第七百三話
「……驚いたな」
「そうですね……」
秀星とセフィアは、椿の交渉をセフィコット越しに確認して、そう呟いた。
セフィアもそれに同意する。
椿の交渉で出てきた『借金』という言葉は、未来の秀星たちがどういう教育方針をとっているのかを示しているいうにも見える。
「一応さ。返済能力がある者にとって、最も簡単に金を手に入れる手段って借金だよな」
「そうですね。そこに間違いはありません。ただ、椿様は未来の人間といえど日本人ですから、お金に関する教育は進んでいないと考えていましたが……思ったよりわかっているのかもしれません」
お金に関する教育は、日本は世界と比べて遅れている。
そしてそれは未来でもそうだと思っていたが、椿だけの話なのか、それとも日本全体なのか、そこがわからない。まあ星乃を見ている限りでは椿だけのようにも思える。
世論に思考が巻き込まれる前にセフィアが教育した可能性もある。
「とはいえ……誰かと話すことを何よりも最優先するとは……」
「誰かと触れ合わないと生きていけない子なのかもしれませんよ」
「……人間ってそんなものでは?」
「そこは否定しません」
話を戻そう。
「ただ一つ思うのは……スマホ使える設定にしていないはずなのに着信音響いたらめちゃくちゃ心臓に悪いと思うんだが……」
「確かに」
バトルロイヤルという遭遇戦である以上、全員がリラックスするための手段を開発しているとしても、緊張状態なのは変わりない。
ただ、椿は別だ。
現代と違って、未来ではバトルロイヤルがゲームとしていろいろなところで挑戦可能なのだろう。
椿の様子を見る限り、かなりそういう場所に入っているように見える。
もちろん、秀星が持っている技術を使えば今からでもその手のバトルロイヤル会社を作ることは可能なのだが、魔法社会が表に出てきたことで需要が爆発的に増えており、魔法素材に関してはまだ供給が追いついていない……わけではないが、『備蓄』ができない状態である。
その素材に関しても秀星がその気になればばらまけるのだが、市場が混乱するのでNG。
結果的に、『魔戦士がダンジョンに潜って素材を入手して市場に流す』ということを最優先にしないと間に合わないのだ。
バトルロイヤルのような施設を作ったことで、素材が集まらなくなったら、日本の魔法省は取りたくない手段をいくつも取る羽目になる。まあ秀星がどうにかするのだが。
そのような状態なので、現代ではまだ、高性能のバトルロイヤル施設は一部の学校にしか存在しない。
言い換えれば、生徒たちはバトルロイヤルゲームを『特別なもの』として考えている。
しかし、椿は魔法素材の供給が追いついている未来の人間であり、バトルロイヤルを特別なものだとは考えていない。
緊張感に差が出るのは明白だ。
「まあ、そこは怒られたら反省するだろうし、放置していいか」
「そうですね。わからないところがあれば誰かに聞くでしょう。椿様は素直ですからね」
「そうだな……あと、正直な話、椿が参入すると、生徒たちの間でどういった関係が構築されるのかわからないんだよな……」
「私もわかりませんが、最優先は『その集団が椿様に依存しないこと』でしょう。いずれ未来に帰らなければならない子ですからね」
「うーん……まあそれくらいか。まあ何かあれば俺がなんとかすりゃいいし、気長に眺めることにしよう」
そう言って、秀星は自分で作った特別性のセフィコットの視界に映っている椿を見ることにした。
「……あ、そういえば。契約書ってどんな内容なんだ?俺のセフィコットの視界からは見えなかったんだけど」
秀星はセフィアに聞いた。
契約というものは、基本的に『違反した場合の罰則』が最も重要である。
契約はあくまでも『こういう約束があった』という事実しか存在せず、罰則がもし書かれていない場合、法的効力はほぼ存在しない。
もちろん、今回は椿がポイントを借りている。
しかし、バトルロイヤル中に行われる取引は、バトルロイヤル中に手に入れたポイントしか使えないだけで、バトルロイヤルが終われば、しっかりした実力がある椿はポイントを稼いでいるため、返済そのものに問題はない。
償還期限も書かれていると思うが、秀星は椿がポイントを返済できないと微塵も考えていないのだ。
秀星は、『もしも返せなかった場合の罰則はどうするのか』が気になるのである。
「フフフ。大したことではありませんよ」
微笑むセフィア。
ただ、さすがのセフィアも、『バトルロイヤル中に返済しなかった場合、セフィアが望んだコスチュームとポーズで写真撮影を行うことでのみ返済が可能』と契約書に小さな文字で書いたことは、口が耳まで裂けても言えない。




