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奪われ令嬢

悩める王子と呪いの言葉

作者: 長月 おと

本編「奪われ令嬢は星にキスを捧げる」のスピンオフ「変態令嬢の落とし方」から10年後のお話です。※どちらも異世界恋愛カテゴリ

単品でも読めますが、より登場人物について理解したい方は本編やスピンオフを読むことをオススメします。

 

 僕はミリタリアム王国で歴代最高の美貌を持つ夫婦と言われる父ユリウス国王と母クラリッサ王妃の間に生まれた第一王子アレクシス、9歳。


 格好良くて、仕事ができて、人望も熱い父譲りの金髪と赤い瞳は自慢の色で誇りだ。母ほどではなくとも勉強に関しては賢い方らしくて、まわりも「さすが王子、将来安泰だわ」「国王陛下も王妃殿下もお喜びですな」と持て囃す。これだけなら最高の王子じゃないかと思うが、僕はものすごい不満を抱えている。




 今日も王城の庭で剣の鍛練をしている。練習相手と向き合い、木刀を打ち合うが僕の手は相手の打撃の強さに悲鳴をあげている。疲れた手では相手の渾身の一太刀を流しきれずに思い切り木刀で受けてしまい、カランと落としてしまう。



「くっ!うわっ」

「わーい!私の勝ちー!ってごめんなさい。アレク様、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ、ユフィ」

「良かったぁ。でも念のため冷やしましょう……可愛い手が真っ赤」



 彼女は父上ユリウスの親友イサーク叔父上と母上クラリッサの妹キャロル叔母上との間に生まれた長女ユーフェミア、僕と同い年の従兄妹。

 ユフィは木刀を落としてしまった僕に片膝をついて手を優しく確認する。銀髪をひとつに束ねて後ろに流し、紫の瞳を揺らしながら紡ぐ言葉は僕より王子様だ。

 侍女が持ってきた冷たいタオルをユフィが受け取ってそっと僕の手を包んでくれると遠くから聞こえてくる。



「まぁ、見て見て。ユーフェミア様は本物の騎士のようですわね。なんと凛々しい」

「えぇ、アレクシス殿下がまるでお姫様のようで絵画を見ているようだわ」



 知っている。ユフィの持つ色彩はキャロル叔母上を引き継いでるが、顔立ちはイサーク叔父上に似ていて柔らかいけど凛とした空気を纏っている。僕が心配だからと女の子なのに練習に付き合ってくれているが、訓練用のズボンを履いた姿は男装麗人のようで……悔しいけど僕より格好良い。それだけならいいけど、聞こえてくる言葉はまだ止まらない。



「ユーフェミア様は格好良い……アレクシス殿下が可愛い」

「本当に殿下は両陛下に似ていて……可愛い」

「パーフェクトな顔の作り……可愛い」

「悔しがる姿も……可愛い」

「とにかく可愛い」

「閉じ込めたいくらい可愛い」



 遠くで静かに見守っているメイドたちの言葉が興奮していることで声が大きくなり聞こえてくる。最後の言葉など怖い。

 日々聞こえてくる可愛いコール。止まらない可愛いコール。むしろ増えていく可愛いコール。最近は部屋で勉強していても、寝室で寝る直前に幻聴まで聞こえてくる恐怖の呪いの言葉。



 僕は可愛いとは認めたくない!顔立ちは比較的父上似ている。鼻筋は通っていて睫毛はフサフサで、綺麗な二重のパッチリな瞳、日焼けしない白い肌に、唇は母上に似て綺麗な桃色プルプルだけど僕は父上のように格好良いと言われたいんだ!



 僕にはもうすぐ4歳になる弟、第2王子ミハエルがいる。忙しい父上と、最近つわりで部屋に引きこもりがちの母上の代わりに時間を見つけては構っていたので、ミハエルはいつも僕をキラキラした眼差して見てくれる。そんなミハエルこそが可愛いと思っていたというのに先日ポロリと「かわいい」と言われて思わず聞き返した。



「格好良いじゃなくて?」

「うん、あにうえ、かわいい」

「可愛い?」

「うん、いちばん、かわいい、みんないってる…………どうしたの?」



 僕はその場で崩れるように四つん這いになり項垂れた……。ショックだった……。僕はまだ子供だから大人に可愛いと言われるのは仕方ないと聞き流せたが、年下のもっと可愛いはずの弟(母上そっくり)にまで呪いの言葉をぶつけられた。兄の威厳として僕は格好良いと、尊敬されたいのに。だというのに……っ!

