ハッピーエンド推進委員会
「皆の者、よく集まってくれた。これより第17回ウロナ王国ハッピーエンド推進委員会会議を始める」
薄暗い部屋の中、円卓に座っていた一人の男が仰々しい身振りで挨拶をし、会議は始まった。
円卓に座っているのは全員で12人。皆一様に馬やらトカゲやらの精巧な被り物をしているので顔はわからないが、それぞれが良家の御子息であったり大商会のトップであったり国の要職に勤めていたりと、地位のある者ばかりだ。
「して、代表、此度の議題は……」
ウサギの被り物をした男が、先程皆に挨拶をした馬の被り物をした男に問い掛ける。馬の被り物の男は、わかっているとでも言うように頷いて見せる。
「うむ、我がむす………ゲフンゲフン。アルバート第二王子の例の件についてだ」
馬の被り物の男は国王だった。馬の被り物をした国王、めんどくさいので以下から『馬』とする。
「アルバート第二王子…………あぁ、王太子の癖に立場もわきまえずに庶民の娘に夢中になっているとか言う話ですか。冗談だと思っていたのですが、あの噂は本当でしたか。全く呆れますね」
「お忍びで城下に行かれた際に、パン屋の売り子をしていたその娘に一目惚れしたとか」
鷲の被り物の若い男と、カエルの被り物の初老の男がそれを聞いて短く言葉を交わす。この二人も以下より『鷲』と『カエル』とする。
「ああ、その通りだ。あの馬鹿はそれから身分を隠したままその娘と付き合い始めたらしくてな、だが奴にも婚約者のアリーザ伯爵令嬢が居るだろう? それで勝手に悩んで切羽詰まって婚約破棄までしでかそうとしているザマだ」
馬ががっくりと肩を落として、失望をあらわにした。周りの参加者からも溜め息が漏れる。
「それは………不味いですわね。どうにかして止められませんの?」
「止めるのも重要だが、俺達としてはそのパン屋の娘とアリーザ伯爵令嬢をどうやってハッピーにするかが一番重要だろうな」
「アルバート王子の馬鹿を止めて、かつ皆がハッピーエンドになるようにする。かなりの難題ですね」
順に『タヌキの被り物をした若い女』、『マグロの被り物をした筋肉質な男』、『犬の被り物をした女』の三人の言葉である。
イキの良いマグロは少し思案した後、ふと思い付いたようにパンと手を叩いた。
「婚約破棄、させてしまえば良いんじゃないか?」
「「「は?」」」
全員から疑問符のついた声が上がる。
王家の決めた婚約を勝手に破棄するなんて、そのようなことは絶対に出来ない。もしそのようなことをされて、それが貴族たちの間に広がってしまえば廃嫡は免れない。
それをわかっているから、オニオオハシの被り物をした一人の男が静かに口を開いた。
「マグロ殿、それでは殿下が廃嫡されてしまいま――」
「それの何がいけないんだ?」
「「「へぁっ?」」」
「庶民を王妃にすることなど無理な話なんだから、それなら殿下を庶民にしてしまえば万事解決だろう。婚約破棄は先伸ばしにさせて、その間に庶民の暮らしや金銭感覚について覚えさせて行けば良い」
確かに。マグロの意見はとても良いものだった。王族としての義務を放り出した王子への罰として周りの貴族達にアピールすることが出来る上に、王子もパン屋の娘ともなんのしがらみもなく結婚出来る。これ以上に簡単でハッピーになる方法があるだろうか。
「しかし………残されたアリーザ嬢はどうなるのですか?」
「「「あっ」」」
しかしこれでは足りなかった。タヌキが言うように、残されたアリーザ嬢についての考えが及んでいなかったのだ。
アリーザ嬢とアルバート王子は幼少の頃からの婚約者だった。故にアリーザ嬢は王妃として相応しい女性になるべく、厳しい教育を受けてきたのだ。それが庶民の、ぽっと出の娘によって全て無駄にされたとなっては、辛いどころの騒ぎじゃないだろう。
「アリーザ嬢は、アルバート殿下に対して恋心はなくとも親愛の情などは………?」
「恐らく、それは無いだろうな」
恐る恐る、鷲が馬に聞くと、馬はきっぱりとそれを否定する。
「ただ、アリーザ嬢は王妃として生きる道を強要されてきた身。それ以外の道など考えられないだろうし、たった一人の庶民の娘にその道を崩されたとあっては、自分の存在意義を否定されたとも同じだろう。それにワシはアリーザ嬢以外の令嬢を次期王妃に据えるつもりは無い。なんせ優秀だからな」
「それは良くないですね」
「ハッピーエンドじゃありませんわ……」
真のハッピーエンドとは皆がハッピーでなければならない。誰か一人でも不幸になってしまっていれば、それはハッピーエンドでは無いのだ。
「殿下を廃嫡した後もアリーザ嬢を次期王妃に据えたままにするとして、次期国王候補というと二大公爵家のあの二人だしな……」
