第八十七話
「うーん……不眠だから寝ていなかったですけど、たまには寝るというのはいいことですね!」
伸びをした後で笑顔で秀星の方を見るルーカス。
睡眠と言うものを嗜好の一つとしてしか考えない存在と言うのはそれなりにいるものだ。
そもそも『不眠』と言うのは、生きるうえで睡眠を不要とするために様々な問題を体内で解決させるスキルである。
秀星の場合は、エリクサーブラッドに因り『体力の低下』が全ての視点で発生しないので、結果的に休む必要がないというだけで、疑似的なものだ。
「まあそんなもんだ。たまには寝ろよ」
「はい!そうします!」
とてもキラキラした目で秀星を見るルーカス。
目が見えない人間とは思えないほどキラキラしている。
(……綺麗な目をした子だ)
秀星からすれば遠く昔のことだ。
何年前の話だろうか……。
「そういえば、ローガンを見かけないな」
「ローガンさんなら帰りましたよ」
「え、そうなの?」
「はい」
ルーカスの説明によると、既にイリーガル・ドラゴンだけで話が付いてしまったらしい。
「もともと、ローガンさんを追い出したいと思っていた人は多かったみたいで……」
「まあ、実力はあってもそれ以上に風評と浪費がな」
五十三人も一か月で孕ましたのだ。そりゃいろいろ言われる。
イリーガル・ドラゴンの収入は不明だが、表社会においても魔法社会においても、高額といわれるサービスを常に利用しているだろう。
「僕はリーダーになる前までは部隊長のようなものだったので、自分の部隊を持っていたのです。今回こっちに来ているのは、そのメンバーがほとんどですね」
秀星は頷いた。
宗一郎も言っていたように、どこかマニュアルっぽい気がしていたのだ。
イリーガル・ドラゴンは『鬼教官がいるような感じの強さ』を持っていたという話だが、ルーカスには自分の部隊に対する指導権を持っていたのだろう。
「なるほど」
「僕の部隊のメンバーも、ローガンさんについては思うところがあるみたいで……あと、こうして部隊長のようなものをやっていると分かるのですが、意外と出費がかかるんです」
「……そりゃそうか」
秀星が使っているものはメンテナンスが不要であり、消耗品など使用頻度は皆無なので、維持コストがゼロだ。
サービス云々にしても、セフィアがいればその全てを賄える。
神器を十個も持っていると、それくらい理不尽な感じになるのだ。必然的に。
秀星はいろいろな意味で最前線にいるが、難易度だけを考えると片手間でしかないのである。
「かさばるものも多いんですよね。毎回、収入の……二割は維持コストのために当てます。これでも結構削った感じですね」
「そこまで出費が多かったら、浪費癖が多いローガンは嫌悪されるだろうな……」
「実際にそうなってしまったわけです。しかも、彼がお金を使いまくるせいで、彼の下にいるメンバーは……その……」
すごく顔が赤くなるルーカス。
「女で遊ぶ金がない。だろ?」
「あ。はい。そうです」
秀星はそんなことを考えただけで顔が赤くなるやつ。初めてみた。
(どんだけ初心なんだコイツ)
若干心配になってきた秀星。
だが、今はそこを追求する空気ではない。
「そうなってしまうと、ローガンさん本人はすごいのに、部下の皆さんのストレスがたまっていくわけですね」
「そうだろうな」
「積もり積もって、追い出すことになったそうです。両親の影響もあって、その権威を振りかざしていろいろと自由にやりだすから、ここで追い出しておく方がいい。みたいな空気でした」
「当然反対しただろうな。第一、ローガンの風評は今落ち続けているんだ。ほかにもマスターランクに匹敵するチームはいるだろうけど、入れたいと思う奴はいないだろ」
人間、実力だけではやっていけないのだ。
秀星は実際にローガンと戦ってみて思ったが、ローガンの強さは別に圧倒的といえるものではない。
イリーガル・ドラゴンの中でもルーカスの方が強いし、他のチームに行ってもそうだろう。
『部下として使えばいいのでは?』と思わなくもないのだが、ローガンのようなプライドの高い人間は言うことをまず聞かない。
独断で動いても成果を上げるのなら問題はないのだが、イリーガル・ドラゴンでリーダーになれたのは、七割くらいコネだろう。
それだけ両親の影響が大きいということでもある。
「終始上から目線でしたよ」
「だろうな。普段から命令する立場にあったんだ。その環境の変化を察することができるとも思えないし」
異世界の貴族にもいたのだが、『どうしても頼みたいと思っている』と勝手に決めつけている連中が多かった。
自尊心が高く、いつまでもその権力が続くと考えている人間がほとんどなので、どうも『頼まれて当然』と考えているものがほとんどだ。
自らの非を認めないことは当然として、事実を捻じ曲げて冤罪を吹っかけるのはよくあること。
知らなかった。といって責任逃れをするのも日常茶飯事。
「僕たちから彼に渡した最後のプレゼントは、帰りのチケットですね」
「それくらいしか渡すものはないだろうな。まあ……何かあったら俺が片づけるから、大船に乗ったつもりでいろ」
「……タイタニックじゃないですよね」
「さすがに沈没船に例えられるとは想定外だな」
ユーモアが利いているのか、素なのかが分からない秀星だった。