 だから僕は最も尊敬する人に相談することにした。



「父上、僕はどうやったら可愛いと言われなくなりますか?最近、どこにいても幻聴のように聞こえるんです」

「……………………無理じゃないか?」



 休憩時間を狙って父上の執務室にお邪魔して悩みを打ち明けたのだが、長い無言のあとに絶望の言葉をもらった。そんな……僕は……父上のようには……


「いや……アレクシス、お前はまだ子供だ。親から見て可愛いのは仕方ない」

「でもミハエルにまで言われて……僕……」

「ほら、すぐに涙を浮かべて瞳をうるうるさせてたら小動物のようで可愛く見える。それでは無理だ」

「────なっ!」



 父上に指摘されて気付かされる。父上は家族の前でも常に沈着冷静なクールな振る舞いで動揺する姿を見せない。

 唯一強い感情を見せるのは母上が何かをしでかしたと部下から報告を受けた時だ。何をしたかは全く隠されて僕には教えてくれないけど……とにかく笑顔なのに怖かった。それ以外の振る舞いは落ち着きがあって、どーんと構えている男らしい姿は格好良い。



「王族の威厳のためにも動揺や内心を悟られないようにもっと訓練しなさい。少しは可愛らしさから遠ざかるのではないか?」

「父上ありがとうございます。僕の振る舞いに問題があったのですね!大変参考になりました。お忙しいところ失礼しました」


 そういって頭を下げて執務室をあとにする。


「しかし幻聴か…………」


 男らしさをあげる方法で頭がいっぱいの僕の耳には、扉が閉まる直前の父上の溜め息混じりの独り言は聞こえなかった。




 ※



 身重の母上の仕事も引き受けている忙しい父上の時間をこれ以上は奪ってはいけない。細かいことは僕の身近な格好良い代表の親友で乳兄弟で従者のレクトルに聞くことにした。



「男らしさ、格好良さを身に付けるためにどんなことでも動揺しないようになりたいんだ。いい方法を知らないか?」

「肝試しなんてどうだ?夏になると平民たちがやる遊びなんだけど、夜に幽霊が出るという場所へ行って帰ってくるんだ。怖い場所に平気で行けたら格好良いだろ?」



 その提案に僕は本で読んだ騎士の幽霊アンテッド増殖パニック物語を思い出して鳥肌を立てた。幽霊は怖い……できれば会いたくない……でもこれを克服したら確かに格好良くなれそうだ。よし!やるぞ!と気合いを入れたが別の問題に直面する。



「レクトル……僕、肝試ししたいけど王子だし夜は城から出られない。これじゃ男前になれない」


 思わずしゅんとしていると、回りからまた可愛いという声が聞こえたので直ぐにポーカーフェイスに切り替える。それをレクトルに笑われて、上目遣いでむっと睨む。


「はは、アレクは無自覚な小悪魔だな」

「コアクマ?熊っぽい?逞しい?」


「いや、そうじゃなくて……うん。とにかく、この王城には最近ある怖い噂があるんだ。城の西棟の2階の一番奥に行ったことあるか?ないだろ?」


 レクトルの言葉に頷く。僕たち王族と従者のレクトルは西棟5階に住んでいて、同じ西棟なのに行ったことがないと今気がついた。ちなみに父上と母上は4階。噂の2階は飾り気もなく、見張りもなく、厳重に閉ざされた扉がひとつ見えるだけでさして興味を持ったことがなかった。


「もしかして、開かずの扉が関係してる?」

「あぁ…………そこだ」


 レクトルが急に真剣な顔になり、声を低くしたことで僕はゴクリと唾を飲む。


「誰も……何もない2階だが……最近夜中になると扉が開いている時があるらしい。扉の中からは苦しそうな女の呼吸が聞こえ……そして……そ、その女の姿を見たものは…………っ」

「~~~~っ!ねぇレクトル!どうなっちゃうの?ねぇ!」


 レクトルの肩を掴んでガクガク揺らして続きを促すが、これ以上は知らないと首を横に振られてしまう。しかし、最近になって聞こえる“可愛い”という幻聴と、幽霊の話はタイミングが同じ過ぎる……もしかして幽霊の声?だからみんなも洗脳されて、僕のこと可愛いって言っちゃうのか?これは歴とした呪いだ……ならやることは決まった。