「あぁ………ドキュン公爵令息と、モエブタ公爵令息ですか」
「モエブタ公爵令息はともかく、ドキュン公爵令息は絶対に駄目だ。というかドキュン公爵令息は既に三日後に処分されることが決まっているだろう」
「そしてその次の日に出荷ですね」
次期国王候補は王家の血を引く二人の令息。しかしドキュン公爵令息はハッピーエンド推進委員会によって処分されることが既に決められている。彼は周りにあまりにも多くのバッドエンドを振り撒き続けたのだ。
「確か………平民の少女が7人、人妻4人、下級貴族令嬢が2人ヤツによって性的暴行を受け、妊娠してしまった者や自殺者も出ていましたから妥当過ぎるぐらいの判断でしたね」
「ああ、後にも先にも会議が始まると同時に満場一致で処分が決まったのはあれだけだったな」
鷲とマグロがその時の会議を思い出してうんうんと頷く。
ドキュン公爵令息は、国内全体に犯罪者として名が広まり、色々とヤバいお方が集まる娼館で心身ともにブッ壊された所で王都の魔法研究所に送られ、実験動物としてその生涯を終えることになるだろう。というか、会議でそういう事に決まっている。すぐに死なせてやるなんて生易しい事は絶対にあり得ないのだ。
「だから、モエブタ公爵令息が最後に残る訳だが………」
「モエブタ公爵令息ですか………性格よし、頭脳明晰、魔力量も世界最高クラスで剣術をさせれば右に出るもの一人も無し、しかも現状婚約者もいない。見た目はその………少しふくよかではありますがまだまだ許容できる範囲。ここまで聞けば完璧なんですけどねぇ」
ウサギとタヌキがそう言うと、皆も察したのか項垂れたりこめかみに指を当てたりしながら唸り始めた。
「趣味嗜好に難有り………なんですよね」
「ええ、この間なんて『俺は黒髪ロリ巨乳魔王を嫁にするから婚約者は必要ない』って訳のわからない事を口走っていましたし」
流石に時期国王に幼女趣味は駄目だ。彼の性的嗜好は既に周囲に知れ渡っていることもあって、フォローすることも難しい。お陰でスペックだけなら貴族のお嬢様方が群がりそうなものだが、婚約者も未だに居ない。
「妙なクセもありますよね。定期的に『転生者いないか~? もしかして俺だけなのか~?』って大声出しながら歩いていたり、『ニホンジンボシュウチュウ』って書いてある謎のポスター貼りまくったり。あれ何なんですか?」
その答えはこの場に居る面子では一生わからないだろう。まさか彼が『転生者』とかいうテンプレ主人公であることなんて、サブカルの存在しないこの世界の住人では想像することさえ出来ないのだ。
そして、そんなモエブタ公爵令息は、能力に恵まれまくったテンプレ主人公とはいえ、見ず知らずの世界に独りぼっちという孤独に耐えきれず同郷の仲間を探しているのだが、今のところ一人も見つかっていないようだ。
「あの………」
おずおずと、トカゲの被り物をした少女が手を挙げた。それを見た馬が何かと思い発言を許す。
「確か第一王子のユリウス殿下は隣国に留学中に、その………男爵家のお嬢様を殺害しようとしたとか公爵家のお嬢様に冤罪をなすりつけようとして、既に廃嫡されていましたよね?」
「えっ、あっ、ああ、そうだな」
馬が『たった今思い出した』とでも言うようにしどろもどろな返事をする。一同は思った、兄弟揃いも揃ってろくでもない王子に育ったものだと。そして一同はこの時思い出した、第二王子のアルバートが廃嫡されてしまうと何が起きるのか。
「ドキュンは処分、モエブタ公爵令息は性的嗜好で駄目、ユリウスは既に廃嫡済みで、アルバート殿下も廃嫡となると、誰が王太子になるのですか?」
「あっ、ええと………それは………」
やはりアルバートと例の娘には別れて貰い、アリーザ嬢にも妥協してもらう他ないのだろうか。ハッピーでは無いがノーマルまでには抑えられるだろう。
ドキュンには消えてもらうとして、モエブタ公爵令息の性的嗜好を矯正するという方法もある。しかしモエブタへの周りからの目は現状厳しいものはあるので、直したとしてもどうなるものか。一応現在でも彼のその優秀さから支持する声もあるのだが、やはりその数は少ない。それに、幼女趣味は不治の病という言葉もある。
「どうすれば………」
現実を取るか、ハッピーエンドを取るか。現実を取っても一応はハッピーではなくともバッドでもない結果は得られる。理想と現実の狭間で一同は迷っていた。ただ一人を除いて。
「ご主人様、ご主人様なら良いのではないでしょうか? 17にもなって、婚約者もまだ居りませんよね」
