第八百十九話
椿と基樹の戦い。
刀と剣を使った戦闘ではあるが、当然のように椿の方が遊ばれているといったところだ。
ただそれは当たり前の話で、基樹は一億年もの長い時間を異世界の魔王として使ってきた存在であり、当然その中では戦うことも多かった。
それだけの研鑽を積んできた基樹に、優れた武術を持つ両親に恵まれているとはいえ、十五年しか生きておらず、持っている剣術が『素直な太刀筋』では、とてもじゃないが基樹には遠く及ばない。
魔力を使って身体能力を強化することは可能だが、それは基樹も同じである。
あまり使わないが、椿は風属性の魔法なら使用可能。
しかし、魔法の熟練度は基樹の方が上。
搦め手は言うまでもない。
秀星にも言えることだが、こと魔法が絡む戦闘において、ほぼ全人類の完全上位互換なのである。
「全然当たらないです!」
ぷううううう!と怒っている様子の椿。
「ふああああ……おー。まだやるのか?元気だなぁ……」
遂にあくびを始めた基樹。
正直余裕そうだが、本当にそうなのだから仕方がない。
椿が弱いのではなく基樹が強すぎるのだ。
「お父さんも言ってましたけど、基樹さんは本当に強いですね……」
「お、秀星も言ってたのか。まあそうだろうな。で、どうするんだ?」
「……一時撤退ですうううううううううう!」
そういいながら基樹に背を向けてビューーーーーン!と去っていった。
てっきり最後まで戦うと思っていた基樹だが、どうやらそういう気分ではなかったらしい。
そうでなくとも、椿には椿なりの楽しみ方があるのだろう。
戦うことだけがこのイベントの目的ではないし、また気が向いたら戦いに来るかもしれない。
「……マジであの体力、どっから湧いてんだろうな」
基樹はそうつぶやいた。
……まあ、あれだけ腹いっぱい食べていて、『力が湧きません……』などと言われても逆に困るので、このくらいがちょうどいいのかもしれない。
何をもって『ちょうどいい』とするのかについての『基準』は常に変動するので説明を求められても困るのでスルーさせてもらうが。
「さてと、俺はどうするかなぁ。正直、もうすでに結構な数倒してるから、スコアはかなり溜まってるんだよなぁ……」
スマホには獲得スコアは表示されてもランキングは表示されない。
一応、何かしらの『特典』の結果としてランキングが見られるようになるシステムもあるのだが、単純に戦っているだけではそれらのシステムを利用することは不可能である。
基樹もランキングシステムを持っているわけではないのだが、一度も負けておらず、同スコア帯の参加者をかなり倒しているためスコアはかなり獲得している。
懸賞スコアの減少は負けると発生するが、所有するスコアが奪われることはない。
……奪うシステムはどこかにあるかもしれないが、そこまで気にしていると何も解決しないのでスルー。
「俺も移動するか。斬撃の音で誰かが来るかもしれないし、風香が戻ってきたら面倒だ」
基樹はあまりこのイベントに乗り気ではない様だ。
「はぁ、美奈とクリスマスにどこに行くか考えてたら、まさか二人そろってイベントに参加とはな。依怙贔屓は好きだが有名税は嫌いだよ……」
そう言ったとき、わずかに角度が違う三方向から弾丸が飛んできた。
基樹は左手で三つの弾丸を全て掴んで止めると、右手に持った剣を振ってビルをぶっ壊す。
ビルの中に隠れてスナイパーライフルで基樹を狙っていた三人がビルの崩壊に巻き込まれて致命傷判定が出て転移していった。
「……隙が無いって思ったんならさっさと標的を変更すればいいのに……俺の懸賞スコアに目がくらんだか?」
剣を鞘にしまって両手をポケットに突っ込むと、基樹はそのままどこかに歩いていった。
そして、奥のT字路の角から、ひょこっと椿が顔を出す。
「……私が来たときのビルの倒壊の犯人はおじいちゃんじゃなくて基樹さんだったんですね」
確かにそうだったのかもしれないね。
……あと椿ちゃん。ずっと高志だと思ってたの?




