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とある騎士団長の話

初投稿

 昔、ある町に二人の若者がいた。

どちらも剣術を中心に、あらゆる分野に優れていた人物であった。

 若者の一人はザック、大柄な男で大胆不敵、豪快奔放、剛毅果断という言葉の似合う人物であった。

 もう一人の若者の名はエーミール、落ちつきのある男で湛然不動、重厚謹厳、冷静沈着という言葉の似合う人物であった。

 この二人は昔からの幼なじみであり、共に騎士になろうという夢があった。

 二人は共に同じ師の元で育ち、互いに助け合いながら強くなっていった。



 師から一人前と認められた彼らは自分たちの育った街を憧れの騎士団に入ると、その才能を発揮した。

入団してから数年後経った頃には共に部下を率いるほどの立場になっていた。

 互いに騎士としての仕事が忙しいかったが、それでもなお二人の友情は変わらなかった。

 互いに示し合わせて休みを取り、剣の手合わせをし、酒場で酒を交わし、好きな女の事を語らい、共に笑い、共に泣き、楽しいことも悲しいこともを共有した。

 二人は互いに認める親友であった。



 そんなある日、エーミールが王に呼ばれた。

 エーミールは、一体なにごとかと王の居る玉座へと向かった。

王の元へたどり着くと、開口一番王は彼に騎士団長に任命すると言った。

 その言葉を聞き、エーミールはとても喜んだ。

 やっと自分の目指すものの頂点へたどり着くことが出来たのだと。

 王の謁見と細かい手続きを終えた後、書類上は騎士団長となった男はすぐに親友であるザックに報告した。ザックはその事を大いに祝福し、

 親友として君のことを誇りに思う。

そう言って親友の今後の活躍を称えた。


~~~~~~~~~~~


 就任式を終え、エーミールが新しい騎士団長として就任してから1年が過ぎたころ、西の果てに魔王と名乗るものが現れた。

 魔王はそのすさまじい力を持って悪魔や魔獣を始めとした魔に連なる者たちを率い、近くの国を滅ぼしていった。

 二人のいる国も彼らの所属している騎士団を中心に多くの人々が魔王の軍勢と戦った。

 しかし魔王の軍勢は非常に強く、その侵攻を止めることは難しかった。

 魔王軍の侵攻を食い止め、魔王軍との戦争が拮抗状態になった時には魔王が現れから2年の時が過ぎていた。



 ある日、国全体で信仰する教会の大神父に一つの神託が下った。

 とある田舎の村に魔王を打ち滅ぼす勇者が現れると。

 ほどなくして勇者として神託を受けた者は見つかり、王城へと連れてこられた。

 勇者とされた者も勇者としての神託をうけているらしく、自身も勇者として魔王と戦う覚悟があった。

 王はこの勇者の出現に喜び、この国の騎士団や他の者たちと共に魔王を倒し世界を救ってくれるように頼んだ。

 勇者はこう答えた。


 今の自分1人の力では魔王どころかその幹部ですら倒すことは難しい。

 自分が魔王のもとへ行き、魔王を打ち倒すために共に魔王と戦ってくれる仲間が欲しい。

 だが、大軍勢では非常に目立つし、神から受け取った魔王と戦うための力は自分を含めた数名しか使用できない。

 そこで王様にお願いしたいのが、国として勇者である自分への援助と優秀な騎士の引き抜きの許可。

 どちらも可能な限りで構わない。


 王はどちらもできる限りのことを尽くそうと勇者に約束した。

 勇者は王から城の武器庫にある最高の装備を受け取ると、騎士の誰を連れて行くのか王と話し合った。


 騎士団長となり数多の戦場を駆けていたエーミールは自分が選ばれるであろうという強い自信があった。

 この国でもっとも強い騎士である自分が選ばれるはずだ、と。

 だが、選ばれたのは彼の親友であるザックであった。


 その事を聞いたエーミールはなぜ自分が勇者の仲間に選ばれなかったのか王に問うた。

すると王は、こう答えた。

 君は我が国が誇る最高の騎士だろう。

 もしかしたら君の方が勇者の仲間として彼よりふさわしいのかもしれない。

 だが、騎士団長である君の代わりは誰にもつとまらん。

 君以上に騎士団を率いて戦える者がこの国にはおらんからだ。

 これから先、さらに激しくなるであろう魔王軍との戦いには君の力が必要なのだ。

 それにこの国で最高の実力を持つお前と並ぶ彼ほど勇者の仲間としてふさわしい者もおらんだろう。

 それになにより、彼を選んだのはほかでもない、勇者だ。

 エーミールはその言葉を理解することは出来たが、納得することができなかった。


 王の謁見を終えた帰り道で、エーミールはザックに会った。

 ザックは自分が勇者の仲間に選ばれたことを親友であるエーミールに笑顔で伝えた。

 エーミールはその事を大いに祝福し、

 親友として君のことを誇りに思う。

 そう言って親友の今後の活躍を称えた。

 だが、エーミールは優秀であるはずの自分ではなくあの男が選ばれたという事実を認めることがが出来なかった。

 エーミールの心には親友であるザックに今まで抱いたことのないような、黒い感情が芽生えていた。


