一札目 最期の最初
明るいのだろうか、暗いのだろうか、分からない。
泥のように微睡む意識の中、ぼんやりとそんな事を考える。
「はい、次。……貴方は数多くの動物を痛めつけ、弄んで殺してますね。地獄行きです」
ペラペラとめくる音が聞こえた後、そんな言葉が紡がれた。
地獄行き? 何だそれは。
「はい、次。……貴方は特に何もないですね。前科は幾つかありますが、どれも冤罪ですね。天国行きです」
またペラペラと何かをめくる音が聞こえた後、そんな言葉が紡がれた。
天国行き? 何だそれは。
「はい、次。……貴方も特に何もないですね。堕胎したのは減点ですが、情状酌量の余地があります。天国行きです」
さっきから何を言っているのだろうか。
……さっき? ……駄目だ、うまく思考がまとまらない。
「はい、次。……貴方は紛うことなき大罪人ですね。人を何人殺してるんですか。はぁ、地獄行きです」
人を殺すと罪になるらしい。
当たり前だろ……いや、当たり前なのか? 当たり前って何だ?
「はい、次。……ふむ、これは難しい案件ですね。一旦保留にさせていただきます。留置所行きです」
難しい案件もあるらしい。
……だめだ。考えようとする度に考えが端から薄れていく。
「はい、次。……貴方は親を殺してますね。情状酌量の余地ありですが、その後の生き方が駄目です。地獄行きです」
もう何も考えたくない。
……もう? ……分からない。
「はい、次。……貴方は――
――い、次。……貴方は人を殺していますが、これは偶発的な事故ですね。天国行きです」
ぁぁ、ぅぅ。
「はい、次……ってちょっと待った! この人半覚状態ですよこれ! 魂に亀裂が走ってます! すぐ医療室に連れて行って!」
、りょう?
な、に?
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頭がぐわんぐわんする。
スピリタスを罰ゲームで飲まされて救急車に運ばれた時ぐらいぐわんぐわんする。
胃の中全て吐き出して胃の中丸ごと洗浄したい気分だが、吐けそうで吐けない。
「――!」
何だろう、どこからかくぐもったような声が聞こえてくる。
だが、何を言っているのかさっぱり分からない。
何を言っているのか一瞬聞こうと意識を傾けたのだが、それよりも痛みの波のほうが激しく辛い。
徐々に弱まっている感じはしているのだが、収まる前に吐き気で気絶してしまいそうだ。
前後不覚な状態で手を頭に当てようとした。
が、手が当たらない。
「い――――か?」
今度は少しだけ聞こえたがそれどころではない。
手が動かない? 手の感覚が一切ない? いやそもそも手がない!? 足は!? 体は!? 何なんだこれは!? どうなっているんだ俺は!!?
「駄目――――急激な――――精神が――――をする!」
あああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁ
「――――です! ――――を失う可能性が――――」
「魂魄が――――だろ! すぐに――――を発動させる」
混乱して発狂しそうになったが、唐突にストンとこの状況を納得したかのように落ち着いてきた。
発狂している場合じゃない、次のことを考えろ。
理性が感情を喰らうかのように平静さを取り戻す。
一体どこなんだここは。
波の上で体が浮いているような、無重力空間にいるような、そんな感覚がする。
「……聴こえるかね?」
どこからか声が聞こえてきた。
先程聞こえてきた声だろうか。
とりあえず返事をしようとしたが、どうしたら声が出るのか分からない。
そもそもどうやって声が聞こえているのか、それすらも分からない。
「んー、正常値の範囲で振れているから理解は出来ている筈なんだが」
「もしかして認知錯誤状態になっているのでは?」
正常値とは一体なんだ?
認知錯誤状態とは一体なんだ?
「かも知れんな。……少年、いや少女か? まぁいい、話を進めるぞ。いま君は魂だけの状態だ、肉体は無い。それでも私の声は聞こえる筈だ」
確かに聞こえている。
確かに聞こえているのだが、魂だけってなんだ?
というか今俺の置かれている状況って一体どんな状況なんだ?
