第八十話
目線だけでどうするのかというのは大体決められるものだ。
アイコンタクトによって成立する『沈黙会議』である。
魔法を使ってテレパシーもどきを使えばもっと細かくできるのだが、それすら不要であった。
というわけで。
「聞くわけないでしょ。そんな命令」
「ほう、ならば決闘だ!」
背中の剣を抜き放つローガン。
なんというか頭が悪い。
「必要な会話が丸ごと放棄されているような気がするのは気のせいか?」
「オレもそう思ってるところだ。安心していいぞ」
来夏からグッドサインが来た。
まあいい。ちょっとOHANASHIするとしよう。
「決闘するのはいいが。ルールとかは決まってるのか?」
「当然だろう。相手を降参させること。これに尽きる。本来我々は、個人の私闘に時間をかけるほど暇ではないからな」
「そうなのか?」
「当然だ。治安維持にかかわらない限り、魔戦士同士で戦う意味などない」
二点ほど突っ込みたいところがある。
まず、挑んできたのはローガンのほうである。
魔戦士同士で戦う意味はない。というのも、一応治安維持のうえでは――あくまでも言葉だけで判断すれば――納得しているそうなのでいいのだが、戦う意味がないとはっきり言ってしまっては元も子もない。
第一、魔戦士として競うのなら、魔戦士同士で戦うのではなく、モンスターの討伐数で競い合うべきだ。
そうすれば、モンスターを討伐すれば素材が手に入るのだ。競い合っている本人たちにしても、その場にはいない第三者にしても利益のある話だ。
その点、決闘に意味はない。お互いに損害が少なからずあるだけだ。
なるほど、確かに、魔戦士同士で競い合うことに意味はあっても、戦うことにあまり意味はない。
もう一点。
私闘というのは、個人における争いのことだ。
個人の私闘というのは重語である。
来日魔戦士ゆえの間違い……というわけではなさそうだ。
まとめると……何がしたいんだこのバカ。ということになる。
「それともなんだ。この僕の強さに恐怖しているのか?」
倒すのに一秒もいらないやつに恐怖などしない。
「相手を降参させればいいんだな?」
「そうだ。魔戦士は世界の人口に比べると数が少ない。怪我をさせる程度までならまだしも、魔戦士生命を絶ってしまうほどのものになれば愚の骨頂。勝利を宣言するのではなく、相手を屈服させる。これが、周りにもわかりやすい」
間違ったことは言っていない。筋が通った話だ。
とはいえ、今この場で決闘そのものを行う意味がよくわからないのだが。
決闘が意味不明なものと言いながら筋が通ったルールが存在するのも、避けられない状況が発生することを考えると不自然ではない。
まあいい。
あとは肉体言語だ。
お互いに距離を取った。
ローガンは剣を構えて、秀星はマシニクルの銃口を向ける。
「黄金の銃か。趣味の悪いものだな」
「そうか?まあでも、なめてると怪我するぞ」
「フンッ!」
ところで……。
「開始の合図は?」
「これは実戦形式だ。というわけで行くぞ!」
ローガンが突撃してくる。
秀星は一瞬、何を言えばいいのかわからなくなったのだが、それはもういいと思うことにした。
マシニクルのトリガーを一度だけ引く。
当然弾丸が射出され、まっすぐローガンの方に向かっていった。
ローガンはなんと、その弾丸を切り落としていく。
だが、秀星のほうに驚きはない。
その程度ならできると最初から判断しているからだ。
成果主義のアメリカで、実際にマスターランクレベルのチームのマスターなのだ。それ相応のレベルが求められるのは当然。
引き金を何回も引くが、剣の位置の都合上、振りにくい場所もしっかり対応してくる。
からめ手を何度も使ってみるが、すべて対応してきた。
(技術はあるが、細部がなぁ……才能で駆け上がってきた感じか)
ただし、アトムが持っていたような圧倒的なものではない。
アトムが天才だとするなら、ローガンは多少才能がある程度、といったところだろう。
全く経験がないというわけではない。
だが、言い換えるなら『慣れ』というものがない感じだ。対応可能ではあるが、一瞬、ローガンのほうに実行するための時間があるような気がする。
「ハッハッハ!その程度の銃撃で私がひるむとでも思っていたのか!」
剣を振り下ろしてくる。
いやそれはいいが、寸止めにする意思が見られない。
(おい、怪我させるのはダメなんじゃなかったのか)
一瞬そう思ったが、聞いてくれる人には見えない。
少しお灸を据えよう。
秀星は振り下ろされた剣を回避すると同時に、ローガンが反応不可能な速度で回し蹴りを叩き込む。
もちろん。顔である。フェイスである。GANMENである。
「ブホアアアアアアア!」
何とも形容しがたい小動物を、全力で踏んだような声が漏れると同時に、ローガンは空中を三回転して地面に後頭部から墜落する。
