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第八百九十四話

「むっ、むううう!全然あたらないですうううう!」


 『どういうことなんですかあああああ!』とも言いたそうな感じで両手を突き上げる椿。


「フフフ。私に素直な剣筋は通用しませんよ」

「それでも、限度がありますよ!ぷんぷん!」


 頬を膨らませる椿。

 ……まあ正直、椿は基本的に実力はある方だが、容赦なく隙を突くとかそういうことができるわけではない。

 思考能力が低いモンスターであればそのままの実力で倒せるようなスペックを誇るが、搦め手は苦手である。


「しかし、こちらとしてもこのままではどうにも倒せませんねぇ」


 扇子で口元を隠して微笑む聡子だが、自分が持つ神器の力によって、『母親からの愛情が足りない場合、その足りない度合いに比例して戦闘力が落ちる』という効果がある。

 この能力は『母性というものに対する人間の欲望』を刺激することによって『結果的にそうなる』のだが、いずれにせよ、椿には通用しない。

 少なくとも、戦闘力の低下はない様だ。

 まあそれでも、聡子には勝てないけどね。


「仕方がないですね。そろそろ私も剣を抜きましょう」

「むっ?」


 扇子を閉じると、それを左手で持って左腰に当てる。

 すると、そこに魔力が集まっていき、形を作っていき、刀となった。


「せ、扇子が刀に!?」

「私の本来の武器はこちらですよ」


 そういいながら抜く聡子。


「むうう……ですが、負けませんよ!」


 椿は刀に風を纏わせる。


「神風刃・轟車輪(とどろきしゃりん)!」


 椿が刀を振り下ろすと、刃が付いた車輪のようなものが飛び出して聡子に向かう。

 それに対して、聡子は刀を振り下ろした。

 風の刃は、聡子の刀に触れた瞬間、そのまま霧散して消えていく。


「え!?そ、そんな強く振ったわけでもないのに……」


 驚いている椿だが、一点だけツッコんでいいだろうか。実態がないはずの風って刀で斬って消滅させられるものなの?


「フフフ。風であろうと何であろうと、結局は魔力の塊です。風としてとらえるのではなく、魔力の塊としてとらえれば斬れるものですよ」

「むうう!」

「あと、一つだけ質問よろしいですか?」

「む?」

「あなたや風香さんは、あまり同じ技を使いませんね。基本的に新しい技を使うことが多いのですが……かなり決まっているのですか?」

「いえ、『絶技』以外は全部その場で考えてますよ。一つの型に固執するのは奥義だけで十分というのが八代家の方針です」

「なるほど。そういうことですか」


 旋風刃も神風刃も、あまり同じ技を連発しない。

 風という形のないものだからこそ、その場で考えるのだ。

 彼女たちの普段の稽古では、技を練習するのではなく、ありとあらゆる攻撃の方法に対して反復練習を行っている。


「む!脱線しました!さっきの剣速。あんな速度では叩き切ることはできないはずですよ!」

「ウフフ♪確かにそうですね。では教えてあげましょうか」


 聡子は微笑みながら椿に説明する。


「私の力は、母性に対する欲望を刺激します。母親からの愛が足りないものは、それに応じて私に対する戦闘能力が落ちるのです」

「ふむふむ……」


 納得する椿。

 事実として、未来の風香からの愛情が足りている椿であっても、その視線はチラチラと聡子の胸や太ももに移っている。

 これは言い換えれば、戦いの中でも椿は聡子の胸に顔を埋めたり、膝枕してほしいと考えているのだ。


「私の力は、ありとあらゆる『攻撃』や『防御』にも適用されます」

「……?」

「要するに、母性を込めた攻撃をしなければ、私を倒すことはできないということですよ」

「な……ええええ!?」


 使っている言葉には何も難しいことは含まれていない。

 しかし、本来組み合わさることのない言葉が並んだことで意味不明になっている。


「ぼ、母性を込めて攻撃……」

「武器を持っているのであれば、その武器に対して愛を込めればある程度通りますよ。ただ、斬撃そのものに愛がこもるわけではないので私の力から逃れることはできませんが」

「むう……む?もしかして、男性には絶対に勝てるってことですか?」

「いえいえ、男性でも母性のような感情を持っている人はいますからね。その場合はなんとかなる場合がありますよ」

「なるほど」


 確かに、椿の知り合いに存在する『男の娘』属性のみなさんが父性を発揮できるとは思えない。(失礼)


「あ、でもよくよく考えてみれば、お父さんは魔法を使って性転換ができますね!」

「父親が性転換することを受け入れている娘って一体……」


 確かに字面にするとかなりえげつない。


「ただし、女になれるからといって母性を発揮できるとは限りませんよ?すべての女性がしっかりとした母性を発揮するとは限りませんし」


 体は女性でも心が男性というケースはある。その場合の母性云々は扱いが難しそうなので追求しないけど。


「あー……そう言われるとそうですね。未来で沙耶さんに聞いたことがありますけど、『来夏さんのことを母親としてどう思っていますか?』ってきいたら『B型筋肉』って言ってましたし」


 娘にもゴリラって思われてるのか……。


「とまぁ、そんな感じで、母性さえ込めることができれば攻撃を通すことは可能ですよ?」

「むうう……やってやるです!」


 風の刃を作り出してそれを飛ばす椿。

 しっかりと鋭さがある攻撃ではあるのだが……


「ほっ」


 聡子が刀を振り下ろすと。即座に霧散していった。


「全然効いてないですうううう!」


 『なぜだああああああ!私にもわかるように説明しろおおおおお!』と言いたそうな様子で両手を突き上げる椿。


(まあ、椿ちゃんに母性といわれてもちょっとアレですけどね)


 椿のような人間に母性を感じる人間はいるだろう。

 基本的に素直で、ストレスの原因となる感情が少なく大体のことは共感してくれるし、頼めば膝枕くらいならやってくれるかもしれない。

 しかし、椿自身がいろいろな場面で『母性』というものを感じていても、それを理解しているわけではない。

 わからないものを込めることなどできないのだ。


 大人の魅力や経験がなければ母性を語れないというわけではない。

 聡子は処女の十八歳だ。

 しかし、椿の心はまだ幼く、周りの同年代の女性に『母性』を自覚させるほどの雰囲気をしている反面、椿自身にはわからない。


「むううう!」

「フフフ。椿ちゃん。これ以上私と戦っても勝ち目はありませんよ」

「ぷううう!」

「なので、このあたりで私達は止めにしておきませんか?」

「……むむ!私は沖野宮高校のメンバーですよ!降参はしません!」

「今なら、そうですね……今日の夜に一緒のベッドで寝てあげますよ♪たくさんぎゅーってしてあげます」

「!!!!????」


 あたふたと慌てる椿。

 ……実際、先程控室で膝枕されたばかりなのだ。太ももの気持ちよさが忘れられない。

 今度は、ベッドでぎゅーっとしてくれる!


「む、むううううう!」


 だんだん感情が抑えきれなくなっている椿。

 あ〜見ていて楽しい。


「む〜」


 椿は納刀。

 そのまま、鞘ごと地面に刀をおいた。


「聡子お母さああああああああん!」


 そして突撃する椿。

 それをみた聡子は、持っていた刀を鞘に納めて、扇子に戻した。

 抱きついてきた椿をハグで受け止める。


「グフフフフ。さて、それでは皆さん。あとは頑張ってくださいね。私はこのあたりで失礼します」


 そういって、椿を抱きしめたままで聡子はスタジアムから去っていった。


「……」


 この場にいる全員が確信した。

 そもそも特別参加枠という存在が、あの人が好き勝手するためのものなのだと。

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