~~~~~~~~~~~


 ザックが勇者と共に旅に出てから半年がたった。

 勇者一行の活躍は素晴らしかった。

 魔王軍に占領された町を次々に開放し、つい先日には魔王の幹部の一人を倒したという。

 エーミールも彼らに負けじと魔王軍との戦いに尽力した。

 しかし王や国民から称賛されるのは勇者とその仲間ばかりで自分には称賛の声はなかった。

 エーミールはさらにザックに対してさらに黒い感情を募らせた。

 あいつさえいなければ、自分が勇者の仲間となっていた。

 あいつさえいなければ、自分がその名誉ある役割にいた。

 あいつさえいなければ、自分がその称賛を浴びていた。

 あいつさえいなければ

 あいつさえいなければ…



 そう考えていたある日の夜、一匹の悪魔がエーミールの部屋へやってきた。

即座に斬ろうと剣に手を掛けたが、悪魔は落ち着いた様子で話を始めた。

 悪魔は言った。


君の親友であるザックは素晴らしい騎士だ。

勇者と共に私の仲間たちを次々に倒していく。

それに比べ、君はなんだ。

町の人々の話を聞いたことがあるか?

城で働いている給仕たちの噂話を知っているか?

誰もかれも勇者の話ばかりで君の話なんて一言も出てこない。

でもまあ仕方ないよね。

君より彼の方が優秀だったんだから。

でも、もし…?

彼の代わりを君ができるとすれば…!

彼の受ける名声も称賛もすべて君の者だ!

方法は簡単さ!

彼を殺す。

ただそれだけさ。

それだけで君の欲しいものが!

すべて!手に入る!


