第八十三話
現在、この学校の一般生徒は全員が学校の外にいる。
そんなことが可能なのか。といわれると、別に珍しい状況ではない。
高校入試などがある場合、そもそも学校の敷地に入ることすらできないようになっている場合があるだろう。あんな感じの状況が再現されているのだ。
人間、前例さえあれば問題がないと考えやすい。
そう言った前例を怪しまれない程度に、特に何も用事がなくても混ぜこんでいる。
沖野宮高校は偏差値が高くも低くもない普通科高校であり、勉強熱心な生徒はそれなりにいるが、基本的に、休日が多くて不満を感じる生徒はいない。
教育委員会が確実に出しゃばってくるような状況下だが、世の中金である。
いろいろなところを買収して何とか成り立たせているのだが、表の世界と比べてかなりの金が動いているのが魔法社会。
表の人間を買収するくらいなら、小さなダンジョンを抱えているだけの八代家でも十分可能なのだ。
やりすぎ。と思われるかもしれないが、多くの者が『必要経費』だと思うように『小さな洗脳』をそれなりに行っているので、実は疑問にすら思われない。
人間、自分が得ている状況に整合性が保たれていると認識すれば何も思わないのだ。
実際、学校の生徒の三分の二が魔戦士である沖野宮高校ではいろいろと行われているのだが、異世界に行って帰って来るまで、秀星は何も気が付かなかったくらいである。
お恥ずかしい限りだ。
そんなわけで、いろいろな意味で浸食されている九重市では、比較的、魔法社会の事情が優先される。
だからと言って表社会にのみ生きるもののことを考えていないわけではない。
バランスに気を使っている。
だが、それでも『漏れる』時がある。
そういうときはまあ、セフィアに任せているので問題はない。
なので、思いっきりやれるのだ。
★
イリーガル・ドラゴンに人気があるかどうかはともかく、外国人らしい美男美女もいるし、今回に関しては沖野宮高校の生徒に対していろいろ教えてもらえるということもあって校庭にいる生徒も多い。
マスターランクチームになると、感覚派というか、天才肌で入団したメンバーもそれなりに多いので説明が下手なものも多い。
というより、困ったときは擬音語を交えて教えておけば何とかなると思っている奴がそれなりにいる。周りからすれば『?』なのだが、本人としてはまじめなのだからあまり意味がない。残念な話だ。
「そういえば、ローガンはどうなるんだ?」
「あ、ローガンさんなら、すでに『元マスター』になっていますよ」
「……?」
「実は、先ほどの決闘の映像や情報はすでにいたるところに拡散しています。結果として、スポンサーたちがローガンさんを『マスターとしてふさわしくない人間』としたわけですね」
「現在のマスターは?」
「僕です」
「……厳しい世界だな」
「当然ですよ。組織というのは株主のものですから」
世知辛い。
とはいえ、それがアメリカだ。
なお、それでも縋り付こうとするのは、マスターランクチームのトップに立つゆえの恩恵を得ていたいからだ。
秀星は自分で家事をすべてできるし、そもそもセフィアがいるので気にならないのだが、多くの魔戦士は戦うことしかできない。
だからこそ、おいしい料理が出てくることに快感を感じるし、大量の金があることで受けられるサービスに酔いしれるのだ。
自分で作れるものにとっては気にならないのである。『自分でできるから』だ。
「ローガン。さんざん金を使ってきたのに大丈夫なのかね?」
「最高決定権保持者であり、責任者である人間が僕にかわるだけで、ローガンさんは除名されたわけではありませんから、まだマスターランクチームとして所属することは可能ですよ」
「……」
「まあでも、財布のひもは僕が握っていますけどね!」
エッヘン!と言わんばかりに胸を張るルーカス。
本当に同世代の男の子なのだろうか。ちょっと秀星にはわからない。
「あと、スポンサーの皆さんから言われたんですよね。秀星さんと一度戦ってくれって」
「……そうか」
実力を確認したいということなのだろうか。
「いいですか?秀星さん」
上目使いで瞳をうるうるさせてこちらを見るルーカス。
そんなルーカスを、秀星は真顔で見ていた。
ルーカスは『あれ?』という表情になった。