「レクトル……幽霊を確認しよう。僕は幽霊なんかに負けない」

「アレク……その目は本気だな。分かった。さすがに一緒に行こう」


 僕たちは立ち上がった。



 ※



 そして肝試しは4日後の満月の日に決行することになった。寝たふりをして、心配性な侍女たちが帰り、従者はレクトルだけ残る時間を待った。

 本当は二人だけで行きたいのだが、城の中とはいえ安全上護衛がいるためまずは説得する。


「今日の護衛はあなたですね……これは第一王子としての命令です。一定の距離をあけて護衛すること。僕たちの使命の邪魔はしないこと……」

「かしこまりました」


「…………いいの?」

「今回だけです。その代わり後程ユリウス陛下に報告申し上げます」


「ありがとう!むしろ報告して!」


 護衛がなんとも言えない顔で頷くが、狙い通り。自分で報告するよりも、大人の第三者の報告の方が僕が夜中の怖い場所にも行けるんだと、度胸があるのだと父上によく伝わるはず!


 そうして護衛のお陰で他の見張りの人にも不審に思われずに2階へとたどり着く。


 誰もいない、何もない廊下は何一つ音もなく、人が来る予定もないせいか一切の明かりもない。頼れるのは窓から差し込むわずかな月明かりと、手元の小さなランタンのみ。月に雲が少しでもかかると闇が口をあけ、飲み込まんとする不気味さが漂い、額から汗が一筋だけ流れる。


「アレク……」

「レクトル…………僕が先頭を行くよ」


 レクトルに名前を呼ばれ、応えるように彼の手を握ったがわずかに震えていた。僕の望みのために付き合ってくれたのだ。僕がしっかりするんだ!と気持ちを奮い立たせ不気味な空気が漂う奥へと歩いていく。

 長い廊下をゆっくりと進み、突き当たりを右に曲がったその先に噂の開かずの扉がある。


 今この場で聞こえるのは僕とレクトルと遠くに付いてきている護衛の足音だけ……いや、今は僕とレクトルの早い呼吸までも響いているように聞こえる。そして曲がり角にたどり着いてしまった。ここを曲がればもう扉が見えてくる。


「レクトル……僕から覗くね」

「アレク……うん、頼む」


 どうか、扉が開いていませんように……そうであれば肝試しは終わりだ。そう願いながら、大きく深呼吸をひとつして突き当たりの角からゆっくり奥を覗いた。




 扉は閉まっていた。



 安堵によって僕の肩の力が抜けたことに気付いたレクトルも同じように廊下を覗いて、同時に二人のははと乾いた声が響いた。


「はは、なんだ、やはり噂だったのかぁ」

「俺めちゃ怖かった。アレクの方が度胸あるな。今夜は格好良いよ」

「レクトル、本当?これで僕はもう可愛いって言われな……え?」

「え?」



 急にふわっと風を感じて、レクトルから目線を外して元の場所に戻すと先ほど閉まっていたはずの扉がほんの少しだけ開いていた。

 そんな……さっきは閉まっていたのに……嘘だ。



 ひゅー、ひゅー



 だけど受け入れたくない現実を突きつけるように扉の隙間から流れる風の音が耳に届く。今は真夏で夜にも関わらず気温は高いはずなのに寒さを感じたように肌が粟立ち、隣のレクトルからは息を飲むような喉が鳴る音が聞こえる。



 逃げたい。いつも寝ている安心できる寝室に戻りたい。今すぐに!

 だけど僕の足は自然と扉へと動き出す。それは格好良くなりたいという欲求からなのか、ここまで来たという使命感からなのか、もしかしたら不審者だった場合は直ぐにまわりに知らせるための正義感からなのか……ただ確かめなければと足が前に進む。


「ア……アレク」

「レクトルは護衛とここにいて。この先は僕1人で行く」


「でも……」

「幽霊であろうと不審者であろうと僕が代表して確認してくる。僕のわがままで直面している問題だから責任を持ちたい」


 既に足が震えて動けないレクトルに唯一の光であるランタンを渡して、僕は窓から照らされる弱い月の光を頼りに扉へと近づく。

 目の前に立つと確かに扉は開いていた。鍵穴には傷ひとつなく、扉も壊された様子はないため、外部からの不法侵入者という可能性は低い。だからこそ怪しく、不気味だ。人もいないのに何故、この扉がこの時間に空いてるのかと……



