第七十六話
「今までにこんなことはなかったのだがな……」
「知らないものもいる。ということだろう」
ガイゼルとナターリアはそうつぶやいた。
二人の目には呆れが混じっている。
「確かに俺達もモンスターであることは間違いないからな」
「私たちが住んでいる森や洞窟で、魔戦士が活動することは別に禁止されているわけではない。彼らは権利を行使しているにすぎないからな」
マクスウェルであり、エイドスウルフであり、一応、八代家ともつながりを作って森や洞窟で生きている彼らだが、モンスターであることに間違いはない。
九重市の外から来た魔戦士が彼らを発見したとしても、知らないのであれば襲い掛かってきても仕方がないのだ。
八代家の当主とは、『一応その可能性もある』と言う話はしている。
そして、その時にできる限り追い払うだけにするという契約もしているので、命を狙うことはしない。
人の命は脆いものだ。
だが、人の『意識』というものも、二人からすれば脆いものである。
マクスウェルからすれば、気温を氷点下まで下げることで意識を奪うことはできる。
エイドスウルフも、一度、自分の体を『恐怖しやすい存在』の形に見せることで失神させることは十分可能だ。
容赦がないのは二人も同じである。
慣れているのだ。
それなりの実力者が送りこまれてきたとしても問題はない。
「アメリカの魔戦士が送りこまれてきたころからかなり送りこまれるようになったが……」
「いざとなれば秀星に報告しよう。通信できるあれはまだ持っているからな。早期解決のためには早いうちに使っておくのがいいが、あまりにも早いとそれはそれでプライドの問題がある」
二人とも、この森で長い間生きてきた種族である。
そして、長い時を生きているということは、自分たちには『経験』という強さがあると自負している。
まあ、本当に化け物のような存在は敵対しないようにうまく考える必要があるのだが、これに関しては秀星の味方になることが出来たのであと百年弱は大丈夫だろう。
「俺にしてもお前にしても、『モンスターの素材』という視点からするとそれなりに良いというのがな……」
「中には『知らなかったフリ』をして殴りかかって来るものもいる。とは言え……そう言う輩はもとから多かったからな。別に今更だ」
長い間そんな感じだったので、今更外国の連中が攻めてきたとしても驚くことではない。
そう言うことも初めてではない。
人は歴史の勉強をしないので、同じ過ちを繰り返す。
ガイゼルとナターリアの共通認識として、『今自分がやろうとしていることは、以前にも誰かが似たようなことをやっている』というものがある。
要するに、天才的なひらめきだと思っていても、実際のところ、長い歴史を見れば誰かがやっているのだ。
歴史の勉強をしている者は、その過ちを繰り返すことはない。
実行に移すにしても、その歴史を勉強することで、何が悪かったのか、何が失敗の原因になったのかをしっかりと調べる。
「指揮官が変わればその時点で命令記録がリセットされるのはよくあることだ。今回も、おそらく同じようなものだろ」
「……いずれにしても頭が悪いな」
仕方がないといえば仕方がないのだが、世の中はそんなものである。
溜息を吐く二人。
部屋の隅の方で『しゅうせいさんこないかな~』とごろごろしているライナが視界に入るが、まだ説明しても意味が無いので置いておくことにした。
★
「ふむ、アメリカだから、というと偏見になるものだが、『どこにでもその手のバカは一定数いる』というと納得できるからこそ、世界と言うものは分からんな」
「会長のようなタイプのバカはあまりいないと思いますが……」
「まず私のようなバカがどういう特徴を持っているのかを小一時間問いただしたいところだが、置いておこうか。手紙の処理に忙しい」
宗一郎は生徒会室で数多くの手紙を確認していた。
アメリカからの勧誘の手紙だったり、九重市に対する魔戦士としての付き合いを書いたものもある。
「……勧誘はいい。だが、九重市に対して何かを言うのであれば、八代家に言うべきではないのか?」
「八代家が大した組織ではないと考えているのでは?」
「可能性が高いのが何とも言えんな」
そういいながらもパソコンにチームの名前と備考を記載していく宗一郎。
ちなみに、彼は読みはするがその上で無視するタイプだ。
手紙を見れば大体どんなことをチームが考えているのかわかるもので、リストにしてまとめておくことで後で判断する際に使うのである。
秀星の場合は即座に反撃するが、宗一郎はそう言ったことはしないし、そもそもできないが。
「それにしても……」
「なんだ?」
「会長、英語の手紙。読めるんですね」
「私のことをバカにしすぎじゃないか?」
生徒会長だからと言って高い学力が求められているわけでは無論ないのだが、宗一郎は別に戦闘狂と言うわけでもない。
勉強するだけの時間をとることはできるし、もとから集中力は高いほうだ。
「いえ、正当な評価だと思います」
「私の英語のテストの答案を君は何度か見たことがあるはずだが……」
「とはいってもごく一般的で偏差値もたいしたことのない普通科高校の三年生レベルじゃないですか。英語の手紙を初見で読めるほどの学力を学校側が提供しているとは思えないんですけど」
「教師の皆さんに失礼だからそれ以上は何も言わない方がいいぞ」
そういいながらも手紙を読む宗一郎。
というより、英里の方を一度も向かない。
そこまで反応するようなことではないからだ。
「あと、そのリストを作るの、はっきり言って面倒だと思うのですが……」
「ぶっちゃけそうだな」
「あ。面倒なんですね」
「当然だろう。必要だからやっているだけだ」
「朝森秀星が動いた瞬間にリストを作った意味が無くなりますが」
「万が一に備えることが必要だ」
「もっと備えるべき身近なことがいろいろあると思います」
その言葉に、宗一郎の手が止まる。
数秒間硬直した後、彼は口を開いた。
「それは禁句だ」
いろいろなところで現実逃避するタイプなのであった。