 気づけば聞き言ってしまったエーミールは取るに足らん戯言と吐き捨て悪魔を斬ろうとしたが、すんでのところで逃げられてしまった。



 悪魔との1件から数日後、騎士団を率いて魔王の軍勢との決戦を控えていたエーミールの元に1つの報告が入った。

 勇者とその一行がこの戦いに参加するであろう魔王を倒すために参戦するためにこの決戦の場へ向かってきているらしい。

 エーミールは先日悪魔に言われた言葉を思い出していた。



 その日の夜、エーミールは戦場を見渡せるほど高い崖の上にザックを呼び出した。

 これがお互いに最後になるかもしれないから、君と話したい、と。

 そして、ザックはエーミールが待つ場所へやってきた。


 二人はこれが最期になるかもしれないと、様々なことを話した。

 今までの魔王軍との戦い、勇者の活躍、これからの戦いのこと、魔王を倒した後のこと

 そして、互いのこれからのことを話し合った。


「俺はお前がうらやましかった。」

「へへへ。そんなこと面と向かって言われると照れるじゃねえか」

「勇者と共にいろいろやって、みんなから慕われて…」

「やめてくれよ、恥ずかしい」

「…なんでお前なんだ」

「エーミール?」

「なぜ、俺ではなくお前なんだ…」

「エーミールお前、様子がおかしいぞ」

「お前さえ…お前さえいなければ!」

「エーミール!どうした!落ち着け!」

「黙れ!お前がいなければ俺が勇者の仲間になっていたんだ!」

「それを言うなら俺だって!」

「うるさいうるさいうるさい!お前さえいなければぁぁ!」

そう言うとエーミールは…



ザックを崖の下へ突き落した。

この高さではザックは助かるまい。

そう思い、エーミールは微笑んだ。

これでやつのすべてが俺のものだと。



「ひゃーひゃっひゃっひゃ!本当にやりやがった!騎士団長が親友を殺しやがった!」

いつの間にかいた悪魔が言った。

 その一言でエーミールは自分のやったことの重大さを理解した。

 そして、自分が親友を自らの手で殺してしまったことを後悔した。

 その直後、悪魔は一瞬で切り捨てられる。

「騎士団長殿、大丈夫か」

「勇者殿!」


 いつからいたのだろうか。

 突然現れたようにも見える勇者は悪魔を斬り捨てると、まっすぐにエーミールの元へ歩いてきた。

「騎士団長殿、大丈夫か。」

「勇者殿!」

「無事なようだな。ザックは?あなたと一緒にいたはずの彼はどこに?」

「…俺は最悪なことをしてしまいました」

「一体何を」

「俺は、無二の親友を自らの手にかけてしまった」

「………」

「悪魔の甘言に乗せられた、などと言い訳するつもりはない。私の意思で彼を殺してしまったんだ」

「…君の友人は最後まで君のことを恨みはしなかった。このことは誰にも言わない。

これからどうするかは自分で考えてくれ」

そう言って勇者はエーミールに背を向けて歩き去っていった。



 騎士団長は自分を責めた。

 なぜ、自分は悪魔の甘言に乗ってしまったのか。

 自分の親友はあれほど良い奴だったのに。

 ほんの少し魔がさしただけ?

 悪魔の誘惑にきまぐれに乗ってしまっただけ?

