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第七百十三話

「黒馬先輩。ここからの展開はどうなると思いますか?」


 ダンジョンの通路。

 剣の精鋭を抜けて、彼女が住んでいる孤児院『黄昏壮』の専属魔戦士になってはどうかという提案に乗ったことで、沖野宮高校で新しい人間関係を構築することになった雫。

 三年の先輩に、漣黒馬(さざなみくろま)という、飄々とした糸目で金髪の少年がいる。


 黒馬も黄昏壮のメンバーであり、元々はソロで行動していたようのだが、雫が剣の精鋭を抜けたことで、雫と組むことになった。


「うーん……そうだねぇ。僕は平和に終わればいいと思うんだけどなぁ……」


 黒馬は糸目ながら少し困ったような表情になった。

 短剣を二本構えている雫と違って、両手をズボンのポケットに突っ込んでおり、何を考えているのかわからない雰囲気だ。

 秀星のような『圧倒的な視野があるから』というわけではなく、『企んでいる』というようにみえる。


「平和にって……黒馬先輩。三年の中でも最強格の一人って言われてる自覚あります?」

「それを言われても困るんだよなぁ。宗一郎と比べられると困るよ僕」


 困るといっているが、あまり表情を変わる様子のない黒馬。

 雫は剣の精鋭の一員として『何考えてるのか理解するのが馬鹿らしくなるようなゴリラ』の傍にいたので別に癇に障るようなことはないものの、ともに行動する人間が何を考えているのかわからないままともに行動するというのは何となく思うところがある。


「で、どうなるのかって話かい?秀星がどんな終着点を決めてるのかってことにならないかな。こんなものを配るような人だしね」


 そういって、黒馬は左の胸ポケットから『預金通帳』を取り出した。

 しっかりと『漣黒馬』と刻印されており、彼の物である。


「預金通帳……僕にも秀星君が何考えてるかわからないからね。ただ、一緒に戦った雫ちゃんは手に入れてないところを見ると、ダメージか、それとも戦闘中の指示の有意義性か……まあそんなところで判断されて、『誰が手に入れるのか』が判断される可能性があるね」

「なんで私は手に入らなかったんだろう」

「純粋に、預金通帳の数を制限するためじゃない?」

「ボスモンスターの数は二十体だし、最大数を二十個にしたいのかな」

「あくまでも最大数が二十個というだけの話だね。ボスモンスターを一体倒すと、次のボスモンスターを倒すことも視野に入るから、多分二十個の通帳が出てくることはないだろうね」


