橋渡し
ピリオドを打った.六限は英語の授業だった。やっと帰れるなという安心と、自分はなぜこんな所で勉強しているのかという自虐にも近い溜息をつきながら、黒板に意識を向ける。黒板の英文の中で、Living is not breathing but doing という英文だけが頭に残った。
毎日同じ時間に起きて、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰り、同じように寝る、そんな生活を送っている自分は生きているのだろうか。そんな厨二病にも近い問いを頭の中で巡らせながら、再び溜息をつく。そう、俺は変化を欲しているのだ。
「起立! 礼! 」
ホームルームが終わる。一礼をした後に、各々が帰る準備を始める。
「惣一朗、早く帰ろうぜ」
絵に描いたような茶髪、何の変哲もない黒いズボンにワイシャツを上手く着こなしている友人・川端優希に話しかけられる。学校内では一番仲が良い奴だ。
「悪いな。塾で自習してから帰る」
「かーー、真面目だねえ、学年三位様は違いますわ」
「お褒めの言葉ドーモ。途中までなら一緒に帰ってやるよ」
駅までの道を馬鹿な話で笑いあいながら、別々の方向の電車に乗って、今日も予備校へ向かう。そして俺はいつも通り「じゃあ、頑張るか」とペンを握っている。
夜の九時。そろそろ潮時だろう。俺は足早に予備校を出る。帰り道にあるスーパーでどんなスイーツを買うかを頭に巡らせながら、最寄り駅で降りる。両親は多忙で、家を開ける事が多く、双子の妹と二人で住む一軒家は、子供二人には豪華すぎる位だ。スーパーでシュークリームを二つ買う。これから何も変わらない帰り道を歩き、明日も今日の繰り返しだ。
しかし、何故だろう、今日だけは嫌な胸騒ぎがした。一見いつもと変わらない帰り道なのだが、自分の本能が警告しているのを感じる。勿論、自分は心霊やUMAの類は信じていないが、気づいたら駆け足になっていた。周りには誰もいない、しかし自分はこの警告が的中することを知っていた。
「勘弁してくれよ……おい」
息が上がっていく。家まで後何メートルだろうか。次の角を曲がれば自分の家だ。その時だった。
「ぐっ、あっ……!! 」
背中が熱い、痛くはなかった。自分の口から血が出て、視界が暗転して数秒後、背中から正面に突き抜ける鉄の異物を視認して初めて、自分が何者かに刺されている事を理解した。
「うっ、あぁ……」
声が出なかった。映画や漫画で死ぬ直前まで叫んでいる奴らは嘘だったのか、等という場違いな電気信号が脳を一周する。熱さに変わり、痛みが増加していく。焼けるような痛みはきっと切られているのだろう。……先程まで人の気配なんて一切しなかったのに。自分の周囲だけやけに暖かく、それでいて湿っているのは何故だろうか。目の前に手をかざしてみると、血が滴っていた。
「誰か……助けて、助けて」
小さな声で呟く。きっと誰も聞こえないだろう。
「まだ生きてんのか。ほぼ一般人の割には大したもんだ」
すると少し感心したような、しかしどうでもいいような口調の男の声が聞こえる。霞んでいく脳内の中で、身長が高く、黒髪の男を認識する。年齢は三十の真ん中当たりだろう。手に持つ日本刀は、嫌でも自分に、非日常を押し付けてくる。
「……お前には殺害もしくは捕獲命令が出ている。生きたままっていうのは一番面倒臭くてな、まぁ運が悪かったと思って死んでくれや。ってもその傷だけじゃ死ねねえけどな」
男は淡々と事実のみを告げる。只々、俺の人生はここで終わるだろうという事実のみを反芻する。何度考えを吟味してもこれは変わりそうにない。つまんねえ人生だったな、と自分の意志とは関係なしに、体の力は諦めたように抜けていくみたいだ。
「おっ、諦めたか? 物わかりのいい小僧だな。まぁ、あんま時間もないもんでな。そろそろさよならだ」
日本刀を男が構える。
嫌だ、死にたくない。死にたくない。まだ俺は何一つ………なんで俺がこんなつまらない死に方を……
なんだ、俺はまだ死にたくなかったのか。体とは反対に、魂は生を渇望している。そんな渇望とは関係なしに、刀が振り下ろされる。
その時だった。小さな蒼い光が自分の隣を駆ける。それは、夜でも良く見える綺麗な綺麗な光だった。瞬間、男が距離をとる。否、何かに吹き飛ばされたのだ。
「すまない、遅くなった。九時三十五分、只今より29部隊隊長、彩原凛音が貴方を護衛する」
目の前には蒼い瞳、少し紫がかった髪色、人形のような端正な顔立ちの少女が凛とした、しかし心配そうな表情でこちらを見つめる。直感でわかる。この子は自分と違う世界に生きていて、自分より遥かに強いのだろう。そんな事は分かっている。しかし、薄れゆく意識の中で、その少女を見て、真っ先に思った事は何故か、「君を守りたい」だった。
最後まで読んで下さりありがとうございます。さて、本作ですが現代を舞台としたダークファンタジーです。勿論ダークでは無い部分も多々あります。精進して参りますので何卒宜しくお願い致します。