 そんな言葉で許されるはずがない。

 自分の親友を自らの手で殺してしまうなど。

 エーミールは叫んだ。

 彼の叫び声を部下たちが聞き、エーミールをこの異常行動を抑えるまで、彼は喉が張り裂けんばかりの声で泣き叫んだ。

勇者が魔王を打倒したのはその日の翌日だった。


~~~~~~~~~~~


 勇者が魔王を討伐してからも人々の平和は脅かされていた。

 魔王が死んだ後も、魔獣や魔王軍の残党が人々を襲っていた。

 人々は勇者とその仲間たちに救いを求めた。

 しかし、勇者たちは戦わなかった。

「魔王を倒すまでが僕たちの役目であり、魔王を倒した今、自分たちの力は少しずつ衰えている。今の自分たちでは人々を救えない。これからの人生は穏やかに暮らしたい。探さないでほしい」

 そう言って勇者たちは姿を消した。


 騎士団長であるエーミールは魔王軍残党を始め、人々の生活を脅かす者たちと何度も戦いを繰り広げた。

 彼を知る者は言った。

 団長は勇者が魔王を倒した後、人が変わったようになった。

 悪い意味じゃない。

 なんというか、こう、優しくなったというか、もともとすごい人ではあったんだがそれがさらに拍車をかけているというか…

 とにかくあの人はいい意味で変わったよ。



 魔王が倒されてから1月後

 エーミールは王に呼ばれていた。

「王よ、一体何事でしょうか」

「うむ、実は君に褒美を取らせようと思ってな」

「褒美…ですか」

「ああそうだ。

 本当は勇者殿にも渡すつもりだったんだが、彼は


『自分には平和な田舎暮らしが割にあっています。もし、僕に褒美をくれるというなら、国の一大事でもない限り僕を呼ばず静かな暮らしをさせてください』

といってどこかへ行ってしまった。

 彼の仲間たちも行方が分からぬ。

 魔王が出現してからの君の活躍は素晴らしいものだった。

 戦果は勇者にほとんど劣らぬ活躍をした。

 人の上に立つものとしては、そんな活躍をした者に褒美をやらないのは示しがつかぬ。

 騎士団長エーミールよ、勇者が手にするはずだった分の褒美も受け取ってはくれぬか」

「申し訳ありません、私も勇者様と同じくそんな褒美を受け取ることは出来ません」

「なんと!勇者といい君といい、なぜ褒美を受け取ろうとせぬのだ?」

「勇者様がなぜ褒美を受け取らないのかは分かりませぬ。ただ…」

「ただ?」

「私には、そのような褒美を受け取る資格がありません」

「………おそらく君は、君の友人のことを言っているのだろう」

「…はい」

「話は聞いている。悪魔に操られていただろう。私の腹心の部下であった大臣もその悪魔に操られ、民たちを苦しめていたという。君が気に病む必要はない」

「それとこれとは話が別です。少なくとも私は…

あいつが納得できるほど人を救う覚悟を決めなければ救われないと考えました。

だから私は、まだ受け取ることができません」

そう言ってエーミールは去っていった。


 エーミールの活躍はすさまじかった。

 魔王の出現によって野放しにされていた大規模な盗賊団の掃討を始め、

 大発生したゴブリンとオークによる混成軍の討伐、

 国の存亡を賭けた魔王軍残党との決戦はまだ耳に新しい。

 そこで行われた魔王軍四天王の一人との戦場での一騎打ちは勇者と魔王と対決に次ぐ名勝負として今なお語り継がれている。

 エーミールは、その活躍によって得られた金や財宝は必要最低限の額を受け取ると、残りはすべて貧しい人々を救うために寄付していた。


 数十年後、騎士団長は教会から『聖人』として称えられ、王からは『聖騎士』という称号を授かった。

 晩年、彼は病床に伏していた。

 彼を救おうと様々な人間が救いの手を差し伸べたが、彼はそれをすべて断った。

 自身の病がもう治らないものだと理解していたというのもあるが、一番の理由は老い先短い自分の為に他人が時間を使う必要はないと思ったからだった。

 彼の元にはたくさんの人達が集まった。

 長年尽くしてきた王とその一族の人々。

 彼と共に戦場を駆け、彼の引退後も国の為に戦ってきた騎士団の面々。

 彼の行いで救われた多くの国民たち。

 かつて勇者と呼ばれた人の姿もあった。


 勇者は寝台に寝込んでいるエーミールのそばに行くと、彼に問うた。

最期に望む願いはないか、と。

彼は言った。

「叶うことなら自分の親友だった男に会いたかった。ただ一言、謝りたかった。」

そう言う彼の目には涙が浮かんでいた。

「そうか。」

そういうと、勇者は彼の部屋から去っていった。



 それから数日後、彼の元に彼の友人だと名乗る一人の老人がやってきた。

 エーミールには友人を名乗るその老人に覚えがなかったが、わざわざ来てくれた者を帰すのも忍びないと思い、その老人に会うことにした。

 老人はエーミールの顔を見ると開口一番こう言った。

「久しぶりだな。」

「…その声…お、お前は!」

 エーミールは、その声を忘れてはいなかった。

 忘れない日は一度もなかった。

 若き頃から一緒にいた親友ザックの声なのだから。


 ザックは昔話を語り始めた。


 君が騎士団長になりしばらくしたころ、悪魔が現れた。

その悪魔は彼を殺せば君が騎士団長になれるといった。

その時は気にしなかったが、日に日にその思いが強くなり、お前を殺そうと思った。

 共に酒を飲んだ帰り道、後ろから君を殺そうとナイフを取り出した。

俺のその凶行に気づき、止めてくれたのが勇者だ。

 俺は、このまま騎士団長であるエーミールと共にいると、無二の親友を殺してしまうかもしれないと勇者に言った。

 当時、勇者は強い仲間を探していたということもあって、俺を仲間にすることにした。

幸いにも王は俺が勇者の仲間になることを止めはしなかった。

 騎士団長になったお前がいたからだ。

 その後のことはお前も知っているだろう。

勇者の元で仲間と共に魔王の手下どもを蹴散らしていった。

 お前のことは心配していなかった。

 勇者の活躍と変わらないくらいお前の活躍は耳にしたからな。

 そして魔王との最終決戦を控えたあの日、お前に話したいことがあると呼び出されたんだ。

 俺は全く心配していなかったが、勇者から会うのをやめといた方がいいと忠告を受けた。

 その忠告を無視してお前に会った。

そして、俺はお前に崖から突き落とされた。

 まあほとんど傷も無く、無事だったんだがな。

 勇者は俺に何かあってはまずいと仲間たちを俺が落ちても大丈夫なよう崖の下に待機させ、自分はばれないように俺の後をつけていたんだ。

 お前のあの時の言葉は覚えている。

 正直、今思い出しても耳が痛い。


…俺は勇者がいたから君を殺さずにすんだ。

 もしあの時、勇者が俺を止めなければ俺はお前を殺していたかもしれない。

 だから君が俺を殺そうとした気持ちはよく分かる。

 お前に落とされたとき、俺はお前を恨んではいなかった。

 もしかすれば俺がお前と同じことをしたかもしれないのだから。

 お前のその後の活躍は聞いている。

 勇者がいなくなって新たに始まった戦いを終わらせていたんだな。

 本当はお前の元へ行きたかったんだが、魔王との戦いで勇者様を始め、俺たちは以前のように戦うことが出来なくなってしまった。

 だが、お前がいたから今の平和がある。

 だから過去のことは気にしないでくれ。


 ザックの話を聞いていたエーミールの頬にはいつの間にか涙が流れていた。

ザックもまた泣いていた。


 ザックがエーミールの元を去った後、エーミールは惜しまれながらもこの世を去っていった。

これでやっと自分は休める。

 最後にそう言って眠った彼の顔は、安らぎに満ちていた。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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