第八百九十八話
「面倒なことになったな……」
「面倒なことを押し付け合う戦いだったんだから当然だろ」
沖野宮高校の生徒会長室。
現在はフォルノスの執務室といったところだが、基本的にここで書類を整理しているのは国枝である。
そこで書類を読んでいるフォルノスが嫌そうな顔で漏らした言葉に対して、国枝は容赦なく突っ込んでいた。
「国枝。私に隙があったことは認めるが、そこまで遠慮なく言わなくても……」
「は?」
「……ごめんなさい。真面目にやります」
あまりトップとしての威厳は感じられない様子だが、ここは生徒会長室であり、フォルノスと国枝しかいないため、フォルノスに味方はいない。
ちなみに、『日本語理解』を持つ国枝に対して口で勝てるわけがないので、援軍も期待できないというなかなか絶望的な状況である。
言語システムが一般的な人間と異なる椿やリオ先生じゃないと国枝に腹芸は通じないのだ。
「で、私は基本的に何も考えずにハンコを押しているんだが、次は何をするんだ?生徒会として保有しておきたい資金は稼ぎ終わっていると前に言っていたから、これからダンジョンに潜るということはないはずだが……」
「しばらくは書類整理だ」
「え……」
「生徒会としては別に二月三月と別にやることがあるわけじゃないし」
バッサリと言い切る国枝。
フォルノスは驚いたように目をパチパチとさせているが、国枝が撤回する様子がないので、真実なのだとわかった。
「まあ、最近は動いてばかりだったら、そういうのも必要か」
「というより、書類整理の経験を叩き込んでおかないと後で苦労するぞ」
「……国枝に押し付けたらだめ?」
「俺が知らない間に緊急で迫られた場合の話をしているんだけど?」
「ですよね。ハイ」
実際に国枝抜きで判定した結果ひどい目にあうことが確定したのだ。
まあこれに関しては基樹の方が一枚上手だったということと、フォルノスの手綱を握り切れていなかった国枝の落ち度という部分もあるが、結局はフォルノスの頭がポンコツだったから悪いのである。
そりゃ文句の千や二千くらいあるというものである。桁の数に狂いはない。
「いいか?俺は別に会長に自覚と能力と人望は求めてないが、せめて頷かない程度の判断力は身に着けてほしいんだよ」
「えっ、自覚と能力と人望が求められてないの?」
「だってないだろ」
「……」
前科が一つあるとひどい目にあうのが人の社会というものだが、国枝の方も遠慮がない。
「すみません。これから真面目にやります」
「前にも言ったよね。責任っていうのは最後に取るものじゃなくて最初から負うものだって」
「……そうですね」
「というわけで、これから経験を積んでもらうつもりだから」
「はい。わかりました……」
決して逃がしてくれそうにない雰囲気を全力で開放してくる国枝。
神祖の派閥のリーダーという絶対的な強者のような肩書を持っているが、イベントではルール上ミーシェと引き分けていて、勝てたわけではない。
そして、国枝は分かっているのだ。
最初からやる気を出していれば、フォルノスはミーシェに勝てていたのだと。
その手段がどこなのかはまだ国枝にもわからないが、本当の意味で剣術しか身に着けていないミーシェに対して、フォルノスはそれ相応の『手段』を身に着けているだろう。
それがあるからこそ、『派閥のリーダー』という立場にいる。
国枝にゴリゴリに削られているフォルノスだが、強く言い返そうとするとそこを突かれそうで反論できないのである。
そして、ミーシェのような神祖ではなく、カテゴリ的には神器すら所有していない国枝に対して『それ相応に』強さを見せつけようとすると、確実に全知神レルクスが止めにくる。ついでに釘を刺される。
それすらも、『真理』に触れている国枝は分かっているのだ。
国枝単体の力ではフォルノスには遠く及ばないが、国枝はフォルノスを恐れることはない。
人間、『理解』しているものに恐怖など抱かない。
これでフォルノスが賢ければまだ何とかなるのだが、まあ無理な話である。
「さて、俺の鬱憤を晴らすのはこれくらいで止めておくとして……」
「え、今までのって単なるストレス発散?」
「当然だ。というか、神祖に対して口で魂をゴリゴリ削るのは前例がほぼないことだろう。それができている時点で十分だ。それに、俺が全権代理って書類を一度作ればそれで問題ないし」
「……」
フォルノスが考えている中で最も反則だと思う点は、国枝が『全知神レルクス』という『最強の制御装置』に対して少なからず理解が及んでいるというところだろう。
それさえなければ国枝は少なからず遠慮していると思うのだが……嫌な男が副会長になったものだ。
「というわけで、後は俺が何とかしておくから、さっさと『選び』に行ってきてくれ」
「!?」
フォルノスは『驚愕』の表情を浮かべた。
「……国枝。どこまでわかっている?」
「あのイベントでその気になれば最初から剣術神祖に勝てていたのに、それをあえて避けた理由がわかっている。というくらいには……いや、もっと言うと、なんでこの学校に来ようと思ったのかってところまでかな」
「……そうか」
フォルノスはフフッと笑う。
そこには、フォルノスの事情や秘密など、様々なものが存在する。
国枝がどこまでわかっているのかはともかく、フォルノスの力の根幹を理解しつつある。ということだ。
「お前のスキルが恐ろしいのか。ここまでたどり着く道しるべとなった秀星が恐ろしいのか……まあいい。お言葉に甘えよう」
フォルノスは国枝の提案に乗ることにした。
秀星が弄りまわしており、自分の副官が国枝でなければ成り立たない舞台。
こういう状況なら、多少は自分が道化であってもいいと、フォルノスは思う。




