第1話 忘れ物
「桜、何してるのー?学校行くよー!」
白髪の少女、木良乃亜は友人へ声をかける。新品の制服、新品の学校指定のカバン。この匂いは嫌いではない。
「ちょ、ちょっと待ってよー!」
慌てて出てきた黒髪の少女、法本桜は忘れ物がないか確認したいがこれ以上友人を待たせるわけにはいかない。
今日は風見学園の入学式だ。偏差値は低くもなく高くもない、至って「普通」と言われているが、制服がかわいいと評判の学校である。桜と乃亜がこの学校を選んだ理由の一つでもある。吹奏楽部と野球部がさかんで、たまにメディアに取り上げられている。
「乃亜ちゃんはもう入る部活とかって決めたの?」
通学路に咲く桃色の花が風にながされてひらりと落ちる。入学式にぴったりの天候だ。
「小学校からずっと続けてるし、バスケ部に入るって考えてたんだけど、やっぱ高校といえば軽音じゃん!だから軽音部に入ろうかな。桜はどうするの?」
桜は中学校まで帰宅部だったので高校も帰宅部にしようと考えていたが、乃亜を含む桜の友人が楽しそうに部活をしている姿を見続けて段々と入りたくなってきた。しかし部活は数が多い。取り柄も趣味もない桜にとってはどれを選んでいいのか分からない状況になっている。
「うーん…私まだ決めてないんだ」
「桜は特技とか無いもんねぇ、まぁゆっくり考えたらいいんじゃない?焦って入るものでもないし」
「そうだよね。もう少し考えてみる」
風間学園は二人の集合場所から歩いて15分のところにある。生徒の8割近くが自転車で登校しているため、駐輪場が少し広めだ。2人は徒歩での登校のため、真っ直ぐに校舎へと向かった。
校舎へ入ると多くの生徒で賑わっている。新しい生活に期待を抱くもの、友人とともにこれからを話すもの、1人静かに窓の景色を見るもの。桜はキョロキョロしながら歩いていると誰かにぶつかった。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「ごめんねー!」
ぶつかった人は急いでいるのか、どこかへ走っていってしまった。
新1年生は校舎の3階に教室があるので階段を登っていく。中学校の時と比べて、段差が高くなっているので、運動不足だった桜にとっては少し足に応えた。今は慣れないがいつかここの階段にも慣れるだろう。
「あたしは1年6組だから……階段を上りきったらまっすぐ行けばいいんだね。桜は確か4組だよね?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ左に曲がるから別々だね、また帰る時連絡するから先に帰らないでよねー!」
「うん、じゃあまたあとでね」
3階へ着き、それぞれ各教室へ向かった。教室の窓からは日光が差し込んでいて暖かい。幾人か見知った顔もあったので話しかけようかと思ったが、既にグループができているように見えるためやめておいた。
忘れ物がないか確認もせず、急いで家を飛び出してきたため、何か忘れているのではないかと嫌な予感がしている。生徒たちを見ていると、体育館シューズを手に持っているのが見えた。
(体育館シューズ…!家に忘れた!)
クラスの集合時間まで約30分の時間があるため、家へ取りに行ける時間はある。全力で走れば往復20分で行けるかもしれないと思い、教室を後にした。
(初日から忘れ物ってなにやってるんだ私)
階段を1段飛ばしで降りていく。少しスカートがめくれて見えそうになったが片手でスカートを押さえた。校舎の入り口に着いたとき、たくさんの人混みが見えた。なぜ人が群がっているのか疑問に思っていると___
「おい!あれ見ろよ!!」
一人の男性が空を指差す。そこには得体の知れない生き物のようなものが空を浮いていて、その場をぐるぐると旋回している。ムカデのような容態、全長30メートル以上はあると思われる巨体、そして全身を絵の具につけたかのような禍々しい紫色の体。深淵をも感じさせる目のようなものがギョロリと動いて人混みを見ている。
「な、なんだあれは!?」
「こっち見てるぞ!」
桜も自身の目的を忘れ、その場に呆然と立っていいる。先生も異変に気づいたのか、上の階から数人降りてきた。
「一体どうしたんです……え、なんですかあれ!?」
流石に先生も未知の生物に驚いたらしく、10秒間ぐらいその場に立ち尽くしていた。
(なに…あれ……)
急に生物は旋回をやめた。そして真っ直ぐに人混みを見ると、耳をつんざくような高い叫び声をあげた。
「_______」」
鼓膜が破れそうなほど聴いてて気持ち悪い。黒板を爪で引っ掻いたような音だ。叫び声が止むと、どこかでなにかがぶつかったような大きな衝突音が聞こえた。校舎が大きくぐらりとゆれ、同時に恐怖に襲われた。パニック状態になった人々は我先に逃げようと、生物から離れた場所へ向かった。
全力で逃げていると、後ろから友人の声が聞こえた。
「桜ー!桜ー!」
「乃亜ちゃん!!大丈夫だった!?」
合流できた二人はなんとか状況を整理しようと走りながら話した。この人混みがどこへ向かって走っているのか分からないが、とにかくついていくしかない。
「なんかね、友達と話してたら変な生き物が空から来たの!それでね、ずっとこっち見てたから気味が悪くて逃げてきた!」
「私、忘れ物して取りに帰ろうと下に降りてきたんだけどその時にその生き物が空に浮いてて…で、急に音がして怖くなって逃げたの」
「でも…これって一体誰が片付けてくれるのかな?軍とかが来るのかな?」
確かに考えてみればそうだ。一体誰がこの得体の知れない生物を処理するのだろうか。そもそもあの生物を処理できるのだろうか。疑問が不安を呼び、表情が曇っていく。
「桜そんなに怖い顔しなくても大丈夫だって!きっと誰かがしてくれるんだから!」
「『誰か』…か」
今、生物はどこにいるのか確認しようと後ろの空を見ると、空に人が浮いていた。
「の、乃亜ちゃん!後ろ!後ろを見て!」
「後ろ?」
乃亜も振り返ると人が浮いているのが確認できた。フードをかぶっているように見えるため、顔はわからない。気になったが、今は逃げることだけを考えた。
今日は入学式。そんなことはもう忘れていた。