第九百話
「……むー。なんだか変な感じがしますね」
「変な感じ?」
イベントがあった次の日の朝。
寝間着姿で寝癖が凄いことになっている椿の頭を櫛で整えている聡子に、椿は『変な感じがする』とつぶやいていた。
「はい。なんだかうまく言い表せないんですけど、不安はないんですが、何かすごく大きなものが動き出しそうな。そんな感じがします」
「未来でも何か前例が?」
「今のこの時間から十五年後です。お父さんがブチ切れたことがあるんですが、その時くらいの『何かに脅かされているような感じ』がします」
「……」
未来で一体何があったのかはわからないが、どうやら椿にはそのような『恐ろしい何か』を感知する力があるのだろう。というか、どのような力を持っていたとしても不思議はない。
ただし、『恐ろしい何か』と称している割に、椿の体が震えているわけではないし、呼吸もいつも通りだ。
「……椿ちゃん。怖くはないんですか?」
「む?全盛期のお父さんがいますからね。何も問題はありませんよ」
「全盛期……ですか」
「はい。未来ではお父さんはスキルの力をほぼ使えないようになっているんです」
「ということは……『アイテムマスター』ですね」
「おや、お父さんのスキルを知っている人は限られているはずですが……」
「私は魔法社会の中でも重鎮に位置しますからね。秀星さんはともかく、朝森家には個人的なつながりが昔からありましたから」
「なるほどです。とまあそのような形で、アイテムマスターの力がほとんど使えないそうです」
「ほとんど使えない……」
「厳密には『リソースをそっちに割けない』と言っていましたが……まあとにかくわかっているのは、今のお父さんにその制限がないということと、別に神器にリソースを使うことができなくとも、世界最強なのはお父さんですよ!」
「フフッ……」
信頼とかそういうものではないのだろう。
椿は自分の知る範囲であれば、事実を事実として口に出す方だ。
そう考えると、やはり、未来でも秀星より強い人間がいないということになる。
一応倫理観という点に関してはしっかり乗っているので良いと思うことにしよう。
「今回のこの気配は……海ですかね」
「海?」
「はい。海の底の方で、何かが動いているように感じます」
聡子は思った。『なんでわかるん?』と。
「とりあえず、お父さんに相談してみます」
と思ったとき、ベッドの傍のサイドボードの上にに置かれていた椿のスマホが鳴った。
「む!お父さんからです!」
(タイムリーな人……)
椿がスマホを耳に当てる。
「お父さん。おはようございます!」
「……ああ、おはよう。朝から元気だな。椿」
「私はいつでも元気ですからね!あ、それと、一つ伝えておくことがあるんですよ!」
「海の底で何かが動き始めてるってことだろ?」
「おおおお!さすがお父さんです!今、聡子お母さんとそのことについて話していました!」
「そうか」
「お父さんが行けば、なんだって勝てますからね!」
「ああ……まあ、俺も変な予感がするんだがな」
「あ、変な予感ですか?実は私もです」
この時点で、聡子は『変な予感』の正体が『海の底で何かが動いているということ』を指すのではなく、もっと別の何かに対するものだと分かった。
椿との会話ではしっかり主語を確認しよう。
ついでに言えば、秀星は『俺も』と言っている。
椿が何かに気が付いていることすら読んでいたようだ。どうすればいいのだろうか。この男。
「とりあえず、色々準備が必要ですよね」
「ああ。俺は今日は学校に行けないな。風香が今そっちに迎えに行ってるから、連れて行ってもらえ」
「はい!」
椿は大きく返事をして通話終了。
「むふふ~~~♪お父さんが動くのなら、何も問題はないですね!」
信頼とかそういうものではない。
最強で、大好きなお父さんが動くから、何も問題はない。
きっと未来でもそうだったのだろう。
沖野宮高校がある九重市では、いろいろなことが起こるはずだ。
中には、椿が秀星の活躍を直々に見たものもあるはず。
(……これが、世界最強を父親に持つということですか)
聡子は内心でそのようなことを考えたが、とりあえず情報を集めるべきだと脳内を切り替えた。