 そういいながら、『でもまぁ、ボスモンスタードロップの数は二十個で固定だろうね。預金通帳とは別枠だろうし』と内心で考える。


「……お、モンスターか」


 イノシシのようなモンスターが出現した。


 黒馬は右手をポケットから出すと、その掌の上に、黒い球体のようなものを出現させる。

 次の瞬間、球体から短剣のようなものが数本出現し、そのままイノシシに向かって飛んでいった。

 短剣ゆえに質量は小さいはずだが、貫通力はとても高いようで、イノシシの鼻っ面を貫通。


 そのままイノシシは消滅して、ポイントチケットだけが残った。


「んーと……823ポイントか。平均からすると高めかな?」

「一撃必殺だったのに……」

「まあこんなものさ。最強格の一人だからね」


 糸目のままで謎のドヤ顔になる黒馬。


「……」

「いやいや、『最強格の一人』云々の話は雫ちゃんから振ってきたじゃん。そんな『何言ってんだコイツ』みたいな目をしないでよ」


 ハハハ。と肩をすくめる黒馬。

 ただ、それ相応に明るい雰囲気を保ちたがる雫を一撃でこの状態にするところを見ると、どうやら扱い方は分かっているらしい。


「……黒馬先輩。スキルでどこまで見えてます?」

「僕のスキルかい?うーん……その前に、嫌な展開になるかもなぁ」

「え?」


 雫がそういった時だった。

 ダンジョンの通路の曲がり角から、腰に刀をつった男子生徒が姿を現す。

 飄々としている黒馬に対して、『めんどくさそう』と言いたげな表情を浮かべている。


「千秋君……」

「!……黒馬か」


 男子生徒……天竜院千秋の方も、黒馬の存在を認識して驚く。


「……まさか、俺が曲がり角を曲がるまで気配すらわからないとは思わなかった」

「このダンジョンの壁、抜群に吸音性が高いよ。通路で一直線上にいるのならともかく、角を曲がったらもうわからないんじゃない?」


 掌の上に球体を出現させて構える黒馬。

 それに対して、腰につった刀の柄に右手で握る千秋。


「……羽計ちゃん」

「雫か……」


 千秋についていくのは羽計。

 黒馬についてくのは雫。

 お互いに剣の精鋭を抜けた者同士だ。

 というより、現状では沖野宮高校の生徒で剣の精鋭所属は秀星と風香だけなのだが、それは今は関係ないので置いておくとしよう。


 雫は二本の短剣を構えて、羽計は剣を構える。


「……あ、千秋君。僕がこうして構えているのは、君と敵対するという意味ではなく、あくまでも君に背中を見せたくないからという意味だからね?」

「安心しろ。俺が柄を握ってるのもほぼ同じ理由だ……!?」

「ん?一体何に気が付いて……おやおや」


 千秋が何かに気が付いて、その『候補』が頭に思い浮かんだと同時に、黒馬もそれを見る。

 黒馬の目線の先には、千秋がつけている『腕輪』

 そして千秋の目線に先にあるのは、黒馬の首元のネックレスだ。


「……らしくないネックレスをつけてるじゃないか」

「そっちこそ腕輪なんてつけちゃって。ファッションに目覚めたのかい?」


 先ほど、『敵対する意思はない』と言い合って、そしてそれに対して同意を認め合ったのに、急激に緊張感が高まっていく。

 そして二人とも、羽計や雫よりも格上だ。

 二人とも本気を出すつもりはなかったと思われるが、それぞれ後輩が付いてくるようになって、わずかながら『威厳』を示したくなったゆえに実力を発揮しているという現状。


 ただし、秀星や宗一郎ほど『別次元』ではない。

 神器を持たない『羽計や雫と同じ次元』で威圧し、威嚇し、威力の影をちらつかせていく。


 その雰囲気に呑まれて、羽計と雫は呼吸が乱れ始める。


「そっちの腕輪、『テンスリング』だね。ボス以外のモンスターを倒すとポイントチケットの獲得額が十倍だったかな。今回のバトルロイヤルはポイントチケット争奪戦みたいな感じだし、それがあると有利だろうね」

「……」


 ズバリ言い当てる黒馬に対して、千秋は何も言わない。


「な……まさか、すべてのボスのドロップ情報を買い集めたのか!?」


 羽計が驚いている。

 その反応に対して、千秋が舌打ちをした。


「ククク。羽計ちゃん。そんな金のかかることするわけないじゃん」


 ボスモンスターを倒した場合に手に入るアイテムを調べるために必要なポイント額は、一体一万ポイント。

 ただし、ボスを倒した後に手に入るポイントチケットの額は高額なので、一人で倒せるような生徒であれば一万ポイントは払えるだろう。

 ただし、そうしてたどり着ける情報は、ボスモンスターを倒して手に入れることができるポイントチケットの量と、宝箱の発見や、セフィコットに頼めば買えば入手可能な『普通のアイテム』の情報までだ。

 だが今、黒馬たちが話題にしているような『特別なアイテム』の情報を手に入れるためには、一万ポイントを払ってアクセスした上で『追加料金』が必要。

 そして、その追加料金の額は圧倒的に高い。


 それこそ、ボスモンスターを倒し、多額のポイントチケットを手に入れた千秋の傍にいる羽計が驚くほどだ。


「『どのボスからどのアイテムが出てくるのか』を知ろうと思ったら、確かに莫大なポイントチケットが必要だ。だけど、二十個のスペシャルアイテムの外見と名前と効果を知るだけなら、『アイテム図鑑』をセフィコットから買えばいいのさ。まあ結構高額なんだけどね」

「あ、アイテム図鑑か……」


 羽計が驚く。

 ……が、実際、雫も黒馬がセフィコットを発見し、そして図鑑を購入するまでその考えに至らなかったので、気持ちは大変わかる。

 ボスの情報を知ろうとしたときの情報が高かったので、てっきり『特別なアイテムの詳細を知るためには莫大な資金が必要』と考えてしまったのだ。

 アプローチの仕方は一つではないことなどわかっているはずなのに、実践できていなかったのは雫も同じである。


「……それ、俺に言ってもいいのか?」

「もちろん。残念ながら君を直接対決するとなれば、分が悪いのは僕だ。だけど、僕の方が賢いでしょ?君を知性で上回っていることを示すためには、こうしてペラペラしゃべる方がいいのさ」


 そういってへらへら笑う黒馬。


「で、そのネックレスの効果は?」

「残念ながらそれは教えられないな。あとで君が図鑑を買えばわかる話ではあるけど、この場で効果を説明してしまうと、本気で君が僕を倒しにかかってくる可能性が高いんだよねぇ」


 苦笑する黒馬。

 一々表情の雰囲気が変わる男だ。

 ただし、『余裕』だけは崩れない。


「そうか……だが残念だな。俺は今、『預金通帳を持っている者同士が戦って、倒した場合にどうなるのか』という知識欲がある」

「うわっ。僕も気になるけどそれは面倒だ。僕自身、セフィコットに聞いても教えてくれなかったから気になってはいるんだけど、君が相手っていうのは不味いな。ポイントチケットを言い値で払うから見逃してくれない?」

