第八十八話
「クソッ!あいつら、僕を誰だと思っている!」
裏路地にて、ローガンは叫んでいた。
彼が身に着けているのは、戦闘用の服ですらない私服だ。
彼が使っていた魔装具は、イリーガル・ドラゴンのチームに存在するマネープールから抜き取って購入したものである。
彼がイリーガル・ドラゴンに所属していたときであれば、まだ彼のものであるという主張が通る余地があったが、すでにチームから追放された彼がその権利を主張することは不可能。
はっきり言って自業自得。
圧倒的な強さを持たない人間は権力を主張する場合、求められるのはそれ以外の実力だ。
政治力でも経済力でもいいが、性格がクズでも、必要とされるほどの何かがあれば、人から見捨てられることはない。
とはいえ、彼の両親がいろいろやりすぎたせいで敵が多く、そのとばっちりを受けた部分も否定できないのだが、あえて擁護できる部分があるとすればそこだけという話である。
「イリーガル・ドラゴンは僕がいたからこそのチームだろう。あんな庶民がリーダーなど。未来は破滅しかないじゃないか!」
自分に酔えるのもここまで来ると才能である。
「ずいぶんと荒れていますね」
「誰だ!」
後ろから声をかけられたのでローガンは振り向く。
そこには、頭から足元まですっぽりと覆う黒いフードマントをかぶった男がいた。
遠くから見ていたセフィアが『なぜ職質されなかったのでしょうか』と疑問に思う格好である。
「顔を見せろ」
「これは失礼」
男はフードをめくった。
うさんくさい。という言葉を表すかのような表情をした茶髪で三十代の男だった。
「一体何のようだ」
「私はとあるチームのスカウトマンでね。あなたをスカウトしたいと考えてきたのです」
そういった上で、男は語る。
秀星は異常であり、君こそが正しい。
君は強者だ。人の上に立つ義務と権利がある。
なだめるように男は言う。
荒れていたローガンには、少し褒めただけでも効果は大きい。
無論、セフィアには、男が小規模の幻惑魔法を使っており、自分のセリフで高揚感を与えやすくしているのはわかっているが、ローガンは全く気がついていなかった。
「さて、最初にいったが、私達は君をスカウトしたい。私達には目的があり、そのためにはルーカスと秀星が邪魔なのでね」
「要するに、始末すればいいんだな」
「ご理解が早いですね。そのとおりです。もちろん、チームとしてバックアップは十分なものにしましょう」
それから、と男はファイルを取り出してローガンに渡す。
「女の方もご用意しますよ」
ローガンはファイルをパラパラとめくる。
美女、美少女ばかりだった。みんな胸が大きい。
アメリカ人だけでなく、中には日本人も混じっている。
「いいだろう。その手に乗ってやる」
男とセフィアは『チョロいな』と思ったが、何も言わないことにした。
何も言わないことが必要というかなんというか、ローガンが普段から何も考えていないからこそだろう。 そもそも、自分が何かに引っかかると考えていないのだ。
だからこそ、男は接触したわけである。
男のほうも、もう少し手札を用意していたのだが、ここまで早く乗ってくれるとは思っていなかったのだ。
『大したことのない天才』というのが評価としては適切だろう。
なんとも……惨めなものである。
「それでは、我々のアジトに案内しましょう」
「ああ。わかった」
こうして、ローガンはアメリカの犯罪組織『トライデント・アライアンス』に所属することとなった。
それを遠くから見ていたセフィアは思う。
「……あれほど単純な人間がいるのですね」
小規模の幻惑魔法を混ぜることで交渉を優位に進めるのは珍しいことではない。
一見わかりにくいし、痕跡も残りにくいのだ。
屈強な黒服グラサンを近くに配置してより幻惑にかかりやすくするパターンもある。
「まさか、小規模な幻惑魔法にすら気が付かないとは……天才と呼ばれていたようですが、大したことはないですね」
最初からわかっていたことだが、セフィアはあえてそれを口にする。
確かに、ローガンは弱くはない。
才能に頼りきりだったので経験が圧倒的に不足しているし、命令されることを嫌うので訓練などしておらず連携も全く取れないが、それでも才能があり、天才と呼ばれたことも一度や二度ではない。
「上には上がいる。世界というのは巨大なピラミッドのような物。彼は、下でも中でもありませんが、トップではない。いずれ、秀星様が片付けるでしょうね」
セフィアはすでに、ローガンに対する観察価値を捨てた。
そんなとき、視界の端に何かが写った。
黒いフードを深くかぶっており、怪しげな雰囲気を持っている。
体格からして女性だろう。ただ、雰囲気も命令系統も違うものだ。
どういうことなのかを瞬時に判断。
その上で、セフィアはつぶやく。
「かぶりましたね」
あまりないことだが……かぶったようだ。
網にかけるのが簡単で、操作も容易。
なるほど、罠にかけたいと思うものが多いのは必然である。
「……つまらないですね」
セフィアは、最後にそうつぶやいた。