「なっ、何言ってるんだカエル! 私が名乗り出るなど不敬にも程があるだろう。だいたい私は血縁も薄いし家の爵位は伯爵で足りてるんだか足りてないんだかわからないし、魔力も上の下ぐらいで貴族としては微妙だし、剣術だって万年11位でやっぱり微妙だし、私自身たいして魅力もなければ能力も無いんだぞ」
ひたすら鷲を小突き続けるカエルと、小声で自分の全てを否定しまくる鷲に注目が集まった。鷲はそれに気付いていないのか、くどくどと如何に自分がアリーザ嬢に相応しくないか語り続けている。
「―――以上から私は彼女に相応しくもなければ王太子になれる素質も無い。だいたい今父上より任されている領地に関しても未熟で至らない点が多く、民にも多くの迷惑をかけてしまっているだろう。そもそも私は為政者に向いていない」
「ご主人様が任されている領地に関しては、そう思っていらっしゃるのは恐らくご主人様だけであると思うのですが………あとご主人様、お顔はかなり宜しい方で御座いますよ」
「イケメンじゃないし脳ミソも足りてない! 無理!」
そこまで言い切ったところで鷲はやっと自分達に視線が集中していることに気付いた。馬からの獲物を狙うような鋭い視線が突き刺さる。
「鷲ィ…………お主のところの3代前、確か当時の第二王女が嫁いでった筈だよなァ………」
「えっ? あっ、う、馬殿? 確かにその通りではありますが、如何せん私自身の能力が足りていないと言うかァ――」
「鷲ィィッ!」
「ヒェッ!」
馬はおもむろに席を立つとドスドスと大股開きで威厳の欠片も無く鷲に近付いた。そして鷲の両肩をガシリと力強く掴む。振り向いた鷲と馬の視線が被り物越しにピタリと合った。
「………ワシの息子になれ」
数秒の静寂。
凍り付く鷲。
席から立ち、スッと鷲席の近くに控えるマグロとカエル。
全員の意見は纏まった。
「えっ………ちょっ、無理です無理無理無理無理ィイ!」
「そうつれないことを言うな鷲よ。お主の家にはお主の弟もまだ居るのだし跡継ぎの問題もない。王家の跡継ぎに問題がありすぎたから仕方の無い話なのだ」
「無理です馬殿! いや、陛下ァ!」
両の手のひらを馬に向けて目にも止まらぬ速さで振り、必死に抵抗する鷲。しかし彼に助け船を出す者は誰一人として存在しなかった。何故ならそれで皆が望んだハッピーエンドが得られるのだから。
「……………マグロ、カエル、頼んだぞ」
馬がそう呟いて両手を鷲の肩から放すと、入れ替わるようにマグロとカエルが前に出た。その余りにもスムースな連携により、鷲の逃げる隙など存在しなかった。
ロクな抵抗も許されずに両腕をガッシリとホールドされる鷲。鷲は逃げようと試みるが、マッチョのマグロは兎も角ジジイのカエルの予想外のパワーに全く歯が立たない。
「坊っちゃま、良いことではありませんか。貴族の長男の癖に女日照りだった坊っちゃまに、やっと婚約者が見つかったのですよ」
「良くない! 全然良くない! 騎士団ちょ………マグロ殿もおかしいとか思わないんですか!」
「いんやぁ、おかしくはねぇなぁ。でも良かったんじゃねえか? アリーザ嬢といやぁすんごいオッパイでも有名だもんな。お前巨乳好きだろ? 知ってるんだぜ、お前が騎士団の寮で剣術修行してたころ――――」
「わぁぁぁぁぁ! もういいから、黙ってくれぇぇ!」
鷲が自分の性癖をマグロに暴露されている間に、他の会員達は計画を行動に移し始めていた。ある者は王子に庶民感覚を掴ませる為の作戦を、ある者はパン屋の娘と王子に一夜の過ちを犯させる為に外国から強力な媚薬を、ある者はアリーザ嬢の実家と連絡を取り合い今回の会議の結果を。
そして、
「あー、うん。そう言うことだから、宜しく頼むぞ。うんうん、王太子にするから。結構優秀だし大丈夫だ、大丈夫。あ、マグロ、カエル、話はついたから王城の南の塔の部屋まで宜しく。明日からそこに住んで貰うから」
うまは あとつぎを てにいれた!
「では、いきましょうか坊っちゃま」
「殿下がやってきた王太子の勉強を短期間で終わらすんだ。キツイどころの騒ぎじゃないぞぉ。頑張れよ」
「畜生ぉぉぉぉ!」
鷲。コー伯爵家の長男で、本名はシュジーン・コー。後のウロナ王国一の賢王、シュジーン国王である。後の王妃アリーザとは互いに想い合う仲となり、生涯で五人もの子をもうけることとなる。
あと、余談ではあるが、モエブタ公爵令息は数年後に起きる魔族との戦争の際、単身魔族領に乗り込み、和平締結の書状と黒髪ロリ巨乳魔王な嫁を連れ帰り、ウロナ王国一の英雄と呼ばれることとなる。
そして数多のハッピーエンドの裏で、ハッピーエンド推進委員会は暗躍し続けるのだ。
読んでくださりありがとうございました。