「却下。というか、全額って言われたら従うのか?」

「そんなわけないね。まあ、君ならそういうと思ったよ」


 次の瞬間、千秋の刀から放たれた飛ぶ斬撃と、黒馬の闇の球体から放たれた波動が衝突。

 二人の中間で炸裂し、周囲の空気を揺らした。

 吸音性が高いということは空気の振動を吸収し、そして抑える機能があるはずだが、さすがに『戦闘の衝撃』までは完全に緩和しきれないのか、羽計と雫もその衝撃に巻き込まれる。


「うわっ!」

「きゃあっ!」


 それぞれ地面をしっかり踏ん張る。

 だが、刀から斬撃を飛ばしつつ突撃する千秋と、闇の球体に手を突っ込んで剣を取り出し、そして球体から波動を放ちつつ突撃する黒馬の戦闘の衝撃は、さらに続く。


「羽計ちゃん。ちょっと下がっててくれない?そこにいたら面倒なことになる」

「雫ちゃんも同様だよ。ちょっと下がってて」


 お互いに、自分の後輩に下がるように言って、刀と剣で鍔迫り合いを仕掛ける千秋と黒馬。

 『面倒』と『飄々』という、なかなか気の乗らない雰囲気を隠そうともしない二人だが、その間で衝突する『闘気』は本物。

 ビリビリと周囲を刺激し、空気が震える。


「俺とやりあうのは分が悪いって言ってた割に鍔迫り合いか。言ってることとやってることがブレてるぞ。らしくないな。黒馬」

「フフフ。自分についてくる後輩ができたらちょっとは変わるもんさ。お互いにまだ大人じゃないしね。それに千秋君からすれば、実力をしっかり後輩に見せるには僕くらいしか相手がいないんじゃない?モンスターは弱すぎるし、秀星君とかは強すぎる。らしくないなんていってないでちゃんとかかってきなよ」

「そうさせてもらおうか」


 ググッと力を籠める千秋。

 黒馬の剣にビキッとヒビが入った。


「うおっ。もうこうなっちゃうか」


 別に出した球体から槍をいくつも出現させて飛ばす。

 千秋は普通なら考えられないような重心の移動を行って後ろに飛ぶと、そのまま刀を一閃し、槍を砕いた。

 だが次の瞬間には、ふたたび黒馬の方に突撃している。


「もう……『重力』君にはもうちょっと自分で仕事してもらいたいね。人間に仕事取られてどうすんの全く」


 呆れたような声で左手の傍に剣を作り出して逆手に持つと、振り下ろされる刀をそらすように刃を当てた。

 すると、まるで剣に摩擦がないかのように、急激に刀が黒馬の横にそれる。

 もう一本の剣を横に薙ぎ払うが、千秋は上半身を反らして回避。

 そのまま刀を持ち換えて連撃に持ち込む。


(くそっ。やっぱ速度がエグイ!)


 黒馬はさらに頑丈さ重視の鉄の棒を浮遊させて防御に使うものの、千秋は連撃を叩き込みながら黒馬の防御の癖を学習していく。


「どうした?もう耐えられないのか?」

「フッフッフ。まあ本来こういうのは得意じゃないんだよねぇ」

「そういう割に腕を上げたな。今までならなすすべもなく倒されていたのに」

「今まではバトルロイヤルはキルスコアくらいしか重視してなかったし、僕自身が気分が乗らなかったからね。だけど、今回は倒されるとちょっとデメリットが大きいんだよ。うん」

「しゃべる余裕があるのか。もう少しギアを上げてみるか」

「勘弁して……というと思うじゃん?実は『策』は練ってます」

「何?」


 次の瞬間、黒馬の体の要所を覆うように、闇が出現する。

 それと同時に、頑丈さ重視の闇の棒が急激に多くなる。


「!」


 千秋が驚いた隙に、黒馬は闇そのものを操作して後ろに下がった。

 浮遊したまま水平移動するように下がる。

 そして指をパチンと鳴らした。

 千秋の頭上で闇があふれるように降ってくる。

 そのうちの一部は、羽計を狙っていた。


「チッ」


 千秋は舌打ちしながら後ろに下がると、闇に対して斬撃を放つ。

 闇は霧散するかのような雰囲気を見せながらも、その雰囲気はダミー。そのまま霧のようになった。


 その霧の奥で黒馬が笑ったのを千秋は見逃さない。


 霧が完全に通路を覆い隠したが、千秋はそのころには構え終わっていた。

 刀を一閃。

 まるで重力が数倍になったかのように、すべての闇の霧が地面にたたきつけられる。


「……逃げたか」


 しかし、霧の奥には誰もいない。


「せ、先輩……」

「……まあ、アイツが相手ならこれぐらいは当然だ。持っていたアイテムも気になる。セフィコットを見つけるぞ」


 納刀し、歩いていく千秋。


「あ、はい!」


 千秋の実力の片鱗に過ぎないだろう。

 だが、それを見た羽計は、今までよりも素直に、千秋についていった。

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