そのまま気絶してしまった。
あの、股間が若干濡れて……いや、これ以上は彼の沽券にかかわるのでおいておくことにしよう。
「何とも無残な顔になってしまったな」
それはそれなりに本気で、ただし、顔面だけであり、首から上に存在するものに対して機能障害を与えない程度に叩き込んだ。
が、治る程度なら別にいいので鼻が曲がっているし、歯も何本か折れている。
すごいイケメンだったのだが。それはもう過去のことになった。
「いや、明らかに狙っただろ」
来夏はそういった。
「何言ってんだ。当然だろ」
そしてなんの悪びれもなくそういう秀星。
周りが唖然とするなか、イリーガル・ドラゴンのほうから誰かが来た。
少し頬が痩せている金髪の少年だ。秀星と年齢がほぼ同じだろう。
身長も百六十センチくらい……いや、それより少し低い。大柄なメンバーが多い中珍しい。
中世的な顔立ち。といえるだろうか。服装によっては少女に見えなくもないだろう。
強者としてのオーラはないこともないが、少し薄い。
「どうもありがとうございます。僕たちのバカリーダーを叩き潰してくれて。本当に感謝しています」
「……」
なんか感謝された。
「……心中お察しするが、一応理由を聞いても?」
「このリーダー。本当にやりたい放題なのですよ。実力はあるのですが……」
「たとえば?」
「リーダーに就任してから一か月で五十三人を孕ませたのです」
「……」
言葉を失った。
「だれも止めないのか?」
「持っている裏の権力が大きいのですよ。あ、自己紹介が遅れました。僕はこのチームのナンバー2。ルーカス・コープランドです。一応リーダー候補でもあったのですが、政治力で負けてしまったのですよ」
ハハハと笑うルーカス。
「政治力って……裏に関係するのか?」
「まず親のこともありますね。僕は両親ともに魔戦士ではなく、彼の両親はいずれもアメリカ魔法社会の上位組織の重鎮で、若いころは魔戦士として戦っていたそうです」
「確かに差があるな」
「僕は最初、両親に対して魔戦士のことを隠していましたから、時間的な制約も多く、交渉に力を出すことはできませんでした。代理を出せるほどの人脈もありませんからね」
不憫である。
「あと、これが一番の痛手といいますか……僕、目が見えないんですよ」
「ああ。見ればわかる」
秀星は即答するが、ほかの剣の精鋭のメンバーは驚いていた。
「本当に目が見えないの?」
雫は驚いているようだ。
目が見えないにしては、動きが自然すぎるからだろう。
「はい。でも、見えないのは生まれつきですし、魔法具を使っていろいろと支援すれば、戦うことくらいはできますよ」
「目が見えない状態で戦うって……」
秀星も目をつぶって戦うことは別にできなくはない。
人の感覚神経は眼だけではない。
ぶっちゃけ、目も耳も機能していなくとも、鼻で識別し、肌から感じられる空気の動きで察することはできる。
エリクサーブラッドがあるのでそもそもそうはならないだろうが。
「僕は病気を抱えていて、定期的に高額な薬を注射しないとと少々まずいことになるので。お金は必要なんですよ」
だんだん空気が重くなってきた。
「ま、まあ、なんというか、これからよろしくな」
「いえいえ、とんでもないですよ!」
そう言ってルーカスは手をブンブンと振った。
すると、彼のポケットから何かが落ちた。
……注射器が三本入ったケースと、魔力を混ぜ合わせて調合された副作用が強い胃薬だった。
「……」
「あ。失礼しました」
あわてた様子で拾ってポケットに突っ込むルーカス。
そのしぐさにすごく、秀星は心に来るものがあった。
ふと、イリーガル・ドラゴンのメンバーを見る。
泣いている人が少なからず存在した。
というより、中には自分の子供がルーカスと同年代の場合もあるだろう。
若いメンバーも若いメンバーで、年が近い子供がこれほど抱えていたらいろいろ言いたくもなる。
「……ちなみに、君の両親は?」
これほどの不幸を抱えているのだ。親だって心配するはずである。
「お父さんが借金を作りながら酒とタバコに依存してる無職で、お母さんはホストに通い続けていて……」
「あ。うん。ごめん。もういいよ」
家庭環境には頼れん。
「とりあえず、どこでもいいからゆっくりしているほうがいいぞ。モンスターと戦って怪我なんてしたら……」
「大丈夫ですよ。これでもマスターランクのチームに入れるくらい強くなれましたし、それに、病気の影響で体力があまりないので、大けがしても、三途の川だってわたりきれませんから戻ってこれます。首に縄をかけて天井からぶら下がっても平気でした!」
それは自殺未遂である。
秀星は何を言えばいいのかわからなくなった。
なんていうか……その……誰か助けてください。