「よしっ」



 自分にしか聞こえない小さな声で気合いをいれてゆっくりと扉をあけ、確認しつつ部屋へと侵入を果たす。部屋の中は廊下よりも窓が小さくいっそう暗いため、ハッキリと部屋全体がどうなっているかは見えない。ただ人の気配は全くなく、棚にはところ狭しと様々な小物が並べられ、壁には絵画なのだろうか額縁が飾られているのは分かる。なんの絵だろうかと近づこうとするが……



 ひゅー、カツ、カツ、カツン……



 風が通った音だけでなく、靴の音が聞こえ、絵を見ることを諦め警戒を強める。

 できるだけまわりを確認しようと目を細めると、この部屋の奥には続きがあるようでまた扉があった。その扉もわずかに開かれているようで靴の音は奥の部屋から聞こえたらしい。軽い音は女性の靴特有の音だ……そして靴の音が止まると次は別の音が聞こえてくる。




 はぁ……はぁ……はぁ……




 その我慢するように吐き出す吐息を聞いて、“苦しそうな女性の呼吸が聞こえ……そして”という噂話の内容を思い出す。


 ならその先は?


 姿を見たものがどうなったかは誰も分からない。緊張によって恐怖心が振りきれていた僕は幽霊の姿が気になって仕方がなくなった。風の流れに促されるように、気づかれないように、ゆっくりと息を殺して、一歩ずつ奥の扉へと近づいていく。




 苦しげな吐息の音はより鮮明になり、遂に正体が分かる……僕が謎を暴くのだという高揚感が僕の足を動かしていく。

 奥の扉の目の前まで来た。この板一枚先に幽霊がいる。気付かれないように……扉を動かさないように、そっとしゃがんで風が吹き込む蝶番の隙間から目だけを覗かせる。



「────っ」



 すると小さな光が見える。ランタンではなく小皿に細いロウソクが一本だけ灯されていた。そして、その側にいたのだ。



 噂通り、女性がそこに。



 弱々しいロウソクの灯りではまとな姿は確認できない。だが地べたに座り込む人影の髪は床にまで着くほど長く、髪のカーテンから出てる白い布はスカートだ。スカートは床に広がるように長く、足があるかどうかは分からない。いや……幽霊は足が無いと本にはあった……おそらくスカートで隠しているんだ……



 冷静になろうと頭の中はよく分からない分析を始める。女の幽霊はただ座り込み、壁を見つめながらはぁはぁと言い続けている。他に情報はないのか?なぜ幽霊が?僕は興味を持ちすぎて扉を押してしまった。



「あっ」



 ぎぃーと軋む音と共に扉が動き始め、ゆっくりと開いていく。完全に扉が開かれる前に僕はすぐさま逃げようとするが腰が抜けてしまった。


 動いて!足、動いて!と何度とも念じるが足は空気を蹴りあげてしまい立つことができない。



 努力も虚しく、僕が葛藤している間に扉は完全に開かれた。女の幽霊もさすがに侵入者である僕の存在に気が付き、こちらにゆっくりと体を向けた。



「ぁ…………あぁ…………」



 ロウソクの灯りは弱く幽霊の顔は分からない。ただ顔からは何かが流れ落ち、その何かは白いワンピースの胸元を染め上げていた。その色は暗くてもはっきり分かるほどの赤…………血だった。

 


「ひっ…………うぁ…………」



 外に待つレクトルと護衛に助けを求めようにも先ほどから声がでない。幽霊はこちらを向いたまま何故だか固まったように動かない……逃げるチャンスなのに!僕の体はまだ人形のように動かない。誰か……!誰か!



「アレクシス……帰るぞ」

「え?」


 落ち着くような声が耳元で囁かれた後、目隠しをされるように頭から上半身を布で包み込まれ、体が浮いた。何が起きているか分からなかった。だけど僕は布から安心できる香りがして、この状況に酷く安堵した。




「アレクシス…………あの部屋に入って何を見た」



 しばらく抱っこされたまま運ばれ、布を外された場所は僕の寝室のベッドの上だった。そして目の前には父上が僕にかけていたガウンを着直して、珍しく眉間に皺を寄せて椅子に腰かけた。



