第八十六話
ルーカスはぐっすり寝ている。
それに対して、メンバーの動揺はすさまじかった。
もとより、『不眠』のスキルがある故に睡眠を必要としないルーカス。
言いかえるなら、彼に取って睡眠と言うのは嗜好の一つである。秀星に取ってもそうだが。
要するに、彼がベッドで横になっている時は、何かすごいダメージが発生して気絶している時か、死んでいるときだとメンバーが思っているのだ。当然驚く。
「リーダーが寝ているなんて……」
メンバーはルーカスが寝ている寝室に入って、寝ているルーカスを見て驚愕している。
ただ、その驚愕はすぐに変わった。
「うぅん……」
(や、やべぇ。超かわいい。よだれ出てきた)
寝返りをうったりもぞもぞしたり、それなりに寝像が悪いルーカス。
何と言うかもう本当に無防備で、今すぐにでも飛びつきたい衝動に駆られるのだ。
だがしかし、それは無理である。
(ベッドの効果がすごいからな……)
堕落神ラターグ。という神がどれほど凄い存在なのかいまいちまだよくわかっていない秀星。
ただし、ぐっすりと寝ているルーカスを見ればなんとなく察することができる部分もある。
ベッドの効果としては、そのベッドで寝る人間に対して安眠を『強制する』というものだ。
催眠だとかそう言った部分が若干混ざっているのである。
また、起きる際には『騒音神の目覚まし時計』がないと起きられない。
さすがに三大欲求は優先されるが、何とベッドごと動かしてどうにかことを済ませようとするほどだ。
驚異的な効果である。
そんなわけで、ルーカス目当てでベッドに飛び込んでもベッドの効果ですぐに眠りについてしまうのだ。
ミイラ取りがミイラになると言うか……そんな感じである。
「写真は問題ないのよね」
女性メンバーが聞いて来る。
「勿論問題ない」
と言ったことが悪かったのだろうか。
そこからのシャッターの嵐はすごかった。
「……」
部屋の中にいられなくなった秀星は寝室を後にした。
★
「安眠させるためのベッドか。私も欲しいものだ」
「会長はどこでもぐっすり寝られるじゃないですか……」
「いやまあ、あれ、作るの面倒なので二つ目はありませんよ」
「要するにルーカス専用か……まあそれなら構わないがな」
そういいながらも『自分でいれた紅茶』を飲み始める宗一郎。
現在、秀星は生徒会室にいる。
沖野宮高校の生徒も混じって様々なものを見ているが、その影響は大きかったようだ。
数値データとして確認してみたが、既にほぼ全員がゴールドランクになりかけ、といった実力を発揮している。
「おそらく、イリーガル・ドラゴンのメンバーの教え方がうまいというより、マニュアルがしっかりしているからだろう。それぞれアレンジを加えているが、根本的な部分は同じだった」
「まあ、それは俺も思ったけど……」
魔戦士としての『基礎』というものをどうとらえるのかに拠って変わる。
魔戦士は『前提』がみんな同じようなものだが、『基礎』は違うのだ。
これは魔力を生成する器官の問題なので細かい話は抜きにする。
「ただ、少々妙だな。私は以前、イリーガル・ドラゴンにあったことがある。その時も確かに強いチームだったが、今ほどではなかったし、あの時は……そうだな。『鬼教官が居る故の強さ』だった」
「それが今ではマニュアルで……」
「ああ。おそらく、ルーカスが何かをした可能性がある。よく実験室にこもっていたと言っていたからな。目が見えないから補助としてよくほかのメンバーを連れていたらしい」
「実験室か……」
おそらく、ルーカスがチームに所属している時に発見した『失敗の検証』のためだ。
アメリカのトップクラスチームであるイリーガル・ドラゴンと言えど、そのすべてが成功している訳ではない。
日本の評議会でも失敗は多かった。
それを考えると、イリーガル・ドラゴンでも数多くの失敗はあったに違いない。
ただし、ルーカスはその記録をしっかりと付けていた。
失敗した場合、その失敗には明確な理由がある。
無論、『例外的な法則』が時々適用されて、どれほどやっても失敗になる場合があることを秀星は知っているのだが、それは置いておこう。
理由を探るため、もしくは、『今の自分たちには手が出せないものであることを知る』ためと、課題を知るために実験していたのだ。
おそらく、マニュアルと言っているのは、それらの実験の結果の副産物だろう。
「目は見えないが視野は広いようだ。今やっていることをキーワードとして管理することで、別の状況で、目的の達成のためのキーワードを出すことで、それまでやってきたことを活かしている」
「多分、記録を付けるのがうまいんだろうな」
簡単に言えば、一つの実験をやって『A』『B』『C』の三つを発見したとして、別の状況で『A』と『C』が必要になった時はそれを使う。みたいなものだ。
もちろん、その別の状況においても『D』だったり『E』だったりいろいろ発見できるだろう。
『何が起こったのか』ということを直接記録するだけでも、誰にでもできるわけではない。
誰でも同じ解釈が取れる文章というのは、難しいものだ。
「ルーカスを採用しようとした人間。そいつに会ってみたいものだな」
「私も賛成です」
「俺もそう思う」
目が見えず、多くのデメリットを抱えていたルーカス。
そんな彼をイリーガル・ドラゴンにいれたのは、一体誰なのだろうか。