第七百六話
椿は英里たちが率いる『派閥』と一緒に行動している。
どうやらバトルロイヤルという環境で『集団』を形成している状況が珍しいということなのだろうか。
詳しいことは椿本人にしかわからないが、いずれにせよ、空気が和むのは間違いない。
「椿ちゃん。バトルロイヤルってどんな感じで挑むのがいいと思う?」
「そうですね……こう……プップッパー!って感じだと思います!」
……何かを考えているようには思えないが、それは今に始まったことではないのでスルーしよう。
椿は基本的に前衛であり、近距離、中距離、遠距離をすべてこなせるオールラウンダーである。
風の力というものは便利なものであり、その場にある空気を使って敵を攻撃できる。
もちろん、コントロールをミスするとフレンドリーファイアになるのだが、椿の実力は秀星仕込みである。
基本的に狙った獲物を逃すことはない。
「なあ国枝。椿ちゃんが何言ったかわかるか?」
何も考えていない椿から少し離れたところで、銃を持った灰色の髪の一年生が、長剣を構える赤髪の国枝という少年に話しかけていた。
「さあ?俺にはわからなかったよ。多分亮真もわかってないだろ」
国枝は首をかしげてそういった。
「まあ、わからんからお前に聞いたんだが……ていうか、お前がわからんってどういうことだ?」
「フフフ。どういうことだろうね」
余裕そうな笑みを浮かべて亮真の言葉に答える国枝。
すると、モンスターが遠くの方に出現した。
六体のオークである。
それを見た英里は、国枝と椿に目配せした。
「椿さん。国枝さん。やれますか?」
「もちろんです!」
「同じく」
「では、三体ずつ片付けてください」
それを聞いて、椿は刀を、国枝は長剣を上段に構える。
そして振り下ろした。
椿の刀は風の斬撃を生み出し、国枝は斬撃に魔力を纏わせてそれを射出。
オークへの斬撃の到達は、国枝の斬撃の方が速かった。
六体のオークはそのまま消滅し、ポイントチケットだけが残る。
「おお!国枝さん。強いですね!」
「君もほぼ俺と同じようなことをしていなかったか?」
はしゃいでいる椿に苦笑する国枝。
「ふむ……椿さんよりも実力は上みたいですね」
「これでも一応、新入生の中では主席合格ですからね」
国枝はそういうものの、あまり自慢しているようには見えない。
「あ、国枝さんのスキルって何かありますか?」
椿が興味津々といった表情で国枝に聞いている。
その目はとても好奇心と純粋さに溢れたキラキラしたものであり、国枝は『人間ができる目じゃない……』と思ったが、とりあえずその感情は吹っ飛ばしておくことにして答えた。
「俺のスキルは『日本語理解』だよ」
「ふむふむ……むむ?」
椿は首をかしげる。
どうやら、それがどういうものなのかがわからなかったようだ。
「ちなみに、その言語理解率は100%だ。俺は、日本語だったら誰がしゃべったものであってもわかる。行間も全部わかる。俺はこのスキルを活用して、君のお父さんが書いた実用書を『理解』したことで、今の強さを持ってるってことだ。もちろん、君のお父さんが編集にかかわっているこの学校の教科書の内容も、俺は全部わかっている」
「なるほど!よくわかりました!」
そもそも『理解』という言葉には『物事のしくみや状況、また、その意味するところなどを論理によって判断しわかること。納得すること。のみこむこと』という意味がある。
ありとあらゆる日本語に対してそれが適用される場合、他人が言った言葉の全ての正確な意味を知る必要がある上に、『日常的に使う専門用語』に対しても、『しゃべっている本人がどのような意図で話しているのか』を知る必要がある。
(ふむふむ、すごいスキルですね!)
椿は国枝以上に、そのスキルを称賛する。
その理由だが、『神』が関係している。
正直、秀星が書いた実用書をすべて理解するとなれば、初見の専門用語であっても正確な意味を把握する必要がある。
『失敗する前に成功する』という『天才』の属性を持つアトムがギリギリできるレベルだろう。
それを考えると、この『日本語理解』は、『日本語という概念に対する絶対的なアクセス権限がある』ということだ。
加えて、この世界に存在する神は、原点が日本人である。
言い換えれば、神の中で使われる言語もまた『日本語』なのだ。
そしてその神が管理しやすいようにするため、異世界グリモアをはじめとして、様々な世界の言語が『日本語』で統一されている。
それらすべてを正確に理解できるとなれば、純粋にチートスキルだ。
一見、『日本語理解』と言われてもその凄さがわからないものは多いだろう。
だが、『理解』や『解析』という概念を馬鹿にすると、手痛いしっぺ返しが飛んでくるものである。
「ただ……椿ちゃんが言ったプップッパーっていうのは全然わからないんだよな。『椿語』って難しい……」
「むふふ~!すごいでしょう!」
「そうだね」
別にほめているわけはないのだが、国枝としては何も言えない。
自分の赤い髪を弄りながら椿の言い分に対して返答するしかない。
「日本語理解ですか……とてもすごいスキルですね。授業も全部わかるんですか?」
「そのはずなんだけど……俺、リオ先生の授業は理解できないんだよなぁ……」
「え、そうか?俺は普通にわかるけど」
国枝の隣に来た亮真がそういった。
「むぅ。不思議なこともあるんですねぇ」
椿は首をかしげているが、別に難しいことではない。
リオ……いや、天界神ギラードルは、『言っていることは間違っていないが考えていることは間違っている』という不思議な言語能力を持っている。
普通に授業を受ける分には問題ないのだが、行間を含めてその言葉の意味を理解しようとすると、言っていることと考えていることがバラバラで訳が分からなくなるのだ。
もちろん、その場合は言っていることにのみ理解の視点を向ければいいのだが、国枝のスキルはどうやら『強制的に行間まで読もうとする』ようである。
そこを判断して、スキルをコントロールできれば国枝もリオ先生の授業を理解できるのだが、それを指摘できるものはこの場にはいないようである。
椿のような何も考えていない人がしゃべる言語や、言っていることと考えていることの齟齬が激しい言葉を理解できないなど、意外と穴があるスキルである。
基本はチートだが、完全ではないといういい教訓になるだろう。




