第七話
「今日は転校生が来るみたいだな」
「そうみたいですね」
セフィアから弁当をもらって、それをかばんに入れながら秀星は思いだした。
ちなみに、弁当だが、若干レベルを下げてもらった。
味に関してはそのままで、もうちょっと庶民的にしてくれ。という要求である。
一体どれほどの金額を持っているのか想定できないが、セフィアの作る弁当はちょっとレベルが高すぎるのだ。
米はキロ一万三千円くらいのものらしい。マジで意味が分からない。というより、どこに売っていたのかがかなり気になった秀星である。
肉は松阪牛の中でも最高の部位らしい。
そんなノリで、すごいレベルでいろいろとヤバい内容だった。
なので、さすがにそれは庶民の弁当としてヤバいので、材料はスーパーで買ってこい。と言っておいたのだ。
本気出しすぎである。妥協しないのはいいけど、俺が一般人であることを考えないのだ。
いいのやらわるいのやら……と頭を抱えたくなった秀星である。
「異世界から帰ってきて数日。風香に関しても一段落ついたところだしな。これで美少女が来たら絶対に面倒なことになるよな」
「わざわざフラグを立てる意味があるのですか?」
「フラグじゃないよ。これはあれだ。言霊にすることで、それを回避しようと世界に呼びかけるのさ」
「世界に嫌われている秀星様がそれを言うのですか?」
「いうだけならタダだしな」
「呼びかけるといったのにこの手の平返し……流石ですね」
セフィアが呆れたような声で言うが、秀星は気にしていない。
(まあ、こういうときはな。言っておくことが重要なんだよ)
その後、登校。
そして、SHR。
「転校してきた御剣羽計だ。よろしく頼む」
軍人のような雰囲気を持った長い黒髪の美少女が転校してきた。
でかい胸が存在を自己主張しているが、まあそれはいいとして、精神年齢がちょっと高校一年生にしては高そうな感じになっている。
切れ長の目。というのだろうか。鷹と言うか、猛禽類のような鋭い目をしている。
要するに、言霊の効果はなかった。
「羽計さんは、ご両親の都合でこっちに引っ越してきたみたいですね」
担任の説明に白い目を向けそうになった秀星。
(いや、親とか関係あんのか?本人の雰囲気、職業軍人でっせ)
担任の説明は続く。
「短期転校なので、長くこの学校にいられるわけではないそうです。皆さん。仲良くしてくださいね」
短期転校とは言うが、明らかに何かのスパイである。
(にしても、この雰囲気の女子生徒に対して仲良くねぇ)
秀星にはちょっとハードルが高い。
まあ、そう言うクラス内における面倒なことは風香に任せておけば問題がないことも事実。
(……どうしてこうなった)
★
「いや、なんだよあれ。どこから来たのあの子。ていうか、本当に高校一年生か?職業軍人見たいな雰囲気だったぞ」
「秀星様も精神年齢は高いですよね」
「そりゃみんなより五年くらい年を食ってるからな」
安定の屋上。
秀星は愚痴を言って、セフィアはそれに対応していた。いつも通りである。
因みに、まだ一時間目も始まっていない。
SHRが終わってすぐである。
一年生の教室が何を血迷ったのか知らんが四階にあるのだ。
結果的に、屋上に行くだけならすぐなのである。
「それはそれとして、あの子、一体どこから来たの?」
「軽く調べておきました。どうやら、『評議会』と呼ばれるものが存在するみたいです」
「評議会?」
「裏……いえ、魔法社会と呼ぶべきでしょうか。そういった場所に置けるルールを設定している集団です」
「ルールねぇ……といっても、掟とかモラルとかそう言うレベルだろ」
「はい、立法機関が存在しません。ただ、魔法社会は、表社会には出ないように、という暗黙のルールがあるということが決まっているだけです」
「なるほどね」
そもそも、魔法と言うのは研究してもしきれないものだ。
オールマジック・タブレットを入手した秀星に取っては魔法を普通に作れるのだが、この世界の魔法社会ではまだ研究段階だろう。
進化とはいかなくとも、進歩のレベルが早すぎるのだ。流石にコンピュータ関連の技術のように指数関数レベルで伸びている訳ではないが。
魔法は物理的な破壊力を明確に持つ。
警察のように、単に拳銃を与えて、訓練を積ませておけば対応できるというわけではない。
モラルをある程度決めて広める。
魔力社会と言うか、裏と言うのはそう言うものだろう。
「おそらく、先日襲った事務所……『メイガスラボ』と言う名前らしいのですが、かなりの実力者のようです」
「魔法一発で寝てたけどな」
「そうですね。話を戻します。そのメイガスラボが研究していたデータのほとんどを八代家に送りつけ、長い間どうしようもなかった八代風香の隷属魔法を解呪した。ということで、評議会が調査に来ているのでしょう」