 隠そうともしない酷く不機嫌な表情に僕は言葉が詰まるが、絞り出すように答える。


「アレクシス、きちんと答えられるね?」

「何も分かりません。何か色々な小物や絵画が飾ってあるのは分かりましたが、暗すぎてどんな小物か絵画かまでは……」

「内容は分からないんだな?本当か?」


 疑うように聞かれるので、僕は目を合わしてしっかり頷く。


「はぁ……でも扉の奥では見てしまったのだろう?詳しく言いなさい」

「…………髪の長い、血を流した女性の幽霊です。暗すぎて……顔も、髪色も分かりません……ただ怖くて……得体の知れぬものが目の前に……」

「そうか、怖かったな」


 僕は数分前の恐怖を思い出して膝の上にのせていた拳をぎゅっと堅くする。すると父上が僕の隣に腰掛け、そっと手を乗せてくれる。


「アレクシス……あの部屋については他言無用だ。訳あって今は真実を明かせない……これは王家に関わる重要なことなんだ。重要だからこそ私の目の届く近くに置き、尚且つ皆に興味を持たれぬよう配慮している。難しい問題なのだ」

「王家の秘密…………僕なんてことを」



 父上から知らされた事実の重さに、自分の浅はかさが突き刺さる。だけど、父上の言葉は先ほどよりずっと柔らかく、僕をひたすら気遣うように寄り添ってくれる。



「今回のことで危うく広まるところだった。アレクシスが成人を迎え立派になった時、きちんと真実を伝える。それまでは絶対に近づいてはならない。呪いをもらうからな……約束を守れるかい?私に、アレクシスは必ず真実を告げるのに相応しい人になると信じさせてくれるな?」

「……はい!誓います。本当に助けてくださりありがとうございました。僕は必ずや父上……いいえ、国民のための人となるようがんばります」



 尊敬する父上の厳しさと優しさに触れ、もう幽霊などに対する恐さは薄れ、同時にすっと視界が晴れたような感覚になった。

 可愛いと言われたくない、格好良いと言われたいという僕のくだらない子供染みたプライドなんて捨ててしまおう。見た目に囚われず、それ以上に王子である僕にはやることがたくさんある!その覚悟で答えた言葉に父上は満足そうに頷いてくれた。



「さすが私の息子だ……反省できる良い子だね。さぁ寝よう……おやすみアレクシス」

「おやすみなさい、父上」



 父上は僕がベッドに横になったのを確認すると、静かに寝室を出ていった。先ほどまで興奮していたはずなのに、僕は疲れていたのかすぐに夢の世界へ入っていった。




 ※




 息子のアレクシスの部屋を出て、ユリウス()は再び2階の奥の部屋を目指して歩き始める。

 最近アレクシスの行動に落ち着きがないと影から報告があり、夜もしっかり見守るよう影や護衛に伝えておいて正解だったと思う。秘密が完全に暴かれる前に阻止することが出来た。

 今回のアレクシスの行動は誉められた事ではない。だが甘えん坊だった息子が自分の置かれている立場を自覚し、自立への大きな一歩を踏み出したことは嬉しい収穫だった。




 息子の成長を喜ぶ反面、私は歩みを速めながらこれから直面する問題に頭が痛くなる。2階の奥の扉には慣れ親しんだ侍女が立っている。その彼女の手には救急箱が用意されており、私は受け取って部屋の中へと入る。



 部屋に入ると見えてくるのは幼い令嬢の絵姿が飾られた壁やその令嬢に縁のある小物が置かれた棚だ。怖いのは毎月知らぬ間に小物が増え続けているということだ。監視しているはずなのに……いつ、どのように。



 誰が増やしているかは分かっている。アレクシスが目撃した女の幽霊と呼ばれる存在だ。

 この存在に特段に好かれると呪いをもらう。私には呪いに対抗できる力と手段を持ち合わせているから対峙できるが、アレクシスにはまだ早い。

 なんせ既に「可愛い」という幻聴にあの子は精神を殺られかけた……いや幻聴などではない。確かに実在する呪いの声だ。

 恐らくこの存在がアレクシスを尾行し、影で見つめ、尊さに思わず言葉が漏れだしていたのだろう。私は推察できる事実の悲しさに溜め息をつきつつ1番奥の扉を開くと、あれからずっと床に座り続けていた存在と対峙した。



 大きな絵画が飾られたことで唯一の窓が潰され、月の光は入らず姿は見えない。手に持っているランタンの灯りを向けると、女はアレクシスの話の通りに顔から服にかけて血を流し、誰もが美しいと称賛する顔は今にも泣きそうに歪んでいた。



