第七百二十九話
「いやー……派手にやられたね」
黒馬はあたまをかきながら、雫と一緒にダンジョンの中を歩いていた。
「そうですね。預金通帳の中に入れておいた金額が減っていないのが唯一の救いというか……でも、ネックレスは取られちゃいましたね」
「千秋君としては、最後に何かやっておこうと考えたのかもしれないね。まあいずれにせよ、僕の実力では千秋には勝てなかったなぁ……」
黒馬は苦笑する。
ある程度分かっていたことではある。
自分の実力で千秋に勝つことは不可能であると。
千秋の戦闘手段は刀を使ったものだが、そこに魔法が加わると、重力という厄介なものを操ってくるのだ。
さすがに黒馬としてもそこまでされると厄介としか言いようがない。
「あとは、多分千秋君と国枝君が衝突すると思うけど、それで決まるかな」
「秀星君の視点を限定的に獲得している……口で言うのは簡単ですけど、いったいどのレベルなんですかね?」
「僕にもわからないが。一つ言えるのは、腹黒いことばっかり考えている僕と比べれば、断然強いだろうということさ。千秋君も確かに強いし、しっかり視点を獲得して鍛えている国枝君もまた強いよ」
「どっちが勝つと思いますか?」
「さあ?僕は千秋の本気は知らないし、国枝君が持っている視野の種類も広さもわからない。オマケに、どっちがどれほど本気を出すのかすらわからない。そんな状態で、『こっちが勝つ』とは断言できないよ」
「それはそうですけど……」
雫としては、普段飄々としているだけにみえる黒馬だが、本気になった千秋と戦う場合はそれ相応に自分の戦い方を深いところまで見せていて強いと思ったのだ。
だが、こうも『自分よりも格上』と言われても困る。
黄昏壮の先輩として、頑張っている姿だって、黒馬の行動の端にはいろいろあるのだが、それでも千秋には勝てないのだ。
まあ、世の中には絶対に勝てないと叩きつけられるようなときもあるにはあるのだが、今回はそういうわけではない。
実力差は見せつけられたが、格の差を見せつけられたわけではない。
今持っている自分の技をどれほど精錬させているのか。
ただそれだけの勝負だったのだ。
そして千秋の方が、黒馬よりも自分の技を精錬させていただけ。
それだけなのである。
わかってしまえば簡単なことだし、別に千秋と黒馬は常にお互いを意識するようなライバル関係というわけでもないので、今沈んでいる黒馬の気持ちも、時間と共にどうにかなるのだろう。
「国枝君は派閥を守れるのかな。まあ、負けた人はこれ以上は黙っていようか」
「……」
若干の自虐が入る黒馬に対して、雫はあえて、何も言わなかった。