「む、少し振れたな。と言うことはやはり聞こえてはいるか。……まぁ少し落ち着いて聞き給え。魂だけの状態と言ったが、魂の形は君の認識に依るものが大きい。多少の程度は有れど大体は自分自身を象るものだ。自分自身のことを少し思い出してみたまえ」
非現実的過ぎて頭が理解を拒もうとしたが、今この状況を他に説明する手立てがない。
ここは兎にも角にも試してみるべきだろう。
まず自分のことを思い出す。
俺の名は【有村 輝羅】
性別は男、年齢は23歳。
体形は中肉中背、目も髪も黒の普通の日本人だ。
強いて特徴を挙げるなら背中に虐待の傷痕が残っているくらいか。
瞬間、白を認識し、墜落。
ガツンと床に頭から落ちる。
「いっつてー」
また別の意味で痛み出した頭に手を当てる。
今度はしっかりと額に触れることができた。
よろけながらも転ばないように立ち上がると、そこには一人の老人が丸椅子のようなものに座っており、その椅子の横にもう一人が秘書のように立ち、自分をみつめていた。
「視えるかの?」
「あ、はい。見えます」
「ならば宜しい。ではこれで」
そう言ってお爺さんっぽい人は立ち上がり去っていった。
視線を戻すと老人が座っていた椅子はなくなり、秘書っぽい人とまだ頭痛が治まらない自分がポツンと取り残された。
僅かな沈黙のち、執事?は溜め息をこぼして首を振った。
「はぁ、適当なお方だ。取り敢えず君」
眼鏡をクイっとあげてこちらを見つめてくる秘書らしき人。
漂う雰囲気や出で立ち姿から詰問されているような感覚を受けるが、じっと秘書を見る。
中々に凛々しく洋風な顔立ちから、かなり女子受けしそうだ。
そんなどうでもいいことを考えていると、風を切る音とともに秘書は90度腰を曲げた。
「へっ?」
「申し訳ない!危うく君の魂が壊れるところだった!」
「……はぁ」
突然の謝罪に理解が追いつかず、曖昧な返事を返す。
困惑してたままな謝罪相手を知ってか知らずか、腰を曲げたまま謝罪者は話を続ける。
「まさかあの状況で意識を保っている人がいるとは考えていなかった!本当にすまない」
「あ、はい。そうですか」
正直何の謝罪を受けているのかさっぱり分からないが、日本人特有の事なかれ主義でなんとなく返事を流す。
勿論正直に言ってもいいのだろうが、下手に本当のことを言ってこの件がチャラになってしまうと、何かあった時の交渉材料が一つ無くなってしまう。
それはきっと不味いはずだ。
……そんなふうに考えていると、いつもと違ってズル賢い、らしくない返答の仕方に少し疑問を覚えた。
内心首を捻っていると秘書っぽい人が更に言葉を続ける。
「何か言って頂ければ、出来得る限り望みは叶えよう」
「ぇ?」
「何かありましたでしょうか?」
ナニコレそう言うお話?
つまり元の世界で生き返ることも可能……いや、やっぱあの世界には戻りたくないな。
思い出したくもない過去ばかりだから、たとえ戻ることが強制なのであっても、全力で拒否させて貰おう。
次に考えられるのは異世界だろうか?
ラノベ的な展開自体には興味なくはないのだが、正直もう生きてるのは十分といった感じであまり嬉しくはない。
取り敢えず、降って湧いてきたぼた餅なのだから、後悔のないように聞いておこう。
「自分が生きていた場所で言う『異世界』と言うものは有りますか?」
「君の想像通り……と言うモノでは御座いませんが、一応似たようなモノなら有ります」
「似たようなモノ、ですか。そこの世界で生まれ直すといったことは可能ですか?」
そう訊ねると執事らしき人は口に手を当てて悩みだした。
結構難しい案件なのか眉間にしわを寄せている。
《難しい案件》? 何処かで聞いたような気がする、がまぁ昔の仕事場での話だろう。
幾分か執事?は悩んだのちに俯きがちだった顔をあげる。
「出来なくはない……とお思いますが、かなり特殊な事例ですので一度主人に伺ってみましょう。付いてきてください」
そういうと、執事は何もない空間へ向かっていった、かと思えば急に現れた扉のドアノブに手をかけた。
ぼーっと見ていた自分は何処と無く不味い感じがして、急いで追いかけることにした。




