れなかった教室を探す僕がいた。



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