第七百十四話
「牧人君。想定外なことになりました」
「そうですね。英里先輩」
アシンメトリーの黒髪を揺らしながら杖を握る二年生。相模牧人。
生徒会会計であり、二年生ながら『派閥』のナンバーツーとなっている。
そんな彼だが、英里が手に入れた『預金通帳』……ではなく、英里が手に入れた『鍵』だ。
「まさか。こんなものを用意するとは……はっきり言ってあきれるね」
国枝もこれには苦笑するしかない。
「む?その鍵。いったい何ですか?」
「これは『盤壁のマスターキー』といいます。その効果は、『所持しているものは自由にダンジョンの外に出て、いつでも鍵を使用した地点に帰ってくることができる』というものです」
「うごごっ!?」
謎の反応を見せる椿。
絶大なほどのチートアイテムだ。
「めちゃくちゃ驚いてるな。椿ちゃん」
亮真は椿の反応に興味を持ったようだ。
「すっごいアイテムですよ!その鍵を使ってダンジョンの外に出て、ダンジョンの外に置いておくしかなかったポイントチケットを持ってくることが可能です!そして、このダンジョンは『もともと持っていたチケット』と『ダンジョンの中で手に入れたチケット』を識別する機能が存在しないので、楽々バトルロイヤルで一位を獲得できるとされていますよ!」
「うーわ……このバトルロイヤル。一位になっても単位が優位になるだけだから大したものじゃないけど、一位のメリットがすごく大きかったらヤバかったな」
亮真は椿の言い分に納得する。
「いや、そうとも限らないよ?外から持ってくるよりも、圧倒的な速度で稼ぐ方法はあるはずだ。チートアイテムは全部で二十個もあるからね」
「じゃあ、先輩たちはなんで頭を抱えてるんだ?今からダンジョンの外に出て確保できる程度のアイテムで、このバトルロイヤルをひっくり返せるとは思えないんだが……」
亮真の言い分は間違いではない。
絶対に必要だと思うのであれば、ポイントチケットを積んでセフィコットに注文すればいいだけのことである。大概のものは揃えられるだろう。
それに、外から持ってきたアイテムで、『バトルロイヤル専用チートアイテム』を攻略できるとは思えない。
盤外まで飛び出せるアイテムが出てくるのは初であり、『外』で準備されている可能性は皆無だからだ。
「問題なのは、『このダンジョンから物を持ち出せる』ことだよ」
「物を持ち出せる?でも、ボスドロップのチートアイテムだって、バトルロイヤルが終了したら消滅することと、ダンジョンの中にしか機能しないことが明記されてて確定してるだろ。意味あんのか?」
「亮真が言うように一見意味はない。ただ、アイテムというのは多数存在する場合、必ず何かの『抑止力』となる場合がある」
「あ、その『抑止力』のほうが持ちだされたら……」
「そう、その『天敵がいないアイテム』が問答無用で無双することになる。まあ、ダンジョンからの離脱権限っていうだけでも十分凄い話なんだけどね」
面倒なことになってきた。と言いたそうに国枝が唸る。
「むむ?何かの抑止力になるということは、マスターキーを止められるアイテムがあるということですか?」
「もちろんその可能性もある。何かを禁止したり、制限をかけたり、出ることによるデメリットを構築したりといろいろね。それに、何かのアイテムを止めるときに、マスターキーじゃないと止められないってパターンもあるはずだよ」
椿の着眼点もかなり鋭い。
そして国枝の言う通りだろう。
チートアイテムとは言うものの、複数所持しなければ『最強』を名乗れそうにない。
だからこそ、今は『争奪戦』になっているのだ。
「ただ、まだそういったアイテムはダンジョン内でそろってはいないはず。速攻で討伐したからね。策を練るのなら今だ。ダンジョンの中はとても広くて、すべてのボスに対して警戒するのは二十人という人数では不可能だし、今のうちに対策を練る方がいい」
「むむむ!面白いですね!」
椿は楽しそうだ。
「椿ちゃんは、何か面白いチートアイテムの記憶はないかい?」
「面白いチートアイテムですか……むむむ……あっ!『お父さん特効アイテム』ですね!」
「え……それは要するに、『朝森秀星特効アイテム』だよね?」
「はい!お父さんがいるボス部屋の前になってそれを使うと、お父さんを強制的に倒したことにできるというものですよ!」
その言葉を聞いて、国枝と亮真、そしてその少し離れた場所で話していた英里と牧人の表情が変わった。
「あー……英里先輩。『アイテム図鑑』をさっさと買いましょう。チケットを出し渋ってる場合じゃないです」
「……そうですね」
牧人に言われて、英里は鎖でぐるぐる巻きにされているセフィコットにポイントチケットを積んで図鑑を買った。
「……あ、ありますね。『朝森秀星のボス部屋崩壊装置』というものが存在するようです。ボス部屋の崩壊とともに、朝森秀星に対して『討伐判定』が適用されると……」
「あるんかーい!」
国枝が絶叫する。
それほど衝撃的なアイテムなのだ。
ルール上、秀星はボス部屋から出ることはできない。
その状態でボス部屋そのものが崩壊したら、たとえ生き残ったとしても『ボス部屋以外の場所に存在する』として反則となり、秀星はいなくなってしまう。
それだけならまだいいのだが、しっかり『討伐判定』まで存在するとなれば、圧倒的な報酬を得ることができるのは確定だ。
正直、生徒たちにとって朝森秀星というボスキャラは、『秀星の甘さを利用して散らばるポイントチケットが入ったアタッシュケースを回収する』というためだけに存在し、そもそも『討伐』を考慮しない。
しかし、ここで明確に『ルール上の討伐が可能』になってしまった。
「ど、どうするんだよ国枝!」
「俺に言うなよ!ただ確定なのは、鍵を使ってダンジョンの外に放り投げるべきものだ。というか俺はそんなもの持ちたくない!」
秀星を倒して得られる報酬は莫大だ。
もちろん。秀星本人を倒すほどの実力を証明したわけではないので、『世界一位』の称号は手に入らないだろう。
しかし、ポイントチケットやその他アイテムなど、『少なくともセフィコットに用意できるもの』であれば、湯水のように使えるようになる。
それは『不味い』のだ。
所有していることがばれた瞬間。全員からその装置を狙われるだろう。
少なくとも国枝はそんなものは持ちたくない。
「……秀星がいるボス部屋に関しても警戒した方がいいか?」
「おそらくそうなる。しかし……まさかこう……『ルール的に自分を倒せるアイテム』なんて、よく設定するよなぁ……」
「お父さんは自分の存在を利用したアイテムをよく設定してますね!」
「え、未来では結構ひどいアイテムがあるの?」
「はい!未来では禁止指定アイテムというカテゴリがありまして、大体が『よけいなことすんじゃねえ!』と言わんばかりの内容になっていますよ!」
「……」
どうやらボス部屋の中に籠っていてもおとなしくはしてくれないらしい。
「早急に手を打ちましょう。そろそろ、他のボスモンスターも倒されている個体は存在するはず。幸い、私たちには、『派閥に属しているがバトルロイヤルに参加できなかった生徒』たちがいます。彼らを連れてくることはできませんが、ダンジョンの外で協力してもらうことは可能でしょう。そちらの方針で対策していきます」
「派閥としてならそれが最も効果的な使い方の候補ではあるか……」
国枝は頭を抱えて、『外に誰がいたっけなぁ』といろいろ思い出し始めるのだった。
秀星は導入した上でいろいろ『仕込み』が多い。
確かに『よけいなことすんじゃねえ!』と正面から言ってやりたい気分である。




