第七十三話
「秀星様。お手紙が届いていますが」
「……また勧誘か」
「はい」
秀星はげんなりしていた。
アストログラフのトップを叩いたタイミングからだろうか。
秀星のところに、勧誘の手紙が届くようになった。
多いのは、『剣の精鋭が所有する施設・設備よりも上のサービスを提供する』みたいなことがかかれていたし、秀星専属の補助人材が割り当てられることもかかれている。
だが、はっきり言っていらない。
「設備・施設って言われても、別にそれが目的で剣の精鋭に入ったわけではないし……俺専属の補助人材って言われてもな。そもそもついてこられないだろうし、セフィアがいれば十分だし……」
「あのネットの記事がまだ残っているのでしょう」
「まだ俺が下半身に脳味噌がある頭の悪いやつだと思われてるってことか」
「はい」
「即答するなよ」
「取り繕っても仕方がないでしょう」
「それもそうだけどさ」
多くは外国からだ。日本のチームからは届かない。
船での一件が効いているのだ。
中には、力を持つ故の義務だのなんだの言っているところや、明らかに宗教が絡んでいるチームの勧誘もあったりするのだが、当然すべて見るだけで後はゴミ箱ダンクである。
その程度の言葉で揺らぐほど、秀星は甘くない。
「一応確認しておきますが、秀星様が『剣の精鋭』のメンバーであり続けようと思う理由はあるのですか?」
「雰囲気」
「……理解しました」
チームの雰囲気と言うのは、メンバーのほとんどが意図的にしても無意識にしても作り上げていくものであり、一朝一夕で変わるものではない。
だからこそ、人間は雰囲気で場所を選ぶことがある。
秀星もそれに漏れないというだけの話だ。
「どのような雰囲気が気に入っているのですか?」
「基本グダグダかアットホーム。たまにやけくそなところ」
「胃に穴が開くと思いますが」
「俺の場合は空いても治る」
事実である。評価にしても胃にしても。
それはそれとして、秀星は別に剣の精鋭が『平和』だと考えている訳ではない。
わざわざあれこれ考えるまでもなく、日常が過ぎていくのが平和だからだ。
剣の精鋭のように、事情を抱え込んでいるメンバーが多いのを『平和』とは言わない。
だからこそいろいろとあるわけで、それらをモグラたたきのようにいろいろやって行くのは別に嫌いではないのだ。
とはいえ、剣の精鋭を見て『混沌』であることに気が付かない時点でいろいろと意味はないようなものだ。
「勧誘ねぇ……まさか外国からも来るとは思わなかったけどなぁ……ていうか、日本語に翻訳しないで英語のまま送りつけてくる奴もいるんだけど」
「そう言う手紙に限って『反応がない場合はチームの移籍に同意したとみなします』と書かれていますからね」
「沈黙は肯定だとでもいいたいのかね……ンなわけないだろ」
断りの電話を入れるのはすごく面倒なのだ。
なので、セフィアに声真似をさせて対応してもらっている。
ただ、若い女性の口から自分の声が聞こえるというのはなかなか気持ち悪いが、既に異世界でもよくやっていたので慣れている。
「まだ英語ならいいよ。何語なのかすらわからないものとか、明らかにどこかマイナーな民族が使っている方言みたいなのもあるからな。はっきりいって暗号だぞ……」
「嫌がらせですね。因みに『沈黙肯定文』は記載されているのですか?」
「もちろんだ。ただ……『鑑定』を使えば、概要欄に翻訳された内容が記載されるから、はっきり言ってそんなカモフラージュは意味ないんだよね……」
努力と作戦を丸ごとぶち壊すようで悪いが、大概の戦術は秀星には通用しない。
それは何も、単純に戦闘だけに限らないのだ。敵対組織からすれば頭の痛い問題だろう。
「まあ、ただの勧誘文ならいいさ。中には剃刀を仕込んでいるような手紙もあるんだよな……その程度の刃物が俺の指に通用すると本気で思ってんのかね?」
「思っていなければ剃刀を仕込むことはないと思いますが」
「まあ俺もそう思うけどさ……あ、これ、『呪術』が付与されてる。勧誘に賛成させるタイプのものかな?」
「エリクサーブラッドの効果で状態異常にならないので無駄な努力ですね」
「だな。ていうか、アメリカの魔戦士社会では『沈黙肯定文』が流行ってんのか?すごい確率で書かれてるんだけど」
まあ、明らかにダミー組織っぽい感じのチームもある。
数の暴力と言うか、物量作戦というか、とにかくそんなノリでかかってきているのだろう。
「しっかり読んでいない方が悪い。ということでしょうか」
「自分たちが上位者だと思っている人達の理論だな……アストログラフがつぶされた程度なら問題ないと考えているのならそれはそれで逞しいが……」
ただ、襲撃してみて思ったが、アストログラフの『日本で言うプラチナランクくらいの強さ』というのはあまり賛成できない。
長い歴史の中で腐敗したのか、最初からダミー情報なのか、そのあたりは不明だが、あまりいいものでないことは事実だ。
「直々にスカウトマンを配置してくることがあるかもしれませんね」
「有名税くらいなら払ってもいいんだけどなぁ……はっきり言って面倒なことになったもんだ」
勧誘される立場にあるということそのものは悪いわけではない。評価されているということだからだ。
しかし、文面では、自分たちのチームを高評価にして、剣の精鋭を過小評価するところも多い。
「……俺のことを知らないのに、外面だけで判断するタイプがおおいなぁ……俺はそこまで利己的に見えんのか全く」
秀星は溜息を吐いた。