第九十七話
トライデント・アライアンスのボスの部屋。
研究施設のボスなので本棚にまみれていると思ったのだが、そんなものはなかった。
まあ、よくよく考えてみれば、記録媒体が発達した現代でわざわざそんな紙に記すような必要など不要だと思い直した秀星。
丸々と太った男性が豪華なデスクにいて、その前に、用心棒であろう男性がいた。
「……如月宗司。で合ってるよな」
「ああ。その通りだ」
紫色の髪を伸ばして、黒い長剣を持つ男性。
横には取り巻き二人を付けた男だ。
「あれ?前に九重支部に来たとき、お前らってチンピラみたいな恰好だったって言ってたけど……」
取り巻き二人の格好だが、普通のスーツ姿だった。
繊維だが、かなりいじったものを使ったようで、強化はされている。
だが、防御力だけを考えるとそんじゃそこらの鉄の鎧よりも防御力は高いだろう。
「ああ。あれはあれでいいとこいつらが思っていただけだ」
思ったより自由だと思った秀星。
「おい!のんきに話をしているんじゃない!さっさとそいつを叩き潰せ!」
デスクでふんぞり返っている男が叫ぶ。
宗司は迷惑そうな顔になった。
「馬鹿言うな。この男を相手にするような世間知らずが現場の人間に口出しするんじゃねえよ」
言いながらも宗司は秀星から目を離さない。
隙ができるとは思っていない。
だからこそ、会話フェイズの間に何かをつかんでおきたいのだ。
「後ろの三人ならまだどうにかなったんだがな……」
「後ろの三人?……おい、ローガン!貴様。トライデント・アライアンスに入ったはずだろう!なぜそっちにいるんだ!さっさとそいつらをつぶせ!」
「いや無理」
「何が無理だ!ふざけるんじゃない!悪魔化してやった恩を忘れたか!」
「恩を忘れて縁も切りたいくらいだね」
ローガンの言い分がだんだん雑になってきた。
「一応聞いておこうか。秀星。お前の目的は一体なんだ?」
「この組織をぶっ壊しに来たんだよ。で、来てみたら人体実験が普通に行われていたからな。普通にぶっ壊すんじゃ面白くないから。この組織が嫌がることをいろいろしてやろうと考えていたわけだ」
「……なるほどな」
秀星と宗司の間で緊迫した空気が流れる。
「……まあ、お前が乗り込んできた時点で、どう転んでもこの組織は終わりか」
「なっ……おい!貴様には大金を払っているんだぞ!」
「月十万しか払ってないだろお前」
秀星は『バイトか!』と突っ込みたかった。
「なんていうか、高校生のバイトだね」
ローガンが代弁してくれた。
「結構吹っかけると思ったんだが、そうでもないんだな」
「ま、それに関してはこっちにもいろいろ事情があるからな。ま、ちょっと遊んでいくとしよう」
宗司は剣を抜き放つ。
(やっぱりな……みんなは魔剣だといっていたが……)
表情が変わっていることを自覚する秀星。
そして、宗司はそれを読み取った。
「どうやらわかったようだな」
「ああ」
次の瞬間、お互いに突撃し、部屋の中央でつばぜり合いになった。
宗司が持つ剣と、秀星のマシニクルのブレードが激突する。
「……!」
「――!」
斬撃のそれぞれ炸裂する。
防ぎ、隙を狙い、たまにフェイントも混ぜて、そして斬る。
短い時間の中で剣が交わる回数が多すぎて、打ち合った音が途切れることなくずっと響くほど。
「す、すごいな」
「ああ。どうなってんのかさっぱりわからねえ」
「神器を持つものがぶつかると、お互いに準備運動でもこうなるということか……」
ローガンがつぶやいたように、宗司が持つそれも、神器の一つ。
「すげえな。宗司さんの『巨人剣ドレッド・ノート』とまともに剣で勝負するなんて」
「見たことねえよ。敵に回すだけで肝が冷えるぜ」
巨人剣ドレッド・ノート
秀星が見た限りでは、意識して攻撃しているときのみ、『自分がやったことを巨人がやったこととして処理する』という情報操作系統の神器だ。
その重さは相当なものであり、そもそも重さという言葉がふさわしくなく、『圧力』といえるだろう。
それほどのものだが、柔よく剛を制す。というように、圧倒的な技術力があれば、威力そのものを受け流すことも十分に可能。
お互いに満足する程度に打ち合ったのか、距離をとる秀星と宗司。
「なかなかだな。本来なら一撃でこの山ごと割っていたはずなんだが」
「おい!貴様。この施設を壊す気だったのか!払ったギャラを返してもらうぞ!」
「返してもいいけど俺帰っていいか?」
「いいわけがないだろう!さっさとそいつをつぶせ!」
「今のを見ていなかったのか?というか、俺としてはこいつが本気を出す前に本気で帰りたいんだが」
「今すぐ帰るのなら別に狙ったりしないぞ。別に用はないし」
「よし、おい、帰るぞ」
「あ。宗司さん結構薄情ものっすね」
「うるさい」
ぱっぱと荷物を片付ける三人。
あわてて中年男性が騒ぐ。
「おい!何をしている!さっさとこいつらを……」
「あ。金は返す。十倍でな」
百万円の束を投げると、ぱっぱと退散する三人。
残されたのは、デスクで震える男と、秀星たち四人。
「お、おい、何が望みだ。金ならいくらでも……」
「ああ。お前にやることは途中から考えていたんだが……研究所の所長に対するおしおきということで、実験ということにするよ」
秀星が指をぱちんと鳴らすと、デスクに座る男は手錠で拘束された。
しかもさるぐつわつきなのでしゃべることも不可能。
そして、あたりには様々な道具が散らばっていた。
のこぎりだとか電ノコだとかそういったものから、コードが何本も出てきた機械など……。
その数は、三十種類は下らないだろう。
「安心しろ。全部使ってやるからな。フルコースってもんを教えてやるよ」
そうつぶやく秀星の目は、まさしく、実験動物を見る狂的科学者だった。