まあ当然だろう。本人もわかっている節がある。効かなかったことがあまりないのだ。
それとまあもう一つだけ言っておこう。
秀星は、『状態異常』にならないのだ。
たとえ誘惑してきたとしても、影響など皆無である。
「まあ、戦いたいというのならやってやるさ。俺も、ルーカスの実力を知っておきたいからな」
「ありがとうございます!秀星さん!」
そういって抱きついてくるルーカス。
……これは素だな。
秀星は、なんとなくわかった。
あと……なぜか、生まれたての赤ん坊みたいな匂いがする。不思議である。
★
秀星とルーカスがバトルするという情報はすぐに広まり、校庭の中央から一気に人がいなくなった。
気になるのだ。
日本でトップクラスである秀星と、アメリカのマスターランクチームのリーダーであるルーカスの、どちらが強いのか。
いや、ある程度結果を察している者もいるが、それでも、どれほど食らいつけるのかを見たいというものもいるのだ。
秀星はマシニクルを構えて、ルーカスは長剣を両手で構える。
「それでは、ルールは先ほどと同じで、どちらかが降参するまで、ということでいいですか?」
「構わん」
いずれにせよ、相手が気絶したら終わりだが、まあそれはいいとしよう。
ルーカスはコインを一枚取り出す。
「合図です。行きますよ」
左手に乗せて、はじくルーカス。
……思ったより上に飛んで行った。別にいいけど。
「「……」」
いや、ルーカス本人が力加減を間違えたような表情だ。
責めないから集中しなさい。
とはいえ、コインが落ち始めると表情が真剣なものになるルーカス。
そして――
チャリン。という音が聞こえた瞬間、秀星は、マシニクルから出した刃で、ルーカスが振り下ろした剣を受け止めていた。
「!」
ルーカスも受け止められるとは思っていなかったようで驚いているが、すぐに表情を戻して連撃を開始する。
思ったより早い。
とはいえ、マシニクルで難なく受け止めていく秀星。
秀星の動きはそこまで早くないのだが、それでも、速度で勝負するルーカスの剣をすべて受け止めたり、受け流したりしている。
技術の差だ。
らちが明かないと思ったのだろう。
ルーカスは瞬時に距離を取って、剣に魔力を集める。
次の瞬間、振り下ろされた刀身から斬撃が飛んできた。
マシニクルの弾丸を放って斬撃を砕いて、後ろから切りかかってきたルーカスの斬撃を受け止める。
(なんていうか……普通に急所を狙ってきているんだが……)
意外と容赦のない性格らしい。
(それにしても……入ってるな)
ゾーン。というものだろうか。
秀星も入ろうと思えばいつでも入れるが、ルーカスは今その状態だ。
圧倒的なほど集中している。
本来なら避けられるはずのない攻撃を防がれても、『防がれた』という情報としてのみ処理しており、『驚愕』の材料にならない。
思考に間や隙がなくなることで、連撃を放ってくる。
秀星に通用するかどうかとなるとそれはまた別問題だが。
「強い……というより。才能がある上に努力の痕がよく見えるな」
斬撃を止めながらも、しゃべる余裕がある秀星。
というより、ルーカスもそうだと思うが、秀星もわかっているのだ。
(精度が落ちてきた。どうやら、体力不足っていうのは本当みたいだな)
秀星を前にして、隠したいと思ったことを隠すのはほぼ不可能だ。
ゾーンの効果時間が短すぎて、それをよく理解しているルーカスの本能が焦りだしている。
そろそろ終わらせるか。
「!」
秀星は斬撃をはじいた瞬間、ルーカスの胸ぐらをつかんで、そのまま地面に押し付けた。
「あぐっ!」
肺の空気が全部抜けたような声を出すルーカス。
それと同時に、ゾーンが完全に切れた。
「はぁ……はぁ……僕の負けです。秀星さん」
「だな」
胸ぐらをつかんでいた手を放して、今度は左手を持ってルーカスの体を引き上げる。
服についた汚れをパンパンと落として、朗らかに笑うルーカス。
「これでも、アメリカにいたときは負けたことがなかったんですけどね。いい経験です!」
「そうか」
アトムほどではない。
だが、剛毅より確実に強いだろう。
それほどの実力を持っているが、身体的なハンデが大きすぎる。
(才能の差か……)
ルーカスの小さな体を見て、秀星は改めて思うのだった。