「なるほど、学校の外に関してはまた別の人が来ていて、年齢的に入りこめそうだった羽計が転校してきた。と言った感じか」
諜報として珍しいものではないだろう。
少々、人選をミスっているような雰囲気があるのはあるのだが。
高校での調査なのだ。飄々としながらも仕事は真面目にこなす。といった雰囲気の生徒が一番向いているだろう。男子生徒でも女子生徒でも関係はない。
それでいて、距離を置くのがある程度得意な人間がいるのだ。
羽計はまじめな性格であることは分かるが、あれは融通が利くとか利かないとかそう言うレベルではない。言葉通りの意味で、言われたことしかできない気がする。
とはいえ、ちょっと見た感じの雰囲気で判断しているので、ちょっと別の可能性もあるが。
いずれにせよ、諜報部員と言う意味で不器用だと思うのだが。
「現段階で必要な情報はそれくらいだと思います」
「わかった。じゃあ、授業があるから俺は戻るよ」
「はい」
秀星は教室に戻った。
そして授業中だが、羽計は賢かった。
授業中、教科に関係なく、何を聞かれても答えている。
バリバリと武闘派だと思っていたが、教科書の内容と言うものを叩きこむのが得意なのだろう。多分。
秀星もアルテマセンスを入手してからは、記憶力は良いし頭の回転も早くなった(と思いたい)が、素でそういう性格なのだ。生まれつき、集中力が高いのだろう。
ただし、コソコソと授業中に話していても、チラッと見るだけで特に何もしていない。
何もしないようにあらかじめ言われているようだ。だって明らかに不機嫌なのだから。
体育でもすごかった。
百七十センチにギリギリ到達していて、女子生徒として背は高いほうだ。
だが、ダンクをぶち込むのはやりすぎである。
「……何だあの運動神経は。何処で鍛えてるんだ全く……絶対に腹筋とかバキバキだろ」
一人変な感想を持っている秀星だった。
とはいえ、あまり諜報に向いていない印象がある。
というか、調査として即日で突入するのなら美少女に行かせた方が得なこともあるだろう。
だが、学校に転校させる以上、長期にわたって活動することも多いはずだ。今回は短期転校だが。
簡潔に言ってしまえばスパイなのだから、こういってはなんだが『普通』が一番いい。
「あ、またダンクを叩きこんだ……」
本日五回目のダンクを叩きこむ羽計。
少なくとも……向いていないのは変わらない。
★
昼休み。
秀星は校舎の屋上でセフィアと話していた。
セフィアが持ってきた仮設テーブルの上には、セフィアが作った紅茶と、それにあったお菓子がおかれている。
秀星は椅子に座っている。
「やっぱり向いてないでしょ。あれ」
「調べたのですが、召喚結晶における生贄として、八代風香は最重要候補です。狙われやすいので、その護衛としての意味もあるのでしょう」
「護衛……羽計って強いの?」
「魔力社会では有名です」
どうやらそうらしいが、秀星としてはあまり納得していない。
「しかし、八代家って、魔力社会では名門だよな」
「名門も貴族も、犯罪組織に狙われてしまった場合、特に意味はありません」
「……だよなぁ」
異世界でもそうだったのだ。
王族にしても貴族にしても、持って生まれた権力を振りかざしていたものは数多くいた。
不敬罪が存在し、それを使って、生まれつき、人が自分に従っているのが普通だったもの達。
貴族と言うのは、平民が従っているのは当然と考えているだけで、自分が安全と言うのが不敬罪と云うものが存在するだけと云う事を判っていない者が多い。
『目に見えない契約』を守れなかった王は、革命されて当然なのだ。誰もが武器を持てるのだから。
筋を通さない貴族など、賊と同じだった。
暗殺者や殺し屋にとっては、そんな肩書きは関係ない。
依頼を受けた時点で、ただの標的でしかないのだ。
八代風香はそう言った汚い部分はないだろうが、綺麗だろうと汚かろうと、標的は標的である。
殺されはしないが、それだけだ。
「まあ、護衛って意味があるのならそれも納得できるが、有名どころを持ってくるあたり、人材不足なんじゃないか?」
「そうでしょうね。ただでさえ裏に生きる家系からしか選出できません。裏に止めておいた人達が悪いのです」
「難儀な話だなぁ……」
人材不足と言うのはかなり面倒な話だ。
犯罪組織とかになると、魔力的な才能を持っていない一般人を使うこともあるのでそれなりに数が多い。
フィクションでも、最新式の銃器を持ったテロ組織みたいなのが突入してきて、それが魔法犯罪組織にかかわっているパターンはあるだろう。
だが、それに反してこだわりを持つものが多いのだ。名家とか。
「まあ、ある程度分かった」
いずれにしても、面倒なことになったと秀星は思った。