「ユリウス…………私……アレクに……ぐずっ」

「大丈夫だ。部屋が暗すぎて何も分かっていない。腰を抜かして絶句していたのは君が本物の幽霊だと思っていたからだ……まだバレていない」



 彼女は私の言葉に脱力したように安堵した表情へと変わる。その彼女の側で私は膝をついてランタンを置き、救急箱から綺麗な布を取り出して女の鼻へとぶち込んだ。



「ぬふぁっ!苦しいっ……くきゃ!ユリウス!鼻が裂ける!あのね、これには深い訳が」

「うるさい馬鹿者!妊娠中だというのに……つわりが軽くなったからと夜中に出歩いて、夏と言えど冷たい床に座り込んで、つわりを心配している子供たちは面会も我慢しているというのに本人がこれでは…………なぁ?クラリッサ」


「──ひぃっ!」

「子供たちの気持ちよりも大切な事があるのかな?ないよな?」



 大切な妻クラリッサの両方の鼻の穴に布を詰め終えて、満面の笑みを向け問うと、クラリッサは口をぎゅっと閉じて首を激しく縦にも横にも振る。


「知らぬ間に抜け出して……子供レベルか、全く。とにかく寝室に帰るぞ」

「…………大変申し上げにくいのですが、貧血で……その」

「…………仕方ないな」


 時間も遅いし説教は明日にしようと決めて、クラリッサをそっと抱き上げる。彼女が急に静かになったのが不思議で、顔を確認すると鼻に詰め込んだ布を更に赤く染めながら悶えていた……久々のお姫様抱っこが恥ずかしいらしく、なんとも言いがたい反応の彼女に笑ってしまう。


「ユリウス……笑わないで」

「くくく、クラリッサが悪いんだぞ?」

「はぁ……あなた様には勝てないわ」

「今更だろう?ほらしっかり首に掴まれ」


 そうして戸締まりは信用している侍女に任せて、二人で寝室へと帰る。


 しかし私は先ほどアレクシスと約束をしたが、きちんと打ち明けられるのだろうかと心配になる。

 手前の部屋はクラリッサの溺愛する妹キャロルに関するコレクション部屋だ。重度のシスコンは未だに治らず、こんな変態が王妃などという事実は広まってはいけない。




 そして今1番奥の部屋は別の者のコレクション部屋となっている。アレクシスは果たして受け入れられるのだろうか……

 この国の王妃が、自分の母親が、自分の絵姿(実寸大)を目の前に息を荒くして鼻血を出していた真実を。そして弟のミハエルにも、これから生まれてくる三人目にも同じ運命が待ち受けていることを。幽霊よりもある意味気持ち悪く、恐ろしい存在が側にいることを…………








 後日、私はアレクシスから他に興味を持つ人が増えないよう助言を受けた。話によると2階の1番奥の部屋から流れてくる風に呼ばれた気分になって扉を開けたんだと彼から告げられた。窓を閉めた方が良いよと意見を述べながら、溌剌とした表情になった息子の変化を喜ばしいと思ったのだが……果たしてあの夜、窓など開いていただろうかと記憶を巡らせた瞬間に背筋に悪寒を感じる。




「父上?」

「何でもない。午後の勉強も頑張るように」

「はい!失礼しました」




 私は冷静を装いながらアレクシスの背中を見送りながら、あの部屋の間取りを思い出す。しかし、何度思い出そうと1番奥の部屋には風を通せる開けられる窓など無かった。





補足①※真面目なユリウスと公務に関しては完璧なクラリッサならば任せられると前国王と前王妃はさっさと王位を譲渡してしまった。ユリウス24歳にして国王に即位。



補足②※クラリッサの呪い=ひたすら重い愛を目の前で何時間も語られ、知らぬ間に使用済みの所有物が消えている現象。



補足③※アレクシスの絵姿は10歳を迎える誕生日に国民向けに御披露目するための物。あまりにも見事な出来なので、手放さなければならない日までの間、クラリッサが目に焼き付けようとコレクション部屋に持ち込んでいた。幽霊話の始まりはここから。



《あとがき》

お盆ということ肝試しネタを書かせていただきました。目に見える存在と見えない存在、本当に怖いのはどちらの存在なのでしょうか。

読んでいただき、ありがとうございました!

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