第八十四話
ルーカスもまた、ローガンのように秀星に対して歯が立たなかったわけだが、超高速で動いているうえに、明らかにゾーンに突入しているルーカスすらも簡単にあしらう秀星を見て、スポンサーたちも『うーわ。なにあれ』と思ったくらいである。
ぶっちゃけてしまうと『大人の事情』なのだが、一応説明しよう。
彼らはローガンはもとから飛ばすつもりでいた。
というより、一か月で五十三人も孕ませたうえに、『高いサービスを使いまくる』という悪い浪費癖の教科書のような奴を放っておくと、いずれイリーガル・ドラゴンが崩壊する可能性がある。
彼らは今まで、イリーガル・ドラゴンというチームに莫大な投資をしてきたのだ。
今までは投資してきた分の配当を十分に得ることができていたのだが、利益を得ることができているだけでまだすべて回収できている訳ではない。
そのため、単純に浪費癖が強い金食い虫であるローガンは嫌だったのだ。
もとより、スポンサーたちはルーカスを弱い人間だと思っていない。
と言うより、あれほどの人としてのハンデを抱えていてなぜそれほど戦うことが出来るのかと恐怖することもあるくらいだ。
だが、彼の父親の影響は大きかった。
母親も大きいのだが、まだ抑えておける方。
しかし父親は違う。
大きすぎてなかなか手を出せない。
だが、『手札』がないわけではない。
むろん、それは一つの『情報』でしかないが、重要なカードだ。
いくつかカードはあるが、その中の一つを使って、イリーガル・ドラゴンにおける様々な権利を握っている椅子から蹴落とした。
ぶっちゃけ、両親のほうもあまり大したことはない。
アメリカでは珍しく、功績もなく残っている人間だ。
これは、借りている側ではなく貸している側に回っているからこそである。
とはいえ、グレーゾーンというものを利用しているだけに過ぎない。まだいろいろある。
ルーカスと秀星が全く本気を出していなかったことは分かっている。
だが、ローガンの両親の地位を壊すためなら、ルーカスの任命は悪いものではないのだ。
★
「お。こんなところに喫茶店があったのですね」
夜。
基本的にホテルで寝泊まりしているイリーガル・ドラゴンのメンバーだが、もちろん自由行動も多い。
喫茶店『サターナ』
ルーカスは、そこに訪れていた。
目が見えない彼だが、雰囲気だけで察することができる。
「いらっしゃいませ」
ルーカスが店内に入る。
どのような人間が店内にいるのかはまだわかっていないが、三人と、赤子が一人いることが分かった。
一人はカウンターの奥にいることもわかっている。
「……る、ルーカス・コープランドだと」
五十歳くらいで糸使いのおっさん、カルマギアスであれから関東支部支部長から東日本支部支部長になり、薄毛が進行した簔口亮介。
この町にイリーガル・ドラゴンが来ていることは知っていたが、まさかこの喫茶店に来ているとは思っていなかったようだ。
「イリーガル・ドラゴンの新リーダーですか。実際に見ることになるとは……」
諸星和也。
あの来夏の夫である中性的な顔立ちの青年。
娘である諸星沙耶を抱いている。
とはいえ、何かを言うわけでもなくじっとしているのだが。
しかも真顔で。
「……なんといいますか。僕と同類のような感じがしますね」
ルーカスはその空気を感じて、そうつぶやいた。
「まああなたほどではありませんよ。ところで、点字で記載したメニューも一応揃えていますよ」
「あ。お願いします」
カウンター席に座ってメニューを道也からもらうルーカス。
そのしぐさで目が見えないデメリットを抱えているのは分かるが、別に何か悲観しているようには見えない。
良くも悪くも無邪気なのである。
サラダを三種類とパン。そしてプリンという、何ともやわらかそうな感じだ。
全体の筋力が弱いのだろうか。弱いんだろうね。
道也が作っている間、それ以外の三人で会話が開始。
「それにしても、イリーガル・ドラゴンの新リーダーか。まさか会えるとは思っていなかったぞ」
「あなたの声。聞いたことがありますね。確か、カルマギアスの関東支部支部長さんだったはずですが……」
「今では東日本支部の支部長になったぞ」
「あ。昇格おめでとうございます。簔口亮介さんといえば、最近では魔法社会の警察組織が介入できない案件に入って解決する人たちとして有名ですね」
簡単に言えば昔の暴力団のようなものである。
「朝森秀星を相手にしたくないだけだ」
「実際に戦ってみて僕もわかりました。確かに、敵対はしたくないですね」
そういってからからと笑うルーカス。
「それにしても、まだ十六歳くらいだろう。イリーガル・ドラゴンの新リーダーというのは、いろいろと責任も多いと思うが……」
「それもそうですけど、やりがいはあると思ってますよ。それに、秀星さんに会えてよかったですね。なんといいますか、頼れるお兄ちゃんにあったような感じがします」
そういってとてもいい笑顔になるルーカス。
肉体年齢が秀星と同じとは思えない。
「えーと……来夏さんの旦那さんでしたっけ?」
「そうですね。というより、知っていたのですか?」
「来夏さんが結婚していたというのは僕も聞いたことがなかったので、びっくりしました」
「まあ、プロポーズがあれですからね」
かなりげんなりした雰囲気で道也が持ってきた。
「おおっ!おいしそうですね!」
臭いでわかるのだろう。
……たぶん。
さっそく野菜をむしゃむしゃと食べ始めるルーカス。
おいしそうに頬張る子供というのはいいものだ。
服によっては女の子にしか見えないだろうし。
「とってもおいしいです!」
「ありがとうございます」
一気に口の中に放り込んでいくルーカス。
そんな様子を、三人は微笑ましい目で見ていた。
「あう~」
そのとき、沙耶が反応。
ちょうど食べ終わったルーカスが、沙耶のほうを向いた。
沙耶が手をルーカスのほうに伸ばしている。
どうやら、ルーカスのことが気に入ったようだ。
和也が沙耶をルーカスに渡すと、ルーカスは慣れた手つきで抱きしめる。
「おっ、ちょっと重いんですね」
「ええ、そうですね」
そういう間にも、沙耶はルーカスの頬を叩いたり、胸に顔をうずめたりしている。
途中、『あれ、胸がない』といった表情になったが。
そりゃないわ。だって男だもん。
「健康そうでいい子ですね」
ルーカスが言うととても重く聞こえるのは気のせいではあるまい。
三人はすごくげんなりした。
「この子はなんていうのですか?」
「諸星沙耶ですよ」
「そうですか。沙耶ちゃん。僕もルーカス・コープランドですよ~」
「きゃっきゃ♪」
沙耶はとても楽しそうだ。
和也が抱いていた時とは大違いである。
「将来は元気いっぱいの子に育つんですよ~」
(((勘弁してくれ)))
元気があるのはいいけどもうちょっとお淑やかに育ってほしい。
というより、元気の意味が『健康』であってほしい。
特に和也は思う。
家に来夏は二人もいらん。普通に禿るわ!
それにしても、と三人は思う。
沙耶を抱いているルーカスから感じられるのは、なんというか、母性らしきものである。
来夏は体が大きく胸もすごいので母性はすごく感じられるが、ルーカスからは別ルートで母性を感じる。
男のはずなのだが……こればかりはよくわからん。
「いい子ですね。両親の愛情が感じられます!」
「「「……」」」
ルーカスの境遇を知っている三人からすれば何を言えばいいのかわからない。
茅宮道也。簔口亮介。諸星和也。
よく『苦労人』といわれる三人だが、この時ばかりは思う。
(((上には上がいるものだな)))